1. 金融そもそも講座

第277回 鮮明になった勢力図

大波乱となった1月後半のニューヨーク市場。その後はどうなったのか。1カ月チャートで世界のマーケットを見ると東京を含めて「上げ」の展開だったことが分かる。ニューヨークのダウ工業株30種平均は新値追いを続けており、東京市場の日経平均株価も実に30年ぶりに3万円の大台に戻した。

大きな要因は、①先進国を中心にワクチン接種が進み、それに伴って世界経済の正常化への期待が高まっている ②我々に見える経済実体(店舗閉鎖など)以上に、各国の企業がコロナ対策で前進したがゆえに、業績の持ち直しが予想以上 ③各国の金融政策と財政政策が引き続き景気刺激型を続ける見通しが強まっている―――などだ。

しかし「あの大波乱」が市場の構造を変えたことも大きかった。銘柄、時に相場全体の急落をもたらすショート勢の「動きがたい状況」が鮮明になり、それが世界のマーケットに雰囲気として伝わったと考えられる。東京市場は「売り手不在」にも見える。

米国の長期金利が再び上げ基調になったこと、相場の足がやや速すぎることは気がかりだが、世界の株式市場を取り巻く環境は相対的に良い状態が続いている。

ヘッジファンドに強い批判

この間の世界の株式市場動向を見るには1カ月チャートが良い。形状には各国市場でそれぞれ違いがあるが、共通しているのはニューヨーク市場のダウが3万ドルを割った1月29日前後が当該1カ月間の安値になって、その後は上げに転じていること。この原稿執筆時点では上げの勢いが弱まっているが、それは自律的な調整だと考えられる。

事件後の上げでは、当然ながら冒頭で上げた3条件以外が大きい。しかし強く指摘できるのはマーケット諸勢力に対する見方の変化だ。米国の若者に人気のある経営者イーロン・マスクがヘッジファンド批判を展開したことは前回書いた。

その考え方に同調する意見は米国の政界にも強く存在する。2月下旬に、1月末に起きた相場変動に関して公聴会を開く下院金融委員会のマキシン・ウォーターズ委員長は公聴会に先立って、「(ヘッジファンドには)弁解の余地がないほどの略奪行為の長い歴史がある」とする声明を出した。

「略奪行為」とは何か。株の上げは一般投資家に富をもたらす。対してヘッジファンドが好んで使う「ショート(空売り)戦略」は株の下げを誘発し、急速な富の喪失(株保有の投資家にとっての)をもたらす。もっともヘッジファンドの行為は、しばしばマーケットの自律調整を促しているだけという見方もある。

しかし相場の足は、「上げ」よりもロスカットを巻き込みながら進む「下げ」の方が通常は速い。一般投資家は短期間に富を大きく失うのに対し、ショートを仕掛けたヘッジファンドには短期で大きな利益が生まれる。それは「けしからん」と考える一般投資家は多いだろうし、ウォーターズ委員長のように「政治的にも問題」と考える向きは多い。

米国での政治的議論がそうした方向に傾くことは当初から予想できた。ニューヨーク市場をはじめとして「売りにくい空気」が生まれている。その空気による上げの中で、株を持つ者と持たない者の格差拡大が生じていることは確かだ。しかし、では株を落とせば問題が解決するのか。それは否だ。株価の急落は経済活動を萎縮させ、消費や雇用に打撃となる。当局も今は採用できない戦略だ。

難しい相場操作判定

米議会公聴会での議論がどのような展開となったかは、次回の原稿で取り上げたい。問題は2点だ。株価急落を誘発するような略奪的なヘッジファンドの行為をどう規制するか。その議論の中で、一般投資家の株式取引を一時期規制したスマホ証券ロビンフッドの行動も検証対象となる。

