金融そもそも講座

「どこに投資するか」で迷うマーケット— — 中国が台頭

第375回 メインビジュアル

世界中の投資家が「どこの、どの銘柄や投信にマネーを置くのが賢明か」を真剣に考えているように思う。昨年の後半まではまず断然米国、一呼吸置いて次が日本、3番手はインドといわれた時期もあった。しかし今は日本とインドがランク落ち、投資先に欧州と中国を考えている向きが多いように思う。

欧州は今年に入って大きな資金を集めて、各地市場で高値更新となった。ドイツの選挙控えて一時高値から反落した後は、選挙で最大議席を取ったCDU・CUS(キリスト教社会・民主同盟)の組閣に対する不安はあるものの、再び上値を追い始めたように見える。英国などの株価も底堅い。こうした中で注目を浴び始めているのが中国だ。日経新聞などを中心に、中国の株価に関する記事が多くなっている。一時、世界から全く無視されていたのが嘘のようだ。

大きな背景は、「市場にあまり優しくないトランプ2.0」という現実だ。前回触れた。再選されたトランプ大統領は、米国経済の「黄金時代」を少し時間軸長く見ているのかも知れない。今のうちにイーロン・マスク氏の力を借りて大きくなりすぎた政府の規模を縮小し、いずれ「小さな政府」による財政赤字の縮小、規制緩和による経済活動活発化を考えている可能性もある。

しかし突然に、そして時に過激に進められる新政権の政策転換は、しばしばマーケット関係者も理解に苦しむ。マスク氏がやっている政府職員の大幅削減などは、それだけ将来に自信が持てる米国人の数は減ることを意味する。米国経済全体への不安感も高まる。各地で進む不法移民の拘束から逮捕、そして強制送還の一連の作業は、米国に合法的にやってきた移民の人達をも不安にさせる。国民の「先行き不安」は、消費減退の背景となる。

指標10年債の利回りが3カ月国債利回りを下回るなど、「R-word」(リセッションを意味する)がちらつく中で、世界の投資家の目線は「分散の先を探す」にある。

悪化の米経済

最近出てくる米経済指標はおしなべて悪い。ミシガン大学とコンファランス・ボードが消費者を相手に調べている景気信頼感は、共に最近にない落ち方をしているし、企業の購買担当者の景況感指数も大きく落ちている。その結果は長期金利の大幅低下だ。

1月中旬から2月末にかけての米長期金利(指標10年債)の利回り低下は著しい。1月の10日過ぎには4.8%前後の水準だったが、その後下げに転じて約1カ月後の2月の初旬には4.4%前後に低下し、その後一時4.6%に戻ったものの、筆者がこの原稿を書いている時点では4.25%前後だ。これはトランプ氏の「FRBは金利を下げるべきだ」という圧力によるものではない。

住宅ローンなどが高い水準を続けた後なので、物価上昇もあって消費者の所得の伸びが追いつかなくなったということもある。しかし筆者は、トランプ政権が米国経済の先行きを見えなくしている側面が強いと思う。関税をいつどこの国にどのくらいかけるのか、かけないのか。とにかく予測ができない。トランプ流(予測不可能性)と言えばそうだが、経営者も消費者は「ある程度の先の景色」が見えないと、投資・消費(モノ・サービス)の予定が立てられない。

加えて政府機関を襲う首切りの嵐だ。しかも尋常のやり方ではない。一斉メールを放って「先週1週間に何をしましたか? 5つ書きなさい」といったやり方。返信がないと「辞職」を突き付けられる。これにはさすがに「何をしたか」など簡単には言えない省庁(国防省とか情報機関とか)では、省のトップから「返信の必要なし」とのコメントが出た。

つまり米国の現政権は、トランプ氏本人がしばしば意見を変えるのに加えて、内部調整が出来ないままに走り出している。これでは国全体が戸惑う。当然支持率も下がる。米アップルなどは米国内での大規模投資を発表しているが(多分中国製への関税回避目的)、それで同社の今後の製品・価格体系がどう変わるのかは見えない。この混乱がどのくらい続くのかが問題だ。

自信回復(?)の中国

中国の経済・市場への向き合い方は、かなり変わった。このコラムでも取り上げた中国新興DeepSeek(ディープシーク)騒動以降、かなり“気合い”の見えるものになってきた。「経済と市場活性化」の方向性が顕著なのだ。“気合い”と書いたのは、共産党一党独裁体制を全く変える意思がない中での「経済や株式市場を良くしたい」との「願望の先走り」なので、そう表現した。

