米金利低下はドル高要因?=代わるマーケット変数と方程式
第380回
今回の「そもそも」では、読者の方々に次の2点をお伝えしたい。
- マーケットに参加する人間が重視すべき“変数”(例えば米金利水準とかドルの上下とか)は、今はその役割を大きく変えている。トランプ氏が市場の構造を変えてしまったからだ
- 故に、その変数を入れれば答えが出てくる方程式も、従来使えたものが使えなくなり、新しい組み合わせで考える必要も。それを素早く認識し、行動を変えることがとっても重要だ
例えば、米国の金利上昇は、普通はドル高要因だ。米金利運用が有利だからだ。今は違う。今はむしろ米金利(指標10年や30年利回り)の上昇は、ドル安要因だ。米国での金利上昇は、「市場のトランプ米政策(主に関税)に対する不信任の高まり」を連想させ、「トリプル安の悪夢」がマーケットをよぎる。逆(金利低下)は「ドル高」を招く。米金利の低下は「トリプル安のリスクの低減」と受け取られるので、米国の通貨はしばしば信認を取り戻し、高くなる。
変数を入れる方程式(日本市場適用の)は、今までは決まっていた。「米金利高→ドル高→日本の輸出株高」など。しかし今はその前の2変数が役割を変えたので、その都度ドル高・ドル安の中味、意味するところを検証する必要がある。話が複雑なのは、米金利の低下を米国のインフレ圧力低下と言うよりは「米経済の減速・リセッション懸念」の高まりの反映かと疑う必要もある。
方程式に入れる変数も増えたり減ったり。その都度の投資家の判断次第なのだ。頭の切り替えが必要だ。そしてそれはしばらく続く。
米ドルを考える
輸出立国として成長してきた日本にとって、決済通貨米ドル(の水準)は非常に大きな変数だった。今でもそうだが、そのマーケットでのドルの立ち位置、役割は大きく変わりつつある。
ドルが対円で160円前後まで上昇した過程では、市場の人間は米金利をまず見て、その後に日本の金利水準(日米金利差)を見れば、市場全体を理解し予測出来た。しかし冒頭に述べた通り、今その関係が逆になっているケースをしばしば見る。5月後半の市場では、米指標10年債の利回りが4.5%の上にあればドル安、そこから低下するとドルが強くなる場面があった。
そこでのロジックは、市場の緊張感が高い中で米金利が下落(債券相場高)するということは、様々な投資家が懸念を払拭して米債券を買ったということであり、それは「米国への信認の回復の兆し」との理解だ。それはドル高を意味する。逆に米金利高は投資家の米債券離れであり、それはドル安を連想。つまり米金利水準とドルの関係が、従来から逆転。
この頭の切り替えが素早く出来るかが非常に重要だ。もっともこれは「トリプル安」への懸念がくすぶり続ける中での事。その懸念がなくなれば、ドル金利の上昇は「日米金利差拡大」の思惑から円安に働くだろう。その状況変化は、投資家一人一人が判断するしかない。多分トランプ米政権の関税政策の落ち着きどころが見えるまで逆転現象は続く。発表しては延期し、どこに着地するか不明なトランプ米政策の現状では、米金融市場の新たな方程式にどの変数が組み込まれるのかは、常に不安定だ。
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ドルに関して筆者がやや長期的な問題として考えている事がある。トランプ米政権は基本的に対日赤字(今は年間600億ドルの日本の黒)をゼロにしようとしているので、もしそれが実現するとしたら過去の日本にとっての大きな円高要因が剥落する。具体的には貿易の黒字で得たドルを、円に戻すときのドル売り圧力の消滅だ。
1ドル=360円だった戦後のドルが80円を切るところまでドル安・円高になったのは基本的には「日本の貿易収支は基本的にほぼ常に黒でした」という前提に基づく。トランプ米政権ばかりでなく、米国の歴代政権のいくつかはそれ(米国の赤字)にとっても不満だった。戦後の日本の円高が常に急激だったのは、金利高で米国に入っていた資金が政治的イベント(プラザ合意)もあり円高圧力が一気に顕現化したものだ。
それがトランプ関税によって「ほぼゼロ」になったら、ドル売り圧力はその分かなり減る。その場合何が起きるのか、という点が私の興味の対象だ。もしかしたら、「急激な円高」は日米貿易均衡化によって極めて稀になる可能性がある。
存在感増す仮想通貨
