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いま聞きたいQ&A

「貯蓄から投資へ」の動きが本格化しないのはなぜですか?

政府や運用サイドの狙いと個人のニーズがずれている

日本の個人金融資産は約1,700兆円に上りますが、その内訳をみると半分以上の51.7%が現金・預金で占められています(金融庁の資料、2015年3月末時点)。次に多いのが年金・保険の26.0%で、他では上場株式が5.9%、投資信託が5.6%、債券が1.4%などとなっています。米国の個人金融資産では、現金・預金の占める割合は13.5%に過ぎません(同14年3月末時点)。最も多いのが年金・保険の32.6%で、株式は19.3%、投資信託は13.1%、債券は4.8%です。

両国を比較してすぐに気付くのは、日本人の金融資産が現金・預金に偏り過ぎていることと、米国人が投資商品も含めて多くの対象にバランスよく金融資産を分散していることでしょう。家計のあり方として米国型が最適かどうかは分かりませんが、それはさておき、あまりに現金・預金に偏った日本の家計を少しでも米国型に近づけようというのが、日本政府の掲げるスローガン「貯蓄から投資へ」の趣旨だと思われます。

ここで問題になるのは、日本国民にとって「貯蓄から投資へ」がどのような意味を持つのかということです

例えば政府は「貯蓄から投資へ」の流れが促進されることで、家計から企業への資金供給が拡大し、起業や新産業の育成なども含めて日本経済の成長につながると考えているようです。投資信託や年金を扱う資産運用業界は、現在の日本のように投資商品の保有者が高齢者に偏った状態が続くと、金融資産の取り崩しなどによって将来的に市場が縮小へ向かう懸念があるため、現役世代をいち早く貯蓄から投資へ導きたいと考えています。

一方で、私たち一般個人の間では、将来の生活に対する切実な不安が高まりつつあります。少子高齢化や国の財政難から公的年金の給付水準が抑制に向かうなど、私たちが老後に一定の所得レベルを維持することは難しくなってきました。そんななか、家計の自助努力による資産形成や資産運用の必要性が以前より増していることは確かです。

「貯蓄から投資へ」の動きがなかなか進まない現状を踏まえて、日本国民の大半が資産運用の必要性を感じていないと指摘する専門家もいますが、恐らくそんなことはないでしょう。自前で資産を作りたいのはやまやまだけれど、投資について理解するのが難しくて面倒だったり、納得してお金をつぎ込める対象が見つからないなどの理由で、資産運用をちゅうちょしている人が多いのではないでしょうか

それは資産運用の受け皿となる制度の利用状況にも表れています。14年に始まったNISA(少額投資非課税制度)は昨年(15年)6月末時点で口座数が約921万件に上りますが、実際に投資があったのは半分程度とみられています。DC(確定拠出年金制度)では特に個人型の利用度が低く、8月末時点で利用可能な約4,000万人のうち加入したのは約23万人にとどまります。

「貯蓄から投資へ」にまつわる政府の狙いや資産運用業界の都合と、一般個人の抱える事情やニーズには大きなずれがあります。それをきちんと意識したうえで、国や業界がどれだけ一般個人の目線から良質な商品の提供やサービス改善、情報開示、理解促進などを実現していけるかが、「貯蓄から投資へ」の本格化に向けた大きなカギとなりそうです。

投信は実質的な保有コストまで積極的に開示すべき

その意味で一つの象徴といえるのが、投資信託のコストをめぐる問題です。今年の夏以降、一部の運用会社がインデックス型投信の信託報酬を相次いで引き下げました。結果として、国内外の債券や株式に投資するタイプのインデックス型投信でいずれも信託報酬が0.1~0.2%台のものが登場し、いわゆるコスト革命として話題を呼んでいます。

ただし、投資信託で定期的にかかってくるコストは信託報酬だけではありません。株式や債券などの売買手数料、外貨建て資産の保管費用、監査費用などが別途かかり、これらを合計した数字が実質的な投信の保有コストになります。

投信評価会社モーニングスターの試算によると、アクティブ型や新興国に投資するタイプならびに純資産の規模が小さい投信においては、実質コストが信託報酬に比べて大きくなりやすいとのこと。日本では通常、投信の販売資料などでは実質コストまで開示されないため、知らずに購入して想定外のコストを支払い続けている個人投資家も少なくなさそうです。

もちろん私たちが投信の購入を検討するうえで、コストがすべてではありません。しかしながら金融の知識が乏しく、ともすれば投資に及び腰になりがちな一般個人にとっては、投信の運用および販売サイドが少しでもコストの低い商品を真摯に提供しようという姿勢を見せてくれることで、初めて安心や信頼が芽生えていくのではないでしょうか

できるだけ安くて良質な商品を提供するという、他の業界では当たり前になされている企業努力を、日本国民は金融業界にも求めているはずです。それについて国も金融機関も資産運用会社も、もっと真剣に考えた方がいいように思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。