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高市新政策、「市場論理」重視に舵取りへ=日本のベッセントは誰?

第397回 メインビジュアル

自民党が圧勝した総選挙2026から数日がたった。選挙前は「日本市場のトリプル安」まで心配する声があった。そこまで見なくても、「円安進行・日本の長期金利上昇加速」を懸念する声が強かった。しかし蓋を開けたら、円は各国通貨に対して円高に展開し、日本の国債利回りも安定からやや低下している。

選挙で市場に一番気を使った政権政党の高市早苗首相自民党が、大勝した。筆者はこれを「日本の政治における市場論理(原理)の浸透」と見る。トランプ米政権はしばしば、市場から政策の方向転換を強いられている。同じ事が今後の高市政権でも起きる。無視すれば、政権の持続も怪しくなる。日本の政治は空想の世界を離れ、リアリズムに一歩接近した。

選挙後になぜ円は上昇し、日本の長期金利はむしろ安定したのか。それは高市首相が勝利後の党の会合で幹部を前にして、「(大勝したからといって油断せず)気を引き締めて」と自分にも同僚・先輩にも言い含めると同時に、マーケットに対しても「高市内閣は政策運営で市場の反応に気を遣います」との姿勢を示した為と思う。

その姿勢は、選挙中でも食料品の消費税引き下げに関する言及回数の少なさに表れていた。選挙後初の記者会見でも、「(食料品の消費税2年間ゼロに関して)国民会議の議論がまとまるのは今年の夏」と時間軸を伸ばしたことに示された。高市首相は笑顔も作らず、「ほくほく」などという油断満載の単語は使わずに、むしろ市場がらみの問題には言葉を自制し、「円安」や「日本国債売り」のチャンスを狙っていた市場関係者に隙を見せなかった。

問題は今後だ。油断なき「市場配慮」の高市政権の政策運営は続くのか?今の日本の政界景色は、戦後の日本人が見たことがないものだ。「高市自民は何でも出来る状態になった」という見方もある。自民だけで316という絶対安定多数の議席を与えられたのだから、それは自然だ。

しかし筆者の見方は違う。自民党の責任は大きくなるし、政治権力を手にした高市首相の一挙手一投足にマーケットは感度を高める。高市首相は、トランプ米大統領と同じ立場になる。日本でも「マーケット視点を欠いた政策」にはダメ出しが出るようになると思う。大統領はしばしば市場から「ノー」を突き付けられ、政策転換を余儀なくされている。日本もそうなる。

重要なのは、高市政権がスタート当初の「引き締まった感覚」「市場配慮」で政策運営ができるか、さらに自身が掲げる「責任ある積極財政」の中味を策定・提示し、それを実行できるかだ。

見たことのない景色に

日本の政治風景は、今とっても斬新だ。筆者が何よりも衝撃的だと思うのは、小選挙区で獲得した自民党の議席が249に達した事だ。全体の実に86%。それに対し、新党を立ち上げて戦った「中道改革連合」(公明党と立憲民主党が合体)の議席は僅か「7」。国民民主党の「8」よりも少ない。「中道」は比例で「42」を拾ったが、これは自民党が他党に譲った比例議席14(候補者足らず)のいくつかが入ってだ。「51」を下回っているので、内閣不信任案を出せない。

自民党と連立を組む「日本維新の会」の勢力を合わせると、連立与党の議席は352。つまり、連立与党の活動域は大幅に拡大する。維新は既に「閣僚を出す」方向。「国民民主党」も「参政党」も「チームみらい」も、場合によっては連立与党の政策(事案ごとだが)に賛成する。日本には力のある野党はなくなった。

触れるスペースもあまりないが、「中道」がジャイアントキリングの連発(よく知られた幹部の相次ぐ落選)をくらう展開となったのは、安全保障政策の一致さえ出来ずに選挙戦に突入するという安易な道を選んだツケだ。主張もメンツも古かった。夢を見ているように見えた二人の共同代表(野田、斉藤両氏)は辞任した。筆者は立憲と公明の下部組織の一体化は至難の業と考えており、この政党はいずれ空中分解すると思う。

しかし筆者は、「高市氏一強で、日本の政治がジャックされた」「思う通りのことが出来る」と考える一部メディアの見方には賛同しない。高市首相には、トランプ米大統領よりも数多くの制止要因がある。大統領は上下両院を共和党で抑えているが、高市首相が思い通りに動かせるのは衆議院だけ。参議院では自民党はまだ少数与党。あまり国民に主張が届いていないとはいえ、日本の大手メディアは「一強」に警告を発し続けるだろう。

多くの新議員が登場してくると、自民党の体力を削るかもしれない様々な問題(不祥事を含め)が今後表面化してくるだろう。参議院の勢力図が「自民優位」になるには、少なくとも5年は必要だ。

