米金融当局、「利下げ」継続を選択=来年は様子見も
第393回
2025年最後のFOMC(米連邦公開市場委員会)で、米金融当局は0.25%の利下げを行った。同幅での緩和措置は三会合連続。前々回に予想した通りになったが、今回はその発表内容、プロジェクション(見通し)の中身、そして来年の展開を取り上げる。「来年の展開」では、特に次のFRB(米連邦準備理事会)議長候補筆頭のケビン・ハセット氏に関して、やや先行的に詳しく見る。
念頭に置きたいのは、日米中銀は今後かなり難しい立ち位置に立つということ。トランプ関税の大嵐が過ぎて、両国の政策金利は「中立金利」(経済を刺激も抑制もしない理想的水準)に接近している。それは歓迎すべきことではあるが、実は「中立金利」の水準そのものについて多くの議論・異論がある。基本的認識の差から、今回のFOMCでも決定に異論を唱えた委員が3人に上った。2019年9月以来の多さだ。日銀の会合でも最近は反対者が相次ぐ。
FRBの「下げ」に対して、最近の植田日銀総裁発言は「利上げ」を示唆している。問題は日米とも「その後」に関して議論が入り乱れている事だ。FRBは「二分状態」という見立てもある。今の米国ではインフレより雇用が大きな問題だが、来年の政策選択は難しい。その中で米国ではFRBの議長が代わる。
日米ともに抱えている問題は「長期金利上昇」だ。日本は政策金利の上げがそれを促しているが、米国では「新議長の下でのインフレ再燃懸念」がある。
雇用にフォーカス?:パウエル
今年最後の会合で利下げを決めた理由について、FOMC声明とパウエルFRB議長の記者会見は以下のように述べる。まず声明冒頭。景気判断と雇用・インフレに関する記述。
Available indicators suggest that economic activity has been expanding at a moderate pace. Job gains have slowed this year, and the unemployment rate has edged up through September. (中略)Inflation has moved up since earlier in the year and remains somewhat elevated.(米経済はまずまずのペースで拡大。雇用増加は今年鈍化、失業率は9月まで上昇した....)とする。その上でインフレ率に触れて、「今年初めより上昇して、幾分高い水準にある」と述べる。
これがFRBの現状認識の基本線なのだが、パウエル議長は記者会見で「インフレより雇用が問題」との見方を繰り返した。「米家計がインフレに悩んでいるのに、なぜ雇用重視の利下げ」といった質問が何回か出たが、「インフレは年初の高い水準からすればかなり下がった」「やや高いが2%に近い」という返答だった。インフレは現状問題ないという立場だ。
来年1月の次回FOMC会合に関しては、「今後出てくる統計次第」というスタンスだ。しかし私には議長が「雇用」にフォーカスしている印象がして「利下げ継続の可能性あり」と見た。市場も同じだったようで、10日のニューヨーク株式市場は「利下げ継続期待」から大きく上昇した。プロジェクションの中のドットプロットも来年、再来年の各1回の利下げを予想。これを受けてダウ工業株30種平均は500ドル近い上げとなった。
「0.25%の利下げ」に関して、FOMCで反対者が3人も出た点にも質問が集中した。二人が「据え置き支持」で反対。一人(スティーブン・ミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長)は0.50%の利下げを主張した。記者からは「FOMCはdivided(分断)ではないか」との質問も出たが、「12人の投票権のあるメンバーのうち9人が0.25%の利下げに賛成した。様々な意見があるのは当然。決定はコンセンサスだと言える」という返答だった。議長は当面の「利上げ」転換は否定したし、短期国債の買い入れによる市場への流動性賦与も明らかにした。株価上昇の背景となった。
しかし今後の米金融政策が難しさを増すことは明らかだ。パウエル議長が記者会見でしばしば聞かれたのは「AI(人工知能)効果」だった。アマゾンがAI活用によるレイオフを発表した一方で、AI故に米国の生産性が上がっているとの見方もある。「AIの波及が金融政策策定でも考慮すべき大きな要因になる」状況は今後も強まるだろう。
Kevin Allen Hassett
さて、ここからはやや先、来年を考えてみよう。パウエル議長の任期は2025年の5月15日。再任の可能性はないので、同日の翌日からはFRBは新しい議長を迎える。金利政策の決定に携わるFOMCには19人もの委員がいて合議制(投票権を持つのは7名の理事と5名の地区連銀総裁)なので、議長一人の交代で何もかも変わるという訳ではない。しかし議長の存在感は大きいし、雰囲気や組織運営は変わる。市場のFRBに対する見方も当然変化する。
トランプ米大統領は思う通りに「利下げ」を繰り出さなかったパウエル現議長を、過去に前例を見ない程に非難、揶揄し、そして無能呼ばわりした。「次のFRB議長」は遅くとも年明けにはが指名される。しかし、パウエル議長は2026年の最初の3回のFOMCでは議長のままだ。それは以下の三回。
January 27-28 声明 議長記者会見
