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投資は「米国が中心」は変わらずか?=トランプ氏の市場無視不可で

第379回 メインビジュアル

引き続き我々が目にしているのは、「マーケットを気にし、その機嫌を損なわないように動き回るトランプ米政権の姿」だ。米中関税協議を急いだのは「中国ではなく、米国」というのは既に世界の常識。なぜ急いだかは明らかで、再びマーケットの混乱を招来したくないし、米国の小売業界の棚が空っぽになるのはどうしても避けたかったからだ。

強気を装うトランプ氏の背中には、「自由に振る舞っているようで、あなたは市場に制約されていますよ」とプリントされている感じがする。それはそうなのだが、この間ずっと筆者の頭を離れなかった疑問がある。「確かに投資家にとって米国は次に何が飛び出すか分からない不安な国になったが、その米国に投資先として見切りを付けるとして、では何処が目的地か?」という問題だ。

多分一時的な受け入れの地となったのは、日本でありドイツだ。5月13日の日経新聞には「4月、株・債券8兆円の買い越し 米から逃避マネー流入」という記事がある。財務省が12日発表した統計を元に出した数字だ。確かに大きい。また同月に政局不安があったドイツで、逆に株価が高値更新した時期があったのも事実だ。多分、ドイツにも米国からのマネーの逃避があったと思われる。

しかし一方で、米中の関税に対する相互115%(ポイント)の引き下げの後のニューヨーク市場の戻りは素早かった。5月13日のニューヨーク市場ではS&P500種株価指数が年初の水準を取り戻すまでに上昇した。急落後の急激な戻り。それは米国に対する信認がやや戻ったということかだろうか? それともやはり日独にお金を長く置くには不安もあるので、「米国に戻れる」という兆候が少しでもあったら、皆がその方向に走るということか。

多分この問題は今後も暫く続くと思う。そこで今回は良く言われる「マネーの米国離れ」の実相に取り組んでみたい。

マネーが滞留できる条件

これは以前にも書いたが、最近読み始めた読者もいるだろうから再確認の為に「マネーがある国にとどまれる条件」を簡単に見ておきたい。

最初に筆者が指摘できるのは、「マネーは本来とっても臆病だ」ということだ。特に他人から運用を任された人は慎重に考え、そして機敏に動く。運用を任され、それで高い所得を得ている人々を指す。大手機関投資家の資金運用者達。この手の人々の判断が、世界のマネーの行方を左右していると言って良い。

我々は日頃のニュースで、「慎重かつ機敏」ではないお金の動きも残念ながら耳にする。詐欺や騙しに会い、多額のお金がいとも簡単に動いている。しかしそれは多くの場合個人の資金で起きる。お金を貯めても、実はあまりお金に興味のない人も居るし、それは年齢によっても変化する。

しかし資金の被委託者(ファンドマネージャー、資金運用者)は概ね良く勉強しているし、情報にセンシティブであり、今起きていることの根本原因を突き止めようとする一方で、「その情報で他の運用者はどう動くか」を常に考え行動する。マーケットは短期的に見れば「どちらの見方が多いか」の勝負だから、自分の考えを持ちながら、他の人々の行動を予測するのは必要だ。

話を戻そう。「マネーがある国にとどまれる条件」としては、いくつかある。

  1. 何よりも予見可能な政治があり、マネーの自由な出入りを許す実効的な法律があり、大きくディープなマーケット(株、債券、為替など)が存在し、常に活発な取引が行われていること
  2. その国が、国際環境の中で自力によって強い独立性を保ち、いざというときに資金を守り、移動の自由を保障していること。売りたいときに売れ、買いたいときに買える対処可能性が市場にあること。常なるオファー、ビッドの存在
  3. 加えて他の市場に対して「高い利回り」を持つこと。つまり他の国に比較して高いリターンが得られる場所であり、その利益に対して他の国よりも税金が高くないこと

などだ。品ぞろえも重要だ。投資家が「欲しい」と思う商品、具体的には多くの銘柄を抱える株式市場、様々な期間の発行母体が違う債券市場、貴金属市場、そしてデジタル通貨などの新しい市場などなどが必要。こうした多くの必要条件を満たしてきたのが、ニューヨークを中心とする米国市場だった。長いチャートで各国の市場を比較したら、米国市場の傑出は明らかだ。だから金融の世界で「米国一極」が長く続いた。

