日銀によるマイナス金利の導入について、どのように評価すればいいですか?(中編)
預貯金金利+αの利回りを狙える選択肢が減っていく
マイナス金利が日本経済に及ぼすのは、果たして効果なのか副作用なのか――。いまだに議論が分かれるところですが、株価や為替相場、物価など、いわゆるマクロ経済への影響を見極めるにはもう少し時間が必要かもしれません。むしろそれ以前の問題として私たちが注目すべきなのは、自らもマイナス金利の影響を受けると同時に、その対応を通じて個人や企業の経済活動に大きな影響を与える金融機関の動向ではないでしょうか。
民間銀行の間では、市中金利の低下による利ざや縮小や運用難を受けて、円の預金量をできるだけ減らそうという動きが広がってきました。すでにメガバンク3行は普通預金の金利を従来の0.02%から0.001%に引き下げており、ゆうちょ銀行も一般銀行の普通預金にあたる通常貯金の金利を同じく0.001%まで引き下げています。定期預金の金利についても多くの銀行が引き下げる方向にあります。
運用会社が安全性の高い短期国債などで運用するMMF(マネー・マネージメント・ファンド)やMRF(マネー・リザーブ・ファンド)は、短期金融市場の利回り低下によって運用成績が悪化したため、その存続自体が危うくなってきました。MMFについては国内の11社すべてが新規購入の受け付けを停止したほか、一部の会社では繰り上げ償還にも踏み切っており、今後はそれに追随する動きが増えるとみられています。
MMFやMRFはいわば証券会社における預金口座にあたるもので、もっぱら投資家が株式や投信などを購入するにあたって資金を待機させておく場所として使われています。今年(2016年)1月末時点での残高はMMFが約1.6兆円、MRFは約10兆円に上っており、もしも運用停止となれば影響は大きそうです。
財務省では個人向けの「新型窓口販売国債」で需要が見込めなくなったことから、2年物・5年物・10年物のすべてで購入募集を停止しました。生命保険会社の間でも、貯蓄性が高く個人マネーの受け皿となってきた「一時払い終身保険」について一部で販売を停止したり、保険料の引き上げを検討するところが出てきています。
私たち一般個人の立場からみると、日銀のマイナス金利導入をきっかけとして預貯金の金利がいっそう下がったうえに、それほど高いリスクを負担せずに預貯金金利+αの利回りを追求できる資産運用の選択肢が減りつつあることになります。マイナス金利を導入した背景のひとつとして、個人マネーを貯蓄から投資へ誘導する狙いもあったといわれますが、証券投資のための待機資金を安全に置いておく場所に困るなど、一般個人にとってはかえって投資のハードルが上がったような印象さえ受けてしまいます。
銀行預金者にとってのマイナス金利がさらに拡大する?
一方で、市中金利や銀行の貸出金利が低下して個人や企業に恩恵がもたらされるという面も確かにあるでしょう。しかしながら、個人で恩恵を受けるのは住宅ローンや自動車ローンなど特定のニーズを持つ人が中心であり、企業においても融資や社債発行の条件良化というメリットを享受できるのは信用力の高い一部の大企業に限られる模様です。また、そもそも経済の先行きがはっきりせず、人々の心理的不安が広がる状況にあっては、金利面の恩恵が家計の消費や企業の投資をどれだけ押し上げるのか不透明なのが実情です。
今後は銀行がマイナス金利による収益悪化を、預金者へのコスト転嫁でまかなうというケースも考えられます。欧州ではマイナス金利の導入後に「口座維持手数料」の名目で、預金者から事実上の金利を取る銀行がいくつも現れました。日本の銀行では当面、そうした直接的な動きはなさそうですが、間接的な方法としてATM(現金自動受払機)の時間外手数料や振込手数料を値上げする可能性が指摘されています。
ここでどうしても気になることがひとつあります。マイナス金利が導入される以前から、銀行はATMの利用手数料や振込手数料を108円や216円といった“定額で”徴収してきたのではなかったでしょうか。例えば私たちが取引銀行のATMで自分のお金を1万円おろして、時間外手数料を108円取られた場合、取引金額に対する手数料の割合は1.08%となります。一般的な預金者にとってはある意味で、手数料率が預金金利を上回るマイナス金利の時代がとっくに始まっていたともいえるわけです。
それでも銀行は自らの収益構造を維持するために、預金者へのさらなるコスト転嫁に走るのでしょうか。銀行にそのような行動を促すマイナス金利は、日本国民にとって本当に望ましい政策なのでしょうか。私たちのこうした素朴な疑問は、最終的には「これ以上の金融緩和は必要なのか」という問いに行き着きます。それについては引き続き次回で検証しましょう。