何と戦っているのか②
第316回「マーケットと“予想”との複雑な関係」の第2回。今回は、その“予想”の中には当然プライスアクションへの見込みも含まれるという話だ。
前回例示した米消費者物価の政府発表数字。それを多数のアナリストが予想し、その中で“コンセンサス”ができた。ここまでは書いた。しかしマーケット参加者が本当に利益を出したり損失を出したりするのは、具体的な買い(bid)や売り(offer)の水準(レベル)であり、取引される量(volume)の多寡。
発表数字への予想の段階(アナリストの仕事はここまで)を眺めて、どのレベルでどのくらい買う、または売るのかの考え方は市場参加者(個人投資家、ディーラー、トレーダーなど)の頭の中には当然入ってくる。利益(損失)を生み出すのは実際の売り買いで、それを決め、そして実行することが大事。そこではタイミングが一番重要なのだ。
経済やマーケットに関して延々とうんちくを傾けられる人は、多い。しかし「タイミングが全て」のマーケットで機敏に売り、買い、そのボリュームを決められる人は実はあまり多くない。その決断力がないので、アナリストになったという人を数多く知る。最終段階で必要なのは、決断力と胆力だ。
彼らは皆、自分の知識と経験と勘、そしてあまり人に語らない自分の哲学をもっている。それらがぶつかりあうのだから、当然マーケットは難しい。その“難しさ”がマーケットの醍醐味でもある。
強まる中銀の決意
本題に入る前に、少しだけ最近のマーケットについて書いておきたい。9月最終週中盤になってちょっと様子が変わったが、それまでの市場はニューヨークでも東京でも「下げの連続」だった。しばしば抵抗力を示すニューヨークでも、「6営業日連続の下げ」といったような局面が続いた。
正直言って、この世界的な株価の下げ相場は、マーケットを長く見てきた私のような人間にも極めてまれな展開だと言える。その都度出てくる材料を次々とこなしながら次の展開を予想して動くのがマーケット。特にニューヨークは自在だ。筆者には「ニューヨーク市場はへそ曲がり」の印象さえある。
しかし今回の相場は、株価やドルを含めて「世界で最も力のある中央銀行」の、そのトップの『気(け)』に押され、逆サイドの動きを試みるものの、最後はその気に押さえつけられているような展開だった。まさに「中央銀行には逆らえない」という展開。「気」に押されているのは株価であり、ドル以外の各国通貨(円を含む)だ。
その「気」は、この講座でも触れてきたパウエル議長のジャクソン・ホールの会合(8月下旬)以来発せられ続けている。9月のFOMC(連邦公開市場委員会)もその流れの中にある。端的に言えば、「何としても米国のインフレを収束させる」というものだ。
それには「たとえリセッションになっても......」という前提が付く。中途半端はその後の米国経済を一段と悪化させる。「なので今回は徹底してやる」という。その決意は世界の中銀の間でキャッチボール、意識強化されているようだ。ECB(欧州中央銀行)のトップもそう言っているし、FRB(連邦準備理事会)の中からは「11月も0.75%の政策金利引き上げが望ましい」(アトランタ連銀のボスティック総裁)という発言も既に出ている。
今のマーケットが複雑なのは、「今のインフレは中銀がコントロールできる需要サイドの要因よりむしろ供給サイドの要因」と分かっていることだ。「中銀はそれをコントロールできるのか?それでもやろうとしたら、米国の金利は今からは想像もできないレベルまで上がるかもしれない」という恐れが生じている。だから「利上げ懸念」はまだしばらく残るし、甘い楽観論を見直し、中銀サイドの決意をよく咀嚼(そしゃく)しておく必要がある。
knee-jerk reaction
