金融そもそも講座

トランプ2.0は市場に優しい?...それとも=始まった関税戦争

第374回 メインビジュアル

ドナルド・トランプ氏の2期目の政権が始まってほぼ1カ月。「トランプ2.0は期待していたほどビジネスやマーケットにフレンドリーだろうか」と考え始めている。

コラムを書くに当たって、就任直前の1月18日から今までのニューヨーク市場の株価を調べてみた。就任後数日間は上げ気配だったが、その後は一進一退。ダウ工業株30種平均は1000ドルほど上がっているが、S&P500種総合株価指数とナスダック総合株価指数は保ち合いないし弱含み。この原稿を書いている時点では1月の消費者物価が予想より上昇して、株価はまた下げている。

昨年11月の大統領選での勝利後にニューヨークの株価は一時大きく上げたし、今年に入っても上げ期はあった。しかし全体的に見ると、トランプ1.0の時代に我々が見たような株価の基調としての上げは見られない。「米国の株価はバフェットが嫌がるほど既に上がっている」「各種株価指標から見てもバリュエーションが高すぎる」という声はむろん聞こえる。それも確かだ。

しかし時間の経過の中で、「トランプ氏はビジネスマン。マーケットに悪いことはしない」という期待は剥げつつある。政権から発せられる一貫性のないメッセージや、イーロン・マスク氏以外は閣僚達が影に隠れてあまり表に出られないという環境が背景だろう。「あまりにものトランプ主導」によって、政権全体への期待が細りつつあるように思う。

減税や規制緩和などマーケットが本命視するものはこれからと思われ、環境は変わりうる。最後は「米国経済の行方」そのものが重要だ。それにしても、政権発足1カ月の時点で「この政権は何をしようとしているのか」「そのマーケットへの影響」を考えておくのは必要なことだろう。

続く関税の脅し

「トランプ氏はマーケットやビジネスにフレンドリーか、それとも逆か」の疑問に端的に答えているのは、JPモルガン・チェースの主任エコノミストのブルース・カスマン氏だ。彼は最近のレポートで「端的に言うなら、トランプ2.0のポリシーミックスは、(おそらく無意識的だが)ビジネスにとってアンフレンドリーなスタンス(a business-unfriendly stance)に傾いており、それがリスクと言える」と述べている。

彼が具体的に挙げ筆者もそうだと思うのは、トランプ政権がまず打ち出したメキシコやカナダに対する医療用麻薬フェンタニルを理由にした25%関税付加の脅し。両国がその米国への流入を厳しく取り締まっていない、不法移民の流入を見逃しているというのが理由。「それと関税とどう関係あるの?」と思うが、トランプ氏は米国が他国と直面するあらゆる問題を関税に絡め、関税を武器として使う。非常に非論理的だ。

「関税の脅し」は、この2カ国や対中国にとどまらなかった。その後鉄鋼とアルミに対しては基本的に例外なく、25%を課す方針を明らかにしている。日本は適用除外を求めているが、除外を認められそうなのはオーストラリア(米国が貿易黒字)くらい。国際政治的に仲間にしておきたいインドや日本を含めて実施の方向だ。

ポイントはトランプ大統領が「所得税を引き上げるは避けたい。むしろ下げたい。その分の税収を関税で確保したい」と考えていることだ。つまり関税実施への確信犯。そんな発想はマッキンレー大統領時代(第25代・19世紀末)以来聞いたことがないが、彼は本気のようだ。

米国による関税引き上げの最後のツケは、自国の消費者、企業に回ってくる。分かりきったことなのに、それには絶対に触れない。インフレが怖いことは分かっているのに。逆に「米国の金利は私の関税政策と手を携えて引き下げられなければならない」と平気で言う。常人には理解不能だ。

関税引き上げは通常は当該国の物価上昇に繫がる。関税を払うのは米国の企業だ。一方で、利下げはインフレを加速し、国民の生活を貧しくする。それが常識だが、彼は違う考え方をする。散々バイデン氏を「インフレを加速させた」と罵ったのに。

発言の非一貫性

一期目にも見られたが、「発言の非一貫性」も彼に対する信頼を失わせ始めているように思う。就任直後は「金利は直ちに引き下げるべきだ」とパウエルFRB議長に圧力をかけた。1月末のFOMC(米連邦公開市場委員会)が「金利据え置き」を決めると、「決定は正しいと思う」と述べた。しかし2月に入ると、再び「私の関税政策と手を携えて、金利は引き下げられるべきだ」と述べている。実際には米国の指標10年債の利回りは、高水準のインフレを受けて上昇気味だ。