ドルの立ち位置に関連して、筆者が重要性を増している“変数”と思うのは仮想通貨だ。ビットコインはずっと筆者のマーケットチェックの対象だが、10万ドルを超えた後いったん下がった。下がったが、8万ドルが下支え水準となって、その後は上昇して今は11万ドル前後にいる。高値更新だ。
その背景には米国の公的機関(州政府、基金など)の中に、ビットコインを表向きの資産とする動きが出ていることがある。例えばニューハンプシャー州は市の年金基金がビットコイン上場投資信託(ETF)に投資することを可能とする決定を下した。禁止州があるなかでのニューハンプシャー州の動きで、これがビットコインの再度の10万ドル超えのきっかけとなった。
ビットコインを公的存在とする動きが強まる中で、「基軸通貨であるドルの役割の少なくとも一部を担うのは、ビットコインやイーサリアムなど仮想通貨ではなのか」という意識が市場関係者の間で生じている。ドル下落に備える今までの代表的な資産保持手段はゴールド(金)だった。ゴールドはこのところずっと上がり続けている。今はオンス3300ドル台前後だ。
金はETFなどに商品化され、その面では流動性もある。しかし実物はなにせ重い。筆者はニューヨーク連銀の地下で各国の外貨準備としての金を移動させる作業を見たことがあるし、その場ではないが実際に金を持たせてもらったことがある。少し大きな塊(インゴット)になると、とても容易には動かせない。対してビットコインには実物的重さはない。
ビットコインは一時日本でも「支払い手段」として認知されかけた。筆者は日比谷の聘珍樓(へいちんろう)で最初にビットコインで支払いをした人間で、その後ビックカメラの有楽町などでもビットコイン支払いをした。しかいしその後下火になっている。
日本では税制面からビットコイン取引は株や債券などに比べて著しく不利である。仮想通貨取引の収益は原則として雑所得として扱われ、他の所得と合算して総合課税の対象となる。最高税率は、所得税45%に住民税10%を加えた55%で、これでは取引誘引がない。その改正を目指す動きもあると聞くが、まだ具体化していない。
将来は準備通貨としての存在感を一段と高めるかもしれないが、今のところ「ドル安→仮想通貨高」といった明確な方程式は存在しない。仮想通貨が認知の途上にあるからで、その歩みは遅い。しかし時間の経過はこの2つの資産保存手段の間で何らかの方程式が生まれる可能性がある。
“写し鏡”ではない日本市場
一つ強調しておきたいことがある。それは日本の市場は米国市場の映し鏡とも言われたが、異なる側面も出てきていると強調したい。米国市場内部でも、例えば内需株が強い一方でハイテク株が安くなる局面もある中で、日本市場の銘柄が米国市場のどの部分を写すのかで様相が変わってきている。米内需株の上昇は実はトランプ関税効果かもしれず、日本の銘柄にはむしろマイナスのケースも多い。なぜなら大部分のケースにおいて、高水準のトランプ関税は日本企業に不利だ。
個別銘柄を少し見よう。トヨタ自動車(7203)は、今年の春までだと「米金利上昇→ドル高・円安→それを好感した上昇」とパターンが決まっていた。しかし最近はトランプ米政権が日本の自動車輸出に25%の関税を課している。それを巡って日米交渉が進む中で、米金利やドル相場を見ていれば、トヨタの株価は理解できるという環境は大きく変わった。交渉の行方がもっと重要だし、そもそも関税が10%に引き下げられたとして、トヨタなど日本の自動車各社の業績がどうなるかも想定しなければならない。
個別銘柄だけでなく、セクターでも大きな違いが生ずる。東京市場の「ニューヨークを写していれば良い」という時代が終わったと言える。
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世界経済でも情勢の変化は激しい。関税実施の影響でインフレの局地戦は起きつつあり、それに対する懸念も根強い。何よりも世界全体が何%程度のトランプ関税に収まるのかの大きな問題がある。しかし一方で、戦後世界で一貫して大きなインフレの原因となっていた資源は、その安さが顕著だ。石油輸出国機構(OPEC)と非加盟のロシアなどで構成する「OPECプラス」は米国とサウジアラビアの外交関係の変化の中で、需要減予想(世界経済原則)の中でも増産を続け、バレル60ドル台の前半中心の動きだ。
変数の入れ替わりや方程式の変化は、ドルに関してのみ起きているわけではない。次回にはインフレや世界経済に関する変数の変化や方程式の変遷を見たい。