金融そもそも講座

何と戦っているのか

第315回 メインビジュアル

前回は「中銀と、基本的にはそれに逆らえないマーケット」との関係を書いた。今回は「そもそも」的に、「マーケットと、その内部での“予想”」との複雑な関係を3回にわたって書こうと思う。

というのは、9月13日のニューヨーク市場でダウ工業株30種平均が終値で前日比1276ドル、3.9%安になると言う大変動が起きたからだ。それは「マーケットは日々、自らが作り出した“予想”と戦っている」ことを端的に示した。1日の下げ幅としては2020年6月以来2年3カ月ぶりの大きさだった。それがなぜ起きたのかを書いておきたい。今後のために。

メディアでも最近は、「市場の予想」という単語がよく使われる。しかし「それは誰が作っているのか?」「予想のコンセンサスとはどう形成される?」などの問題に触れる。

分かっているようで実は複雑な要素がある。市場に参加する人間にとって、「自分の予想」とは別に、「マーケット全体の見方」がどこにあり、自分のポジションとの兼ね合いでどんな数字、どんな事態が起きたらそのポジションをどう動かすべきか、というのは常に大きな問題だからだ。

2022年9月13日

この13日、金曜日ではなく火曜日だったが、実にショッキングな動きをニューヨーク市場は経験した。当然ながらその動きはS&P500種株価指数(4.3%安)やナスダック総合株価指数(5%安)でより大きな動揺となり、さらに東京をはじめとして世界中のマーケットに波及した。なにせ2年余ぶりに経験するマーケットの大変動だった。

発端は8月の米消費者物価(CPI)の発表。火曜日のマーケット取引開始前(いつもの通りだが)に公表になったこの数字は、「8.3%の上昇」というものだった。米国の1年間の物価上昇率だ。実はこの数字、7月の8.5%アップよりも低い数字だった。この2つを比べれば、「米国の物価上昇率は鈍っている」とも理解できる。それ自体は良い事なのだ。

しかしマーケットはこの「8.3%」という上昇率に強く動揺した。それはコンセンサスとされた「8月の米消費者物価上昇率は8.1%」という事前予想を上回ったし、「米国の高インフレは根深い」という印象につながったからだ。

「0.2%しか違わないのに1200ドル以上、3.9%もダウ平均が動いたの?」と聞かれれば、「確かに大きすぎる」と一見思える反応でもある。しかしそれは、「そろそろ米国のインフレ率も落ち着く」というやや楽観的なマーケット予想の逆だった。しかも「FRBの高いレベルでの利上げは続く」との予想につながった。自らの内部からの“予想”に裏切られたマーケットは激しく反応、予想に基づいて作ったポジションをひっくり返した。反応は大きくなった。

コンセンサスとは

ではコンセンサスは誰が作っているのか。例えばこの日のBBCの記事を見ると、「the 8.1% that economists had expected」という表現が出てくる。これが良く言われる「コンセンサス」数字だ。注意深く見ていただくと8.1%の後に、「エコノミスト達(economistsと複数)が予想した」とある。予想が全員一致になることはないので(調査方法も手法も見方も違う)、集積、おまとめ数字なのだ。ではエコノミスト達とは誰か?

米国の著名で力のある証券会社、調査会社には数字を予想する経済のプロ達(エコノミストともアナリストとも呼ばれる)がいる。多くは自ら調査能力のある機関に所属しているので、エコノミスト、アナリスト達はその機関が集めた数字に、独自の視点を入れながら「機関予想」を作成し、多くの場合エコノミスト、アナリスト名で発表する。

彼らは消費者物価指数だったらデパートやスーパーやネットなどを調べて、指数の対象となる商品の動向(主に価格)などを調べあげる。その結果、「8月の米消費者物価は何%上がったはずだ」といった予想を立て、それを公表する。むろん、競争だ。実際の数字に近い予想を出した機関、エコノミスト(アナリスト)が勝ちだ。

各機関やエコノミストの調査方法は違うし視点も違うので、米8月の消費者物価指数のケースでも、実は数字は7.9%だったり、8.2%だったりする。メディアはそれらの各機関、各エコノミストが出した数字を集めて、「うーん、コンセンサスはこんな感じ」として記事に書く。

CNBC、ロイター、ブルームバーグ、ウォール・ストリート・ジャーナル、NYタイムズなどなどにアクセスする人は多いから、そのまとまった数字が「マーケットコンセンサス」と呼ばれる。いずれにしろ、コンセンサスを作っているのはマーケット内部に居場所を見つけているエコノミスト、アナリスト達なのだ。

厳格管理の数字

各機関、エコノミストが苦労して作成するコンセンサス。だが、しばしば実際に省庁など政府機関から公表される「正式発表数字」とは違う。なぜならまず調査の規模が違う。政府の数字は、国家予算と組織のルートで作成される。対して各民間機関やエコノミストの数字は、規模の違いはあってもサンプル調査だ。民間がかなり大規模にやっても、結果は違ってくると思う。しかも色々な場面で使う係数なども違うと思われる。

どこの国でも「正式発表数字」は、マーケットに漏れてはいけないので厳しい統制下で作成される。数字によって違うが当該省庁の一室にメディアの担当記者が直前に集められて数字を渡され、記事が作成されてリリース時間に各メディアから流れるという手順だ。メディアでも発表時間までは最重要機密だ。漏れた瞬間にインサイダーの疑念が生じるし、不祥事を起こしたメディアは以後発表に立ち会えなくなる。

発表時間は実に厳格に管理される。なぜなら例えば8月の米消費者物価の正式発表数字をほんの数秒早く知ることができたら、それは(不正な)巨万の富を生む。ニューヨークの取引所は開いていなくても、どこかでマーケットは立っているからだ。どの政府機関もメディアもこのリリース時間と、数字の最後までの秘匿には神経質だ。

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肝心なのは、発表された数字とコンセンサスとの違いだ。そこで待っているのは多くの場合ドラマだ。その問題に関しては次回に詳しく解説する。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。