1. 金融そもそも講座

第239回 米国の「利下げ」が確実に(後編)

前回から来年(2020年)の米大統領選挙をにらんだ文章を書き始めたが、この行程はまだまだ先が長いので続きは次回以降として、今回は7月の中旬に行われたパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長による直近の議会証言を取り上げたい。

FRB議長の議会証言は年2回(現在は2月と7月)慣例で義務付けられているもの。「米国経済の現状に対するFRBの認識と、それに対応する金融政策の方向性」に関して報告する。その際に議長は委員(議員)たちからの質問にも答える。下院では金融サービス委員会で、上院では銀行委員会に出席。

今回の議会証言はトランプ大統領が強烈な「利下げ圧力」をかける中で行われたことと、世界でもっとも強い経済を持つ米国が、いよいよ「利下げモード」に戻るのではないかとの観測の中で行われ、注目度は極めて高かった。

株価にサポーティブ

まず結論を言うと、議長が示した方向性は「米国の金融政策は株式市場にとってしばらくサポーティブ(=支える、支持となるもの)になる」ということだ。議長が最初に読み上げるステートメントも、その後の委員たちとのやり取りからも、「7月末に米