さて本題だ。出来上がったコンセンサスと、実際に発表された数字との違いが重要な事は分かっていただけたと思う。その違いの濃淡が多くのドラマを生む。まず「Knee-jerk reaction」という単語を覚えてほしい。膝をたたくと無意識に脚が動く反応のことで、日本語でば「膝蓋(しつがい)反射」という。要するに反射的な行動を指すだ。
例えば8月の米消費者物価。8.3%の上昇だったことは既に何回も取り上げた。市場は8.1%をコンセンサス予想としていたので、「利上げが続くんだ」とばかりに売りが出る。それが言ってみれば「膝蓋反射」だ。「米国のインフレのピークは近い」と楽観的観測から事前に株を仕入れていた人が一斉にポジションを畳んだり、ひっくり返したり。ポジション調整の一気進展だ。大騒ぎ。
問題は次の段階だ。「新しい数字を見た上で、ではどうするか」を皆考える。「このレベルに下がったら、どのくらい買い」とか「インフレが収まりそうもないので、株は休み。利回りが上がったところで債券の買い」とかいろいろなアイデアが浮かぶ。そして常に重要なのが、「自分以外の投資家はどう動くのか」という視点だ。
マーケットを作り上げているのは実に多くの投資家だ。資金量の大きな投資家も、小銭程度の投資家もいるし、視点の長い投資家も、デイリーの人もいる。「総じて彼らはどう動くのか」「それに対して、自分はどうする」が重要な視点だ。当然大きな投資家がどう動くかが重要だ。パワーがものを言う。市場参加者は記憶をもって生きる動物でもあるので、「あの時はこうなった」とかの記憶に頼ることもある。
言ってみれば、コンセンサスとは「出てきた数字と、それに対するマーケットの反応の総体」を指すとも言える。投資家は、数字のみならず価格変動全体を頭に入れて動く。
コンセンサスの範囲
少し具体的に書こう。例えば、「8月の米消費者物価上昇率は7.9%でした」と発表されたとする。ニューヨーク市場はどう動いたか。仮定の話だが、多分上がった。しかし大きくは上がらなかっただろう。「予想通り」というのは、実は通常はあまり大きな変動を呼ばない。呼ぶのは逆、裏切られたときだ。
なぜなら、多くの市場関係者は正式発表数字を前に、“予想”に従って通常はポジションを動かしている。今回は「買い持ち」にしていただろう。なので、今回は予想通りの良い数字だったら買い(出遅れ勢の)一巡のあとは「利食い」の動きを促したとも思える。「では、8.0%という数字が出たらどうか?」など疑問はつきない。マーケットとはその無限の可能性の中での選択の連続なのだ。
よく引き合いに出されるのが“歴史”だ。今のような高率インフレの時代だと、例示されるのはボルカー時代のFRB。第2次石油ショックの高率インフレを抑えた記憶に残るFRB議長だ。筆者はその時に米国にいたので、鮮明に覚えている。背の高い人だった。しかし筆者はあまり「過去はこうだった」という例は引かない。
歴史を引くのが好きなアナリストも多いが、筆者は「全ての時代は違う。いつも新しい」という考え方だ。時代背景も基幹技術も違う。市場の資金量も段違いだ。過去はいくらでも話せるが、過去と今とは違う。頭の片隅には置いているし、マーケットが過去から何を学ぼうとしているかも頭に入れるが、それは「膝蓋反射」とその後を予測する上で必要なだけだ。
整理しておく。
- 1.市場は出てくる数字と、それに対する参加者の反応まで予想する。それ全体を「コンセンサス」とよぶことができる
- 2.重要なのは、膝蓋反射中のマーケットの中で、「自分は次はどうする」を考えることだ。そこまで頭を進めて数字を見守りたい
- 3.いつでも重要なのは、マーケットが置かれている全体的状況。より大きな環境でマーケットを考えた上での短期戦術戦(膝蓋反射を含む)には意味がある
むろんそれを全部自分で決めるやり方も、専門の機関に任せる方法もある。筆者はその両方の組み合わせだ。それもいつか書きたい。