DeepSeekの発表は、米国や日本、欧州では「大いなる懐疑の目」で見られている。発表内容は華々しかったが、米オープンAIの蒸留データを許される範囲を超えて使ったのではないかとか、実際には米エヌビディアなどの高価な半導体をかなり使っているのではないか、など。情報漏洩の危険性から使わないと決めている向きが多い。筆者もそうだ。

しかし中国は、創業者の梁文鋒氏(39)を「生成AIの世界で先行する米国に一泡吹かせた若者」として英雄視する。「我が民族の誇りここにあり」とばかりの取り上げ方だ。米国が中国を敵視するなか、「やはり俺たちにも出来る」「米国を見返してやる」という雰囲気。

中国では今でも、同社の最初の発表「(米国の高性能チップの輸出規制が続く中)600万ドル以下の費用でチャットGPTと同等の性能を提供できる推論モデルを構築した」という点が大きく取り上げられている。日本を含む欧米諸国が同社のモデルの使用を概ね禁止していることは、あまり知られていない。

政治も「これはチャンス」とばかりに経済・市場活性化で動いている。習近平主席は梁文鋒氏を政府の重要経済会合に引っ張り出した上で、「民間企業はもっと力を出して欲しい」「中国経済をもっと躍進させて欲しい」と檄を飛ばした。

そこには政府との対立で、長く表舞台から消えていたアリババのジャック・マー氏の姿もあった。中国政府は、不動産不況や若者の高い失業率などで経済が上向かない中、①一連の金融緩和策 ②不動産関連不良債権に対する措置 ③財政出動を含む景気刺激策 ④各種市場改革――などの施策を打ち出している。

筆者が特に注目するのは、中国の証券当局の姿勢だ。2月22日の日経新聞朝刊は『中国株に「配当大革命」10年で3倍、東証がモデル』という記事を掲載した。日本が資本効率改善でなかなか足早な前進が出来ない中で、海外の投資家にとっては魅力だろう。

日本は一段の努力を

不動産不況の深刻化が伝えられる中で、「中国株投資」を本気で考えていた向きは少ないと思う。筆者は昨年の秋に、中国によく行っていた時期に手元に残った結構な人民元紙幣をほぼ全部円に替えた。景気悪化に直面した中国が、米国の関税引き上げ対策もあって為替レートを引き下げる可能性があると考えたからだ。

筆者は、中国政府の一連の措置、中国版生成AIの発展、それに習近平の音頭取りがあっても、中国経済の長期的先行きは暗いと考える。人口も急速に減少している。米国の包囲網も解けない。しかし短期的投資でなら、今の世界で最も株価の推し上げに熱心な国(中国)がそこにあるなら、資金を置いても良いと考える投資家はいるだろう。欧州は政治的には混迷の中にあるが、「経済の底打ち感」はある。加えて欧州の中銀は依然として景気押し上げスタンス。様々な不確定要素はあるが、まだ世界のマネーを集める力があるとみたい。

対して最近魅力を落としているのはインドと日本だ。インドについては折に触れて書いているが、①国内にある強いインフレ懸念 ②消費や政府支出の伸び鈍化 ③一部の企業の不正行為の表面化――など。世界的にリスク回避の動きもあって、インドのような途上国からはお金が出やすくなるのは確か。それにしても期待に添わないインド市場となっている。

問題は日本だ。海外投資家にとって2つが投資抑制要因だ。世界の中央銀行の中で日銀の「利上げスタンス」は際立っている。お金を借りている事業会社は、利上げは痛い。また株式市場の競争相手(債券利回り)が魅力的になることを意味する。為替相場の変動も海外投資家にとっては不安材料だ。

多くの世界の多くの投資家は、もし環境が良ければ「中国よりは日本に投資」の姿勢だろう。投資家にとっての望ましい法的・社会的枠組みを持つ。世界的に制約(貿易規制)無しに事業を展開できる企業が日本には多い。中国企業の多くには、西側での自由な事業展開・貿易が出来ない。

日本への海外資本の回帰がいつになるかは、正直言って分からない。欧州の経済が一番弱く見えるところで、世界のマネーは欧州に集った。しかし日本への投資環境が整うのは①日銀の利上げ一巡が展望できること ②円相場の動きが展望できる段階になること---だろう。

むろん個別の動きは今後も続く。ウォーレン・バフェット氏が株主への手紙で「日本の商社株買い増し」を2月最後の3連休中に示唆した際には、明けの日本市場で商社株は大きく上げた。こうした世界的投資家の投資方針表明は、日本企業の株価を大きく動かす。しかし日本が中国に負けずに世界の資金を集めるためには、一段の資本効率の改善を図る必要がある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。