米国のトランプ新大統領は、世界経済に今後どのような影響をもたらすでしょうか?(後編)
世界全体で見ればフラット化が進んでいる
今年(2016年)は経済の「グローバル化」がとかく悪者扱いされた1年でした。6月に英国が国民投票でEU離脱を決定したのも、11月に米国の新大統領としてトランプ氏が選出されたのも、それぞれ国民の反グローバル化という意識が色濃く反映された結果といわれています。
トランプ氏は選挙中の公約通りにTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を表明したほか、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しにも言及しています。これらの「宣言」が本当に実行されるかどうかは定かではありませんが、いずれにしても自由な競争と貿易を通じて繁栄を目指すという、冷戦終結後に世界をリードしてきた経済体制が大きな転換点を迎えていることは確かでしょう。
この反グローバル化に関連して、いくつかの興味深いデータがあります。たとえば世界銀行の「貧困と繁栄の共有」と題したリポートでは、冷戦終結後に世界でいわゆる極貧層に属する人の数が劇的に減少したことが紹介されています。1日1.9ドル未満で暮らす極度の貧困層は、13年時点で世界人口の1割強にあたる7.7億人に上っていますが、それでも前年比で見ると1億人あまり減少しており、1990年との比較では11億人も減少したことになります。
同リポートによると世界全体で見た経済格差は90年代以降、一貫して縮小に向かっており、文字通り「フラット化する世界」が進行しつつある模様です。この現実を踏まえて考えると、グローバル化の弊害として昨今よく語られる経済格差の拡大や社会の不平等化は、必ずしも全世界にあてはまるものではないことが分かります。基本的には、これまでどちらかといえば恵まれていた先進国の中間層、あるいはそこから没落しかかっている層の人たちに特有の問題意識であり、だからこそ先進国の中の先進国といえる英米で具体的に反旗が翻ったわけです。
法政大学で現代日本経済論の教鞭をとる水野和夫教授は、米国が世界から見て魅力を失いつつあることにも着目しています。同教授によれば、米国に流出入する国際資本の規模は07年のピーク時に対GDP(国内総生産)比で25.9%を占めていましたが、16年上半期には9%と3分の1近くまで減少しました。米国への移民数も09年から6年連続でマイナスを記録しています。
すなわち米国では、07年をピークに、ヒト・モノ・カネが国境を越えて移動するグローバル化の恩恵(=利益)が収縮に向かっていると考えられるわけです。従来のように世界から経済的余剰が集まらなくなれば国家として保護主義的な政策に傾くのは当然であり、トランプ氏は米国ですでに始まっていたトレンドの背中を押そうとしているにすぎない、というのが同教授の見立てです。
世界経済の変質が誇張・増幅される可能性
グローバル化そのものの退潮を示すデータもあります。IMF(国際通貨基金)によると、今年の世界貿易量は前年比2.3%増と、世界のGDP伸び率(3.1%)を下回る見込みです。世界貿易量の伸び率が経済成長率を下回るのは2年連続となり、これは統計をさかのぼれる1980年以来、経済的なショック時を除けば初の出来事です。
こうした貿易の停滞には、世界経済の構造的な変化が大きく関係しているといわれます。例えば、皮肉にも経済のグローバル化を通じて新興国の自立が進んだこと。新興国で経済規模の拡大や技術力の向上が進むと、先進国への輸出で得た外貨を使って最終製品を先進国から輸入するよりも、国内で生産して国内で消費する「地産地消」の方が効率的になってきます。中国や東南アジア諸国において内製化が進んだため製造設備などの資本財や部品の輸入が鈍化しており、それが貿易量の伸び悩みにつながっていると、日銀では分析しています。
インフレ期待の高まりにしてもグローバル化の退潮にしても、世界経済の変質はどうやらトランプ氏の当選前から始まっていたと考えるのが妥当なのかもしれません。だとすると、今後はどのような事態が起こり得るのでしょうか。
まず懸念されるのは、世界経済の変質がトランプ新政権によって誇張・増幅される可能性です。行き着く先がバブルなのか、はたまた貿易摩擦や通貨安競争なのか分かりませんが、米国が極端な経済政策に走った場合、市場がそのあおりを受けて大きく歪むことは十分に考えられます。
米国はもはや「パックス・アメリカーナ(米国の支配による平和)」を維持していくことに従来ほど関心がありません。とりわけ理念より実利を重んじる傾向の強いトランプ氏が大統領に就任することで、そうした米国の姿勢はより明確になっていくでしょう。経済だけでなく各国の同盟関係を含む世界統治のあり方も、これから大きく変質していくことになりそうです。
折しもここ数年、世界各地で自国本位の強権政治や極右勢力の台頭が目立つようになっています。経済・金融がより露骨な形で政治や外交の取引道具として用いられたり、地政学リスクの影響を頻繁に受けるようになるなど、市場で「うさん臭さ」や「きな臭さ」が常態化することも今後は想定しておいた方がいいかもしれません。