金融そもそも講座

実は一理あるトランプ氏の主張=日本も協力できる事がある

第378回 メインビジュアル

乱高下が当たり前の一時期の混乱状態から、世界のマーケットはやや落ち着いてきたようだ。各市場の動きをスマホなどで比較的短期間のチャートにして見れば分かる。iPhoneの「株価」アプリなどで簡単に見られる。

なぜそうなったのか。それはトランプ米大統領と彼が率いる政権閣僚が、「債券利回りの急上昇など市場の警告に応じた姿勢・政策変更をしなければ、逆に自分達の政策実現に逆風(相場の荒れや世論の反対)が強くなる一方だし、その先では米国という国や経済が破壊されかねない」と悟ったことだ。

具体的に言えばトランプ氏が繰り返し語った「パウエル更迭方針」の撤回であり、各国との相互関税に関わる貿易交渉の敏速化方針であり、自動車業界対象などで見られる様々な業界に配慮した関税政策の変更など。「パウエル更迭」はもし実行されたら、米国の債券市場を大混乱に陥れ、同国の金利を急上昇させる可能性があった。

相互関税に関わる交渉敏速化や、業界ごとの関税微調整も、それをしないと業界や米国経済に打撃になることが明らかだから。それは米経済ばかりでなくトランプ氏の政治的基盤をも破壊しかねない。そういう意味では、発足当初の「荒ぶるトランプ第2期政権」は、100日の間に「市場に手なずけられた政権」に変わりつつある。故に市場もやや安定を取り戻した。その状態が続くことが望ましい。

今回はトランプ氏の主張の背景を主に見ていきたい。「そもそも」的解説を試みる。筆者は「トランプ氏の主張には一理ある」と見ており、それを恐れ、非難するばかりでは駄目。「日本に出来る事がある」と思っている。

彼は本気に恨んでいる

「何十年にもわたり、わが国(米国)は友好国か敵国かを問わず盗まれ、略奪され、凌辱されてきた」とトランプ氏は繰り返し述べる。なぜこう言うのか。筆者は次の要因があると考える。

  1. 米国は第2次世界大戦で弱体化した欧州や日本・韓国を対共産圏国家(具体的にはソ連邦)に対する「自由・市場経済の盾」とするために、戦後長く米国経済を開放し、それら国の輸出を受け入れる方針をとった。日本や欧州の成長を促すためだ。
  2. ニクソン・ショック、プラザ合意など様々な紆余(うよ)曲折はあったものの、米国の貿易赤字はほぼ一貫して増加した。モノの製造を結果的に他国に譲ったからだ。その反面で欧州は復興し、日本は「Japan as No.1」と言われる状況となった。それはある意味米国の戦後政策の結果でもあった。
  3. 不動産業を父親にニューヨークで見習ったトランプ氏の30代、40代は、正に「日本のパワーの急拡大」の時期だった。彼には伸張する日本への反感が芽生えたと思う。彼は1987年9月(41歳の時)に複数の米主要紙に「公開書簡」と題した全面広告を掲載し、「何十年も日本などの国々が米国を食い物にしてきた」「世界は米国の政治家を笑っている」と米国人への奮起を促した。素地はそのころからだ。言っていることが、全く変わっていない。
  4. 1980年まで4年間、筆者はニューヨークにいた。その頃の日本には「敗戦国」のイメージが残っていたが、帰国して7年。「こんな広告が出たんだ」とビックリした。日本の力は急速に伸張した。そして米国人を震撼させたのが1989年10月の「三菱地所によるロックフェラーセンター買収(株式の51%取得)」だった。これには私もビックリした。
  5. 若き不動産業者トランプ氏は、ニューヨークでも垂涎の的のビル(群)が、日本など海外資本に次々と買収されるのを歯ぎしりしながら、「なぜ彼等はそんなお金を持っているのか」と自問し、「米国の貿易赤字=日本などの貿易黒字」に着目していたと思う。彼の「貿易赤字嫌い」はそのころからだ。

つまり彼は若い時からニューヨークという世界から資本が集まる街で仕事をしてきたが故に、「海外からの侵略」を身に染みていたはずだ。「中国人が日本の土地を買っている」と言われると、身構える日本人が多いのと同じだ。その「歯ぎしり」が私には今でも彼の中に強く残っていると思える。日本製鉄のUSスチール買収は、彼の琴線にとっても触れる問題なのだ。「またか」と。

トランプ氏と労働者

トランプ氏はとっても「労働者の味方」を強調する。マンハッタンの五番街。セントラルパークに近い最高の場所に金ぴかの52階建てビル(トランプタワー)を持っている金持ちが何故、と思う人が多いと思う。しかしそれは彼の父親の不動産業の中身を知れば分かる。

