DeepSeekショックと今後=技術革新は経済を駆動
第373回「次の地震があるとしたら震源はトランプ氏だろう」と勝手に思い込んでいたマーケットは、思わぬ方向からの揺れに驚いた……といった最近の展開だ。震源はDeepSeek。中国のあまり名前も知られていなかった新興企業で、社員数は200人ちょいとされる。圧倒的に少ない。
「揺れ」は今後も続きそうだ。既に生成AI(人工知能)という産業に対する業界とマーケットの常識はかなり揺らいで再構築が必要。「常識」とは「高性能AIチップ、それを大規模に使うデータセンターが不可欠」というもの。業界のストラクチャー(のイメージ)は“地震”によって大きくきしんだ。
DeepSeekに対しては、既に様々な疑惑が出ている。それは今後厳しく検証される。しかし重要な事がある。同社だけでなく今後も“AIの世界に技術革新”を引き起こす企業は世界中から出てくるだろう。実際に中国アリババもその直後に新型生成AI「Qwen2・5―Max」を発表した。新興勢力の台頭は、その新技術(考え方)が根源・革新的であればあるほど、マーケットを揺らす。
いつも思う。「投資をする人間は常にテクノロジーの変化とその経済的、社会的インパクトに敏感でなければならない」と。経済、マーケットを大枠で規定するのはテクノロジーだからだ。DeepSeekショックはそれを改めて思い起こさせてくれた。
筆者は日本初の技術にも興味を持っている。それはNTTが開発を進めるIOWN(アイオン)。次世代のネットワーク基盤構想で、Innovative Optical and Wireless Networkの頭文字から来ている。光技術を軸に大容量・低遅延・低消費電力の通信を実現することを目指しているが、これについてはまた取り上げたい。
なにせ年1回充電すれば良いスマホとか、電力消費量の大幅削減などが見込まれている。
DeepSeekって
DeepSeekとはどういう会社か。日経XTECH(クロステック)は直近(1月30日現在)の記事で、同社について次のように紹介している。
『2025年1月に入ってからiPhoneやAndroid向けに生成AIチャットアプリ、性能を高めた大規模言語モデル(LLM=Large Language Models)「DeepSeek-R1」など、次々と新サービスを公開し、話題を呼んでいる。ディープシークは2023年に中国・杭州で梁文鋒氏が設立した企業。2024年12月にLLM「DeepSeek-V3」を公開した』
『日本国内でも反応する企業が出始めた。サイバーエージェントは2025年1月28日、「DeepSeek-R1-Distill-Qwen-14B/32B」に日本語データで追加学習をしたLLMをHugging Faceで公開した』
DeepSeekのLLMは、「性能に対する利用コストの低さ」が何よりも特徴だ。1月下旬に発表された直後からSNSで話題になり始め、米国ではCNBCの報道によって知名度が一気に高まり、AppleやGoogleアプリサイトでたちまちダウンロード数1位を記録した。オープンソースでの公開で、OpenAIのLLM「o1」に近い性能を持つとされる。にもかかわらず“無料”で使える。同社はその後も新製品発表を続けている。
繰り返すが、重要なのはDeepSeekが「台頭しつつある生成AI産業に対する既成概念」を打ち壊したことだ。多分我々は生成AIに関して「既成概念」(高性能チップ、大規模データセンター)を早くに作りすぎた。
中国企業という制約・リスク
その常識、業界ストラクチャーの頂点にいたのがエヌビディア。その背景故に、DeepSeek-R1の登場は実相が良く分からないやや混乱した状態・判断の中で、同社時価総額を一時6000億ドルも失わせることになった。「トヨタ自動車2社分がすっ飛んだ」と日本でも盛んに報道された。しかし余震続きではあるが、その後は戻している。
DeepSeekはなぜそんなことが出来たのか。同社がOpenAIからデータを大量に盗んだとの指摘もある。米国の各機関も動きだした。それは今後の展開だが、「ソフトウェア主導のリソース最適化に重きを置いたから出来たと」いうのが実際らしい。同社もそう言っているし、専門家もその見方だ。
「リソース最適化」というのは、なかなか素人には分からないが、要するに「今までとは発想を大きく変えてシステムを新たに、簡易に、推論コストを引き下げて組み立てた」ということだろう。その結果は「安い生成AIツール」が出来て、それをアプリストアでダウンロード可能にしたということ。実はエヌビディアもDeepSeekの「リソース最適化」に関しては「評価している」との見方をしているとの記事を筆者は目にした。
筆者も一連の報道直後に興味を持ってiPhoneのAPPストアでその存在を確認した。しかし少し考えた。TikTokからTemu(テム)まで中国製アプリのリスク故にダウンロードしてない。登録データが様々な形で流用される危険性があるからだ。調べた範囲では、DeepSeekのアプリにもそのリスクがあるようだ。
アプリをダウンロードしてその規約を見た人が書いた文章によると、「ユーザーがアカウントを削除した後でも『法律や規制の要求に応じてユーザーの特定のデータを保持」する権利を有する(2条5項)」「本規約に違反した場合、法令違反または違法行為の疑いのある行為については、関連する記録を保持し、法律に従って管轄当局に報告し、その捜査に協力する(7条)」「本規約に基づく紛争の成立、履行、解釈および解決は、中華人民共和国本土の法律に準拠する(9条)」などの気になる条項が入っているという。
「天安門事件」などを調べても、中国のLLMなので結果が表示されることもない。それ自体が「存在しないこと」の前提。それで遊んでいる友人もいる。
AI業界が伸びるきっかけ?