発言が行ったり来たりする傾向は、「ガザは米国が所有すべきだ」という主張にも見られる。世界を驚愕(きょうがく)させる発言だったが、その後世界中から非難させると米軍の同地駐留問題と絡めていったんは主張を緩めたように見せた。しかしその後はヨルダンのアブドル国王との会談で再び「(ガザを)イスラエルから引き受け、再建し、そして米国が所有する」と主張を戻した。

この「発言の一巡・元祖帰り」はトランプ大統領の得意技で、それ故に彼の閣僚達でさえ「どの時点のトランプ発言が正しいのか」を理解できない。なので「なるべくしゃべらない」という形になる。トランプ政権2.0の閣僚の中でその言葉が聞こえて来るのはイーロン・マスク氏くらい。その他の閣僚はたまに居ることが確認できる程度だ。つまりトランプ氏が前に出すぎているが故に、マスク氏以外の閣僚の影が薄い。今のままだとルビオ国務長官、ベッセント財務長官を含めて、トランプ政権の閣僚達はほぼ存在感が薄いままで任期を過ごすだろう。

トップ(トランプ氏)にすごい、理にかなった指導力があって、それ故に閣僚達の影が薄いのなら政権全体としては問題ない。しかし大統領の発言が様々な問題でぶれる。閣僚は実際に危なくてしゃべれないというのが実情だ。思い出しても、ルビオ国務長官やベッセント財務長官の意見もあまり聞けていない。市場の人間としては、後者の言葉を聞いたいのに。

マーケットが「安定した政治」を欲するのは間違いない。「活力ある政治」も必要だが、まずは安定がないと企業は方針を決められない。例えば米国の自動車メーカーは「もしかしたら自動車にも関税」というトランプ氏発言に身構えているだろう。米国のメーカーでもメキシコやカナダから製品・部品を入れているので。今の発足直後のトランプ2.0では、その「安定感」がない。これはマーケットにとって懸念材料だ。

視聴率が気になるテレビ司会者

改めて「ドナルド・トランプはどういう大統領か」と考えざるを得ないが、筆者は「彼は大統領ではあるが、その本質は不動産開発業者+視聴率が気になるテレビ司会者・タレント」との見方をしている。本質を理解しやすいからだ。

まず「不動産開発業者」だが、「ガザをリビエラに生まれ変わらせる」という発想に端的に出ている。「不動産」は彼が80年近くを過ごしてきた人生そのものだ。ニューヨーク・クィーンズ(マンハッタンの隣)で同業だった父親からの資金提供で始めた。大統領になっても、生来の職業感覚を強く残している。

トランプ氏のテレビタレント(司会者)の仕事は、大統領になる直前まで約10年続いた。番組は「アプレンティス」。競争の激しい米テレビ業界で「10年続く人気番組の司会」には、相当なタレント性と時代の変化を掴む勘所が必要だ。時にはプロレスのリングにも実際に上がった。「国民の近くに居なければならない」という職業的義務感が、彼の再選に奏功した。

トランプ氏には理念、主義、建前などの要素が非常に薄い。歴代大統領がウリにしていたものだ。バイデン前大統領には人権重視という大きな柱があった。しかしそれは時に重荷だ。理念に反したことをすると、メディアや世論に突かれた。“建前”があるから思い切った行動が取れなかった。海外からもバイデン氏は「弱い大統領」と見られた。プーチン氏はウクライナに侵攻。

トランプ氏は「それが必要」と考えれば、言っていたことを簡単に変える。ウリは「予測不可能性」だ。日本製鉄によるUSスチール買収問題でも、ガザに関する発言でも結構簡単に発言を変える。今後もそうだろう。彼にとっては、自分の人生経験に合致し、他の大統領より「国民ウケ」が良いことをしようとする。

今後のポイントは、彼が「視聴率が気になるテレビ司会者・タレント」ということ。彼は「株価」を自分への支持率の一つの重要な指標としているはずだ。メキシコ、カナダに対する25%課税を発表した直後に株価が落ちたら、彼は直ぐに「1カ月の実施延期」を発表した。その範囲ではトランプ氏の政策は、最後は株価を裏切らないとも言える。

しかしそれは、マーケットの期待より小さいだろう。彼はレガシーを欲している。多分彼は株価を第一には考えていない。その他にある。例えばウクライナ戦争の終結、中東での恒久的和平。この二つは議論あるにせよ「ノーベル賞級」のレガシーになる。米国経済に関しては、やや古くさい「貿易収支均衡論者」だから、それを目指すだろう。その際に各社の株価は大きな影響を受ける。

米国の自動車メーカーがトランプ氏の関税政策から受ける打撃は大きい。一方で国内に主要工場のあるメーカーは恩恵が大きい。多分企業別にはそうした「個別視点」が必要だろう。今後4年続くトランプ政権と付き合うには、そうした冷静な視点が必要になると思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。