彼の父フレッド氏は、ニューヨークでもクイーンズ区(マンハッタンから見るとイースト川を挟んだ大衆居住地区。筆者も一時居住)で不動産業を営んだ。もっぱら労働者向け集合住宅の建設を仕事内容としていた。父親の会社は政府の支援(人口急増の中で住宅不足解消の為)を受けながら、労働者向け住宅販売の一方で、中流階級向けの賃貸住宅も数多く所有し、管理していた。

ドナルド・トランプ(次男)はそれを見て育っている。だから労働者は身近に沢山いたし、父親の会社のお客さんでもあったのだ。だから彼にとって労働者階級の人達は子供の頃から「身近な人達」だった。親しくするのは自然だ。逆に彼は労働者の扱いが上手で、彼等の考え方が良く分かる。労働者の党と言われた民主党のエリート達とは違う。労働者(の生活)は幼少の頃からのトランプ氏の記憶なのだ。

不動産業者として独り立ちした後(派手好きだったようだ)は、父親とは違ってマンハッタン(世界経済の首都)を主戦場とした。クイーンズ区とマンハッタンは川一つ挟んだだけだが、全く違う。筆者もニューヨーク4年間の半分以上をリンカーンセンターの近く(63rd Broadway)に住んだが、まさに「人々が言う大都会ニューヨークのど真ん中」だった。トランプタワーはその近くにある。マンハッタンは、普段はクイーンズ区からは仰ぎ見る場所だ。

しかし不動産業者トランプ氏が見ていた景色は違ったと思う。海外(日本を含めて)資本に買収されるマンハッタンのビル(群)をよく知っていただろうし、彼が狙ったビルが海外資本に奪われることもあったはずだ。だから彼の恨み(対日を含めて)は深い。「日本は好きだ」と繰り返し言うが、愛憎半ばだろう。米国市場への輸出で日本、欧州、その後は中国が成長した。このままでは「米国は危ない」との考えが彼には深くある。

日本にも出来る事がある

トランプ氏の主張には一理も二理もある。日本も欧州も、韓国も中国も米国への輸出をテコに成長した。否定できない一面だ。それを「食い物」と表現するかどうかは別にして。それは戦後の米国歴代政権の政策だったが、トランプ氏は多分それについて深く考えたことはないし、多くを知らない。プーチン氏や習近平氏とは「うまくやっている」と繰り返し自慢するトランプ氏には、「社会主義だから敵」という概念はない。

彼は「食い物にされた米国の重要部分が製造業」だと考える。父親がお客とした人達が働いた場所だ。「それらを取り戻すのが自分の責任」と考えている。彼が所属する米国の保守派にとっては、「安全保障」も大きい。米国の造船業が「次の空母も作れないかもしれない」という現実は許容し難い。それは日本など西側にとっても大きな問題だ。中国の海軍力の相対的伸張は、日本にとっても大問題だ。

第2次世界大戦末期の米国造船業は、世界最高峰で技術レベルも高く、140万人が働いていたと言われる。今は14万人だ。「それを再び強くしたい」というのは自然だろう。同じ事は半導体にも言える。「よくよく考えると、米国には取り戻さなければならない産業がいっぱいある」とトランプ氏は考えている。それはそうだ。経済一国主義を取らないにしても、「船も作れない覇権国」などあり得ない。トランプ氏は米国の覇権を維持したいと考えている。

しかし「関税引き上げ」を主なパワーにして、「短期間に実現する」というのは無理だ。それはもう何回も指摘してきた。今はマーケットがトランプ米政権の浅はかな思惑・計画に制御をかけている。当然だが、多分トランプ氏のイライラは募っている。トランプ米政権はまだ3年と260日続く。今の状況での時間の経過はトランプ氏にとって不利だ。産業構造は彼が望むほどには簡単には進まない。人と技術が動いて初めて可能だが、マーケットは悠長ではない。

日本では「トランプ氏に攻められている」という感覚だけが強い。しかし妬みの矛先は間違っているが、トランプ氏の恨み・焦りが筆者にはよく分かる。控えめに言っても、彼の考え方には一理ある。だから米国が困っていて、日本も助力した方が良いという点では、安全保障面を含めてトランプ米大統領に積極的に協力すれば良いと思う。

造船などでは、明らかに日本も協力出来る。繰り返すが、米国が船も作れなくなったら日本も困る。協議のテーブルに載せる余地ありで、米海軍長官の動きも伝えられている。コメが日本で高すぎるのだから、米国からの輸入は増やせるではないかとも思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。