悩む運用担当者

世界のマネー運用者は「今後もそうだろうか」と、思い悩んでいる。米国における製造業の復権という壮大な構想を、「関税一本」で短期に成し遂げようとするトランプ米政権。同政権が最初に打ち出した相互関税率は、「ディールのツール」にしても常軌を逸した高水準で、世界の貿易・経済を混乱させることが確実なものだった。特に米国においてインフレ、その後の景気後退を予感させる内容だった。

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故に「米国不信」「米国への疑念」が生じた。「お金を置くに信頼に値する国なのか」ということで、市場関係者の耳にはその疑念が通奏低音のように聞こえている。3つの対応が可能だ。

  1. そんな国からはなるべく他に運用資金を移す(例えば日本、欧州など)
  2. 不安だから、資産の一部を米国から避難させて様子を見る
  3. 高関税政策は行き詰まりつつある。市場がトランプ米政権をおろしつつあるのだから、米国に置いたままにする

最初に紹介した4月の日本への資金流入は「1」か「2」に見え、メディアはそれを「マネーの米国離れ」として報道している。しかし現場を知っている人間から言わせると、「それは運用しているマネーの一部」だと考える。つまり「2」だ。

今まで運用資金のかなり大きな部分を米国に置いてあったので、それを一気に抜くことは実際上出来ない。それは運用額が大きなファンドほどそうだ。やるとしても、「様子を見ながらの徐々なる動き」にならざるを得ない。

米国債市場に規模の大きな資金を置いている日本や中国が、「一気の足抜け」が出来ないのはそういう理由だ。大きなコップに水とバナナを入れている人は、バナナを取り出そうとすれば水位が下がることを知っている。代わりに全部買ってくれる投資家はなかなかいない。巨額の資金を運用する運用会社ほど、実は静かに動く必要がある。バークシャー・ハザウェーもそうだ。

戻しも早い世界の投資家

そこで問題は、いったん米国から出たお金は今後どうなるのかだ。多分、いろいろな国に移動を試みたはずだ。日独は紹介したが、インド、ブラジルもあるだろう。少額だろうが中国やロシアの株式市場の復活を狙って、社会主義国に入ったお金もあるかもしれない。また南アフリカかもしれない。

しかし筆者は社会の安定、経済規模から言って、機関投資家が一定期間を過ぎてもお金を残せるのはせいぜい日本と、ドイツ中心の欧州だと思っている。それは端的に言って、3条件(投資適格)を満たせるのは世界でも限られた国、市場だからだ。この問題はまた取り上げたい。

重要なのは、「米国は“投資の世界”ではやはり無視できない存在であり続ける」ということだ。外交的にも「米国は一国主義に傾いた」と言われる。日欧とあまり協力しなくなったというのはその通りだ。しかしトランプ氏が自分の国にしか興味がないとしたら、印パの紛争に介入して「俺が和平を実現した」と宣伝するだろうか。中東歴訪でシリアを訪問地に加え、「シリアに対する制裁を解除した」と発表するだろうか。

つまりトランプ氏がとっているのは、「(日欧との協力具合を今は下げているが)自分の権威を高めるために役に立つ、商売が出来る」と思えば何処とでも協力するという姿勢。ある意味とっても自分勝手だが、それは時に覇権的でさえある。トランプ氏になったから「米国は内に閉じこもった」という印象は全くしない。むしろ逆だ。5月中旬の中東歴訪には、米ハイテク企業のトップが軒並み同行し、巨額の契約を勝ち取った。それが良い悪いという議論はやってもいいが、あまり効率的ではない。トランプ氏という人はそういう人なのだ。

GDPで見て、米国の世界における地位(全体に占める割合)は、今は25%ほどだ。第2次世界大戦が終わったときには50%近くあったから、随分と小さくなった。しかしまだ世界で一番だし、2位の中国の16%強は遠い。日本は6%。米国は今でも起業精神が旺盛。一部の科学者は米国から逃げているが、トランプ米政権の姿勢が変化する兆しもある。「製造業の復活」を本当に図るのなら、トランプ氏が強調する資本流入ばかりでなく、技術と人材の流入が必要だからだ。

筆者は「トランプ氏の政策次第で米国に資金は戻る」と見ている。その兆しは既にある。トランプ米政権が市場の制御下にあることが鮮明になった段階で、市場での買い志向はトランプ氏が好きな製造業から急激にハイテク株に戻りつつある。米国の代表的な株価指標を比べると、実はダウ工業株30種よりも明らかにナスダック総合株価指数の戻りが素早い。重要な事は、5月中旬現在3指数ともトランプ米政権発足前の年初時点と並んだか、上回った。

つまり、「米国離れ」が言われる割にはハイテク株を中心に資金は米国に戻っていると考えられる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。