一方で公聴会では、SNS(交流サイト)「レディット(Reddit)」の株式フォーラムWallstreetbetsなどを通じた投資家の一致した行動が「株価操作」や「共謀」に当たるのではないか、それを規制すべきではないかという議論も出てくる。確かにゲームストップ(GameStop)株に対する「Wallstreetbetsでの討議→ロビンフッドを通じての買い」はすさまじかった。こちらもヘッジファンドが傾くほど暴力的だった。

どちらに対する規制論が盛り上がるか。それは恐らく対ヘッジファンドだろう。先に紹介した下院金融委員会のウォーターズ委員長の言葉が示唆的だし、同委員長はさらに「ヘッジファンドの非倫理的な行為が最近の市場のボラティリティーに直接つながったことに対処する必要がある。また市場全般や、ヘッジファンドおよびその金融パートナーらが他者に犠牲を払わせ自ら利益を得るため、いかに市場を操作してきたかについて、検証する必要がある」と述べている。

今の民主党主導の議会は、SNSで株情報を交換する一般の若手投資家に対してより、今までも株式市場で傍若無人に振る舞って膨大な利益を上げてきたヘッジファンドに対してより厳しいと思われる。

SNSのフォーラムに対する規制、特に発言規制は、実は実施が非常に困難だ。なにせ日本を含めて民主主義国家では「発言・言論の自由」がある。なのでSNSでの投稿規制には憲法的にも非常に慎重にならざるを得ない。米国でも、個人投資家がSNSのレディットなど公開の場で特定銘柄の株式購入を呼びかける投稿をして多数の個人投資家がそれに応じることが、果たして違法なのかは見方が割れている。

「相場が大きく動いたときだけ」という定義などできない。上昇率、下落率で決めれば良いという見方もあるが、それがSNSでの当該投稿とそれに対する同意行動(売り買い)が、実際に相場変動にどのくらい寄与したのかの判断は極めて難しい。

音声SNSの広がり

しかもSNSには次々に新しいメディアが登場している。レディットのWallstreetbetsはいわば「書き込み方式」なので、例えそれがハンドル名であろうと誰が書いたのかは分かる。これまで主流だったSNSはみなこの「書き込み方式」だった。

筆者が今注目しているのは急速に人気が高まっている音声SNSだ。「Spoon(スプーン)」とか「stand.fm(スタンドエフエム)」とかあるが、今日本でも米国でも急速に広まっているのが「クラブハウス(Clubhouse)」。Androidに対応していないが、iPhoneのApp Storeから簡単にダウンロードできる。筆者も使っている。

この新しく台頭しつつあるSNSの一番の特徴は、「(交流に)音声を使っている」ことだが、他に「録音・収録一切禁止」というのがある。つまり記録が一切残らない、残せないのだ。現利用者が2人の推薦枠を持つが、それを得て会員になると誰でもルームを開設できる。そしてそのルームを開設すれば、そこに多くの聞き手が入ることができる。筆者も何回もやってみた。クラブハウスは会話ツールとしてはせいぜい4〜5人の利用が有効だ。それ以上になると誰がしゃべっているのか分からなくなる。

ラジオ番組をいくつか持っている筆者が注目しているのは、放送型の利用。既に何人もの比較的名前の知れた人(評論家や芸人)が対論含みで開始しているが、その場合はかなり多くの人が聴取者として入れる。コマーシャルのないラジオ番組的な使い方ができる。

なので例えば株式のメンターのような人がルームを開き、そこで銘柄を推奨し、そして聴いていた多くの人が一斉にその示唆に従って瞬時に動いたらどうなるか。相場は動く。しかしそのルームが非公開だったら、外部の人には何も分からないし、当局が後で検証するのも容易ではない。なにせ「録音は残さない」が原則なので。

「共謀」や「株価操作」の認定はそもそも難しい。そこに新しいSNSが次々に登場する。レディット・アーミーはゲームストップ後には商品である銀にまでターゲットを広げた。今の状況では、SNS規制よりヘッジファンド規制が先行する可能性が高い。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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