March 17-18* 声明 議長記者会見 Projection Materials(各種見通し)
April 28-29 声明 議長記者会見
その次のFOMCは6月16、17日。「FRBの理事」としてのパウエル議長の任期は2028年1月31日まであるが、パウエル議長がそこまでFRBにとどまるかどうかは疑わしい。今回の記者会見では「今は議長職に集中。その後は分からない」と述べた。
次期FRB議長候補として具体的にトランプ米大統領の口の端に上った人物(つまり候補筆頭)はケビン・ハセット(Kevin Hassett)氏だ。1962年3月20日生まれで現在63歳。ペンシルベニア大学で経済学の博士号を取得。1989年から1994年までコロンビア大学のビジネススクールなどで教えた。FRBとの接点もあって、1992年から1997年まで研究・統計部門のエコノミストとして過ごした。
トランプ米政権との繫がりは2017年の第一期からだ。同年春にCEAの委員長に指名された。2019年にはCEA委員長を辞任、「大統領上級顧問」になった。二期目のトランプ米大統領との関係は、2024年11月26日。トランプ氏からホワイトハウスの米国家経済会議(NEC 安全保障や社会保障を含めて総合的に経済政策の調整・立案を担当し大統領に助言)の委員長に起用された。つまりずっと「トランプ周り」の人物で、トランプ氏のお気に入りというわけだ。
最近のケビン・ハセット氏の発言で彼の立ち位置を検証する。12月8日、つまり今年最後のFOMCの直前に、同氏はCNBCのインタビューに応じている。間近に迫った2025年最後のFOMCに関して次のように述べた。「金利を慎重に、指標を注視しつつ、引き続き幾分下げるべきだ」と。
筆者がまず思ったのは「慎重な言い回しだ」ということ。「(政策)金利は下げるべきだ」というトランプ氏寄りの姿勢を鮮明にしながらも、「慎重に、、、指標を注視しつつ、、、幾分」という単語を入れている。直ぐに思ったのは、「トランプ氏から自分の名前が出た後の米長期金利の上昇を意識しているな」という点。iPhoneなどのデバイスで確認して欲しいが、「ハセット」の名前が出て以降のニューヨークの金融市場では、長期金利が上昇気味。一時は4%を割っていたが、その後は上昇して4.22%前後まで。市場で「FOMCの利下げ」が確実視される中でも長期金利が上がっているのだ。
候補筆頭への不信?
政策金利と長期金利の関係は複雑だ。「景気と雇用が悪い」という状況でも金利を下げ過ぎると、「過度の利下げによるインフレ」が懸念されて長期金利は上がる。筆者はトランプ米大統領から「次のFRB議長候補の一番手」として「ハセット」の名前が出て以降の長期金利の上昇には、この懸念、つまり「ハセット・エフェクト」があったと思っている。ハセット氏は誰が見ても「トランプ側近」だ。「利下げ選好・先行のFRB議長になる」とマーケットは見なしている。
多分ハセット氏は「イメージの修正」に今取り組んでいるのだと思う。トランプ氏に気に入られても、マーケットから不信感を持たれたら長い期間FRBの議長は務まらない。ハセット氏もそれは良く分かっている筈だ。「ハセット氏故に米金利が高止まり」するようだと、ベッセント米財務長官などの助言でトランプ氏は議長候補を外す可能性もある。
ハセット氏はまたインタビューで、FOMC内部の見方は二分していると指摘しながらも、「こうした中でパウエル議長はFOMCを利下げに導く良い仕事をしている」と述べた。多分「利下げに導く」は、12月の会合に先立つ二回の会合(9月中旬と10月下旬)でともに0.25%の利下げを決めたことを指すのだろう。そしてパウエル議長は今年最後のFOMCでも利下げした。大統領が時に激しく非難するパウエル議長を賞賛するのではなく、彼が主導した2回の利下げを「良い仕事」と指摘しているのがポイントだ。これは後任者が前任者を褒めるというマナーに合致している。
それでもマーケットの懸念は収まっていない。CNBCは12月9日、市場関係者に対する調査の結果として、「Hassett likely next Fed chair, but most think Trump should nominate someone else.」と報じた。そのまま訳せば、「ハセット氏は次のFRB議長になるだろうが、大部分の調査対象者は、トランプ米大統領は別の人を選ぶべきだと考えている」となる。
ハセット氏の次期議長就任になぜ懸念があるのか。「完全雇用とインフレ抑制というFRBのダブル・マンデート(二重使命)」「中銀の独立性」の両方に対する同氏のコミットメント(実現姿勢、取り組み)への懸念だ。市場はハセット氏がトランプ氏に近いが故に、パウエル氏より「ハト派スタンス」を取ると見る。「労働市場の悪化に直面すると急ぎ利下げを行い、インフレ率が目標値を上回っても利上げに慎重になる」と予想する。市場関係者の半数以上が、「(ハセット氏は)低金利というトランプ米大統領の欲求を満たそうとするだろう」と考えている。逆に「ハセット氏が大統領と対立しても独自に動く」と見る人は41%に過ぎない。
様々なビデオなどを見ると、ハセット氏はいつも笑顔で印象は良い。パウエル議長がいつも謹厳・実直で「必要な事しか言わない」のとは違う。問題はやや能動的に喋りすぎる印象がある点だ。やや長くなってしまったが、今回FOMCの利下げ発表と次期議長筆頭候補を取り巻く状況を取り上げた。さて、トランプ米大統領はどうするのか。