DeepSeekの収集情報に関してはもっと具体的に、「アカウント設定時に提供する情報(生年月日、ユーザー名、メールアドレス、電話番号、パスワードなど)」「問い合わせ時に提示する身分証明書や年齢の証明、サービス利用に関するフィードバック」「サービス利用中のIPアドレス、固有のデバイス識別子、Cookieなどのインターネットその他のネットワークアクティビティ情報」「サービス利用時のデバイスやネットワーク接続情報(機種、OS、キー入力パターン、システム言語)」などが入るとの見方もある。
日経新聞は29日にブルームバーグの報道として「オープンAIは政府や提携する米マイクロソフトと連携し(DeepSeekへの)調査を進めている」と報じている。同紙はさらに、同社が『高度な生成AIの開発にあたり、誰でも利用可能なオープンソースとして公開されているAIモデルを「先生役」として、その入力と出力のデータを新たなAIモデルの学習に使った』(混合物から純度の高い成分を抽出する化学のプロセスになぞらえて「蒸留」と呼ばれる)としているが、「実際にはオープンソースのAIモデルだけでなく、外部に公開していないオープンAIのLLMを生成AIの学習に使った疑惑が出ている」としている。今後検証されることになる。米国海軍は既に、「(DeepSeekのアプリは)いかなる場合にも使用不可」というのを方針とした。
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ただし一つ明らかなことがある。それは「最先端を行く産業分野・AI産業だからなおさら、思わぬ技術革新が起きて枠組みが大きく変わるのは自然だ」ということ。考えてみれば「歓迎すべき事」だ。既にアリババも続いた。日本も含めて企業は続々参入し、化学反応が起き、技術革新は加速する。それが日常となる。そもそも既成概念は持たない方が良い。
立ち位置の違いも重要だ。DeepSeekの「R1」発表当日でも、Appleの株価が上昇したことに筆者は注目した。なぜなら「サービス提供業界の一大事」としても、ユーザーにとっては朗報だからだ。個人的にもOpenAIやグーグルに毎月使用料金を払っている身としては、「それが基本タダで使える」となれば、間違いなく素晴らしい。裾野が広がる。個人情報を悪用される危険性がない新しい企業が日本や米国で同様のサービスを始めたら、筆者は使うだろう。
最後にオランダの半導体製造装置大手ASMLのクリストフ・フーケ最高経営責任者(CEO)の直近の発言を紹介する。CNBCとのインタビューだ。同氏は、「私が見る限り、AIにフォーカスしたチップ(半導体)に対する需要が鈍化する兆候はない。ローコストAIは、もっと多くのアプリケーションが登場することを意味する」と述べている。つまり業界の拡大を見ているのだ。
端的に「技術革新は新たな需要を生む」と言っている。その通りだと思う。それは価格破壊かもしれないが、業界の新たな起爆剤となる可能性を秘めている。トランプ大統領も「米国(企業)はもっと頑張らねば」と言っている。日本からの参入企業の登場も見たいし、それによる投資機会の増加も期待したい。