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いま聞きたいQ&A

地政学リスクの高まりについて、どのように考えればいいですか?

有事は「押し目買い」のチャンスという見方も

市場ではここにきて地政学リスクへの警戒感が大幅に高まっています。そのきっかけをつくったのは、またしても米国のトランプ大統領です。

トランプ政権は今年(2017年)4月6日(日本時間では7日)、化学兵器の使用が疑われるシリアのアサド政権軍に対して巡航ミサイル「トマホーク」による攻撃に踏み切りました。続いて13日にはアフガニスタンにある過激派組織「イスラム国」(IS)の施設に、核兵器以外では最大の破壊力を持つとされる大規模爆風爆弾(MOAB)を投下。これら一連の軍事攻撃には、核やミサイルでの挑発行為をエスカレートさせる北朝鮮へのけん制の意味合いもあると言われています。

何かとお騒がせ体質が目立つトランプ大統領ですが、その対外的な強硬姿勢が通商交渉や為替などの経済政策だけでなく、早くも軍事介入という形で示された点は意外といえば意外でした。突如として高まった地政学リスクを受けて、世界の投資マネーはリスク回避の動きを強めており、一時は急激に円高・株安が進むなど日本の金融市場にも影響が及んでいます。ただし、こうした有事に際して常にリスク回避がベストの選択かというと、あながちそうとも限らないようです

過去の地政学リスクと株価の関係を分析すると、当初は悲観論から株価が下落しても、1カ月から遅くとも3~4カ月程度で株価が戻るケースが多く見られます。例えば03年に米英などの軍が侵攻したイラク戦争は、3月20日の地上戦開始から4月上旬の首都陥落まで、実戦は短期で終わりました。実体経済への影響も限られていたことから、日経平均株価は4月末に大底をつけた後、5月上旬には戦前の水準を回復しています。

14年のウクライナ危機では2月22日の政権崩壊から内戦状態への突入、ロシアのクリミア半島編入、欧米によるロシア制裁と緊張状態がしばらく続きました。日経平均株価は2月の14,000円台から4月半ばには13,000円台まで下落しますが、6月には15,000円を突破して上昇基調に転じています。こちらも実体経済への影響が限られるとの見通しが広がって、株式が買い戻された格好です。

市場関係者の間では過去の経験則を踏まえて、有事はむしろ「押し目買い」のチャンスという声も聞かれます。これは私たち個人投資家にとっても参考になる意見ですが、ひとつ注意しなければならないのは、今回の有事が国家的・地域的な広がりをみせている点で過去とは異なることでしょう

米国の本音はロシアや中国との駆け引きにある?

シリア情勢では米国とサウジアラビアがアサド大統領の退陣を迫る一方で、ロシアとイランがアサド政権を支持するなど国家間の対立が鮮明になっています。OPEC(石油輸出国機構)の主要メンバーであるサウジアラビアとイランの確執は、原油価格の不安定化をもたらす恐れがありますが、米国とロシアの対立が軍拡競争につながるような事態となれば、事はさらに深刻です。

ただし、米国とロシアはシリアでの偶発的な衝突を避けるため、オバマ前政権の時代から情報を交換する枠組みを確立しており、今回もミサイル攻撃の前に米国からロシアへ通知があった模様です。ロシアのプーチン政権は米国とのさらなる関係悪化を望んでいないという情報もあり、少なくとも米ロの全面対立は避けられるとの見方が一般的です。今後はシリア情勢のなかで、米ロ間の政治的な駆け引きの占める割合が高まっていくのかもしれません。

今回の事態がやっかいなのは、同時並行で米国と北朝鮮の緊張関係も高まっていることです。トランプ政権は今年4月8日、原子力空母カール・ビンソンが朝鮮半島に向け航行していると述べ、強大な軍事力を見せつけたうえで、「あらゆる選択肢を排除しない」と軍事行動に含みを持たせる発言を行いました。

市場ではさまざまな噂や憶測(おくそく)が飛び交っており、米国の軍事計画には朝鮮労働党の金正恩(キム・ジョンウン)委員長を早い段階で殺害する作戦も含まれているとの報道もあります。その計画を察知した金氏が先制攻撃として核兵器の早期使用を検討しているという見方もあり、表向きはまさしく一触即発といった感が否めません。

しかし、この問題に関して米国の本音は別のところにあると言われています。トランプ大統領は選挙公約だった対中国強硬策を封印し、4月14日に発表した米為替報告書では中国を為替操作国に認定することを見送りました。その背景には、北朝鮮の後ろ盾となっている中国を動かして、中国主導で北朝鮮に経済制裁などの圧力を加えて核放棄を促すといった戦略があるようです

トランプ政権がいまあえて軍事力を誇示する真の狙いが、ロシアや中国を巻き込んで世界的なパワーバランスや利害関係の再構築を図ることにあるとしたら、それが一定の形になるまでの間、世界は際限のない地政学リスクを背負いこむことになるのかもしれません。その場合、過去の経験則が通用しない可能性もあり、市場参加者もまた新たな投資戦略やリスク管理法の構築を迫られることになりそうです。

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