マーケットがブレーキ

もっと重要なブレーキ役は、トランプ米政権と同じように「マーケット」だ。最近の世界の政治家は、しばしば選挙よりもマーケットに足をすくわれる。英国のトラス・ショックは記憶に新しい。トランプ米大統領はしばしばマーケットによってピンチに立たされ、その度にマーケットに寄り添い、政策を撤回して乗り切りを図っている。それを端的に表現する言葉が「TACO」(Trump Always Chickens Out)だ。

高市首相にも同じことが言えるようになると思う。高市も「T」で始まるので、「TACO」はそのまま使える。繰り返すが、高市首相は選挙期間中「消費税減税」に関して発言・演説の機会を極端に絞った。むしろ何も言わなかった。市場に隙を与えないためだった。

悪いことではない。仮に2月9日の記者会見で消費税の扱いや財政赤字について油断ある発言をしていたら、直ぐに円安や日本国債利回り上昇などの反応が起きただろう。マーケットに相当気を使った記者会だったが故に、円や日本国債の利回り水準は安定した。むしろその選挙までの円売り、日本国債売りは「行き過ぎだったかも」というマーケットの反省を生んだ。つまりマーケットは日本の政権に対しても、極めて健全な、しかも強力な「牽制役」に既になっている。米国と同じだ。

トランプ氏率いる米国政府には、閣僚の中にマーケットの見方を代弁できる人物、そしてマーケットの激しい反応から大統領を守れる人物がいる。ベッセント財務長官だ。市場のプロがそのまま閣僚になっていて、トランプ米大統領が油断ある、奔放な発言をしてマーケットを危険な状態にしたときには、それを是正する役割を果たしている。高市政権の場合、その役割は誰が担うだろう。それは今後の高市政権にとっての大きな課題だ。

円は全通貨に対して反発

総選挙後のマーケットが「円高」「日本国債利回り低下」で推移しているには、「高市ファクター」以外の要因もある。米国経済への懸念も続いている。AI(人工知能)の産業界・ソフトウエア業界浸透もあって、働く形態が変わり、ビジネス・ソフトウエアの業界地図が大きく変わる可能性がある。「GDP(国内総生産)の大宗を占める消費者が警戒的になった」との見方もあるし、1月の米雇用統計の好調(雇用の予想以上の増加と失業率の低下)も、雇用増は一部業界(ヘルスケア)に集中している。

重要なのは、総選挙後の円が対ドルばかりでなく、対欧州、豪州通貨に対しても値上がりしていることだ。通常、政権与党が大きく選挙で票を伸ばせば「政策の自由度」が上がるので、当該国の通貨は上がる。その意味では、日本は「選挙で与党が勝っても円安のままだろう」というのが観測だったから、選挙後のマーケットは「通常の形」に戻ってきたと言える。

今後もマーケットのトレンドは複雑な要因の絡み合いの中で進展する。一筋縄にはいかない。選挙で議論の主な対象となった「消費税」に関しては、経済政策としてはあまり価値がないことは先に取り上げた。高市首相は「給付付き税額控除」へのつなぎとしての「食料品の2年間限定の消費税ゼロ」の旗をまだ掲げている。ただし「公債の発行はしない」という条件を常に強調。安易な消費税(食料品を含む)の引き下げには慎重な姿勢にも見える。マーケットもそれを評価。

当面はメディアの関心は消費税にあるが、筆者は「積極財政」の中身の方に興味がある。先端分野を対象にするとしても、具体的にどの分野にどのような形で民間とも協力して投資を行うのか、さらに新産業を育てる上で非常に重要な「規制緩和」をどのように進めるのか。総選挙の最中もその後も「積極財政」の中味は17分野が挙がっているが、その具体的中味や投資額がつまびらかになっていない。この面で具体的施策を打ち出すことが、市場の高市政権に対する信頼を高めることになる。

政権与党に油断が生じて財政赤字増大の方向に安易に政策のかじを切れば、再び円安になり、本国債の利回りは上昇する。市場はしばしばトランプ米大統領に政策の見直しを迫るが、多分日本もそうなる。それは良い悪いの問題ではない。マーケットの力が既に一国の力の範疇を超えているので、逃れられないという事だ。それを日本の政治家全体がどのくらい認識しているかは怪しい。少なくとも高市首相は任期初期に「円安」「日本の長期金利上昇」という洗礼を浴びた。それを理解していると期待したい。

その上で政策を進めるなら、極端な円安が起きる要因は減るし、国債市場の急激な利回り上昇も回避できるだろう。その間には、国民の資産としての株式(年金などの投資先)も長い目で見た時には上昇が期待できる。そしてそれは日本経済の成長力アップにつながると考える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。