1. 金融そもそも講座

第276回 市場に新たな対立構造

それにしても最近2週間にニューヨークで起きた相場波乱は、個々の銘柄は言うまでもなく、マーケット全体としても大きく激しかった。急上昇に急降下。その繰り返し。それを「社会“分断”の一種」と考えるかどうかは議論のあるところだ。しかしマーケットでの「新たな対立構造」「パワーバランスの大転換」を浮かび上がらせたことは確かだ。

元をただせば「市場への新規参入者の急増」「その参加者の情報交換の場になっているフォーラムの影響力増大」などがネット社会の進展とともに大きな背景。波乱劇に登場する企業名や人物像も多彩だ。今や世界一の資産家になったイーロン・マスク(テスラの創業者)の名も。波紋は今後も続きそうだ。

あまりの相場の大変動や、それゆえの社会的な関心増もあって、米国の政治も動き出した。今後混乱再発を防ぐ目的で、フォーラムの在り方や情報共有の仕方などに関して、投資に関わる新たな立法が行われる可能性もある。それは日本の投資家にも影響を与えるし、日本での投資関連立法にも影響するだろう。

「コロナ禍が経済のかたちを変え、そして加速した」と言われる。しかしそれゆえにかたちを変えつつあるのは株式市場も同じだ。

ロビンフッド

この講座の名称が「そもそも」なので、読者の方々が仕入れている知識と重複する部分があることはお許し願いたい。が、まず筆者が今回の問題で指摘したいのは「市場への新規参入者の急増」だ。これはメディアでの指摘が少ない。

コロナ禍で巣ごもりが増えている。仕事もリモートが主流になった企業が多い。人々が投資に関われる時間、場所的余裕は増えた。「ずっと投資家の数を増やそうとしてきたのにダメだった。しかしコロナ禍で状況は一挙に変わった」という日本の証券市場関係者の言葉を紹介する。

最近のコラムで触れたが、「株を持つ人間だけが今は豊かになっている」という社会的非難が存在する。そこには敵意がある。しかし一方で収入の糸が細くなったので、それを太くしたいという欲求が個人にはある。テレビで一緒に活動していた芸能人(お笑い芸人でも仕事が激減した)が、「もう株しかないですよ」と語るのを何回も筆者は聞いている。

それは一般の働く人もそうだろう。「自分も(市場とその大きな上昇に)参加したい」と。日本でも米国でも事情は同じだ。実際に多くの人が買えるもので、パンデミック開始以来大きく価値を上げた資産の筆頭には株がある。接触型企業の株価は苦節の時期があったが、なにせ非接触型の銘柄の上昇が大きかった。

そこに登場するのが米国では証券会社としてのロビンフッド、それに株に関する情報をやり取りするフォーラムだ。フォーラムの代表格は米SNS掲示板「レディット(Reddit)」。最初に有名になったのは株式取引に手数料なしというロビンフッドだ。

同社は2013年に若者をターゲットにして創業されたスタートアップ。手数料がタダなのにどうして企業を回せるかについては、主に自社に集まる売買情報をHFT(High Frequency Trading:超高速取引)業者に売っていたとも言われる。

そしてフォーラム

ロビンフッドの登場と台頭によって若い投資家もタダで株取引を始められる環境ができた。では何を買うのか。そこで登場し、注目されてくるのがフォーラムだ。株の世界のフォーラムは昔からある。筆者はニフティ全盛のころからその存在は知っているし、そこの人たちに講演を頼まれたこともある。情報交換の場だ。しかしそもそもパソコン通信の時代でそこでの情報で株の売り買いの方針を決めていた人も居たかもれないが、市場での存在感はあまりなかった。

しかし今のネット時代は違う。特に注目されているのがレディット(執筆時点でiPhoneのApp Storeで日本でもアプリをダウンロードできる)だ。このフォーラムの創設者の名前だが、ご本人は今メキシコに住み夫人、双子の子供らと仲良く暮らしているという。海外のメディアで読んだ。

その中でも注目は株式フォーラムとしてのWallstreetbets。文字通り株式にbetする場だ。株に関わるあらゆる情報がすさまじい勢いでやり取りされ、そして他のマーケット参加者に対する非難(例えばヘッジファンド批判)も登場する。市場参加者急増のなかでロビンフッドとWallstreetbetsの加入者は激しく増えた。

若者が新しく株式市場に参入したらまず「買い」から入る。最初から売りで入る人は少ない。話題のゲームストップ(GameStop:テキサス州に本拠を置く世界最大のコンピューターゲーム小売店)などは若手新規投資家が手掛けやすい銘柄だっただろう。同社の株価をチャートで見ると、今年に入ってから騰勢を徐々に強め、1月の末にかけて急騰。Wallstreetbetsでのやり取りが同社株の急騰につながったと思われる。

波乱は個人の買いによる急騰の後に起きた。一部のヘッジファンドが「割高」と判断して大規模にショート(空売り)を振ったのだ。ショート勢は手っ取り早く落ちる株を常に探している。貸株もあるし、彼らには「売りから入る」手法がとれる。個人投資家が買い上げたゲームストップを売った。そして相場が落ちた。

これに怒ったのがWallstreetbets参加者たちだ。多分やり取りがあったのだろうが、一斉に買い向かった。フォーラムでのやり取りを筆者は見ていないが、「けしからん。ヘッジファンドを懲らしめろ」だったことは想像が付く。情報交換も売り注文も一瞬のうちだ。ちりも積もれば山となる。相場は急騰し、ショートを売ったヘッジファンドには巨額の損失が残った。

そして政治

その際に証券会社としてのロビンフッドが取った措置が大きな問題となっている。米国の証券会社は自社を通じて行われる株式取引金額に応じて当局に預託金を納める必要がある。短い時間でも顧客が買った株式は証券会社預かりとなるから当然だ。

しかし一気に取扱金額が増えたので、当局から30億ドルの預託金を要求されたという。そもそも資本基盤の弱い同社は「とれも支払いきれなかった」「なので取引を規制した(具体的にはゲームストップ株を買えなくした)」という措置に出た。

これは明らかにショートを振っていて苦しんでいたヘッジファンドに有利だ。これにかみついたのがテスラのイーロン・マスクだ。彼自身、ヘッジファンドの空売りには苦しんだ時期があった。テスラはそれによって一時は存続さえも危ぶまれたのだ。なので「ロビンフッドはけしからん」と息巻いた。ロビンフッドは裏でヘッジファンドとつながっていると見られたことも大きい。

政治もそれに刺激された。政治はいつでも、少なくとも表向きは一般国民の味方だ。票が政治家を決める。票は国民が持つ。今後政治の分野で動きが出てくるだろう。公聴会も開かれるに違いない。ロビンフッドが一般投資家を取引規制によってないがしろにした、ヘッジファンドの味方をしたという議論は続く。

次回に譲るが、これは世界中のマーケットに大きな意味を持つ。まずフォーラムを通じた投資家の一致した動き(それは合法的かという疑問もある)を予測する必要がある。ある人は「レディット・アーミー」という言葉を使っている。伝統的な機関投資家とは明らかに違った投資意欲、美学を持つ。「アーミー」の単語にふさわしい力を持つ。

とにかく機関投資家たるヘッジファンドが、アーミーの動きゆえに大損を被った事実は重い。銘柄によっては、簡単に空売りできない状況が生まれたようにも見える。政治の動きも出てくるだろう。この問題は次週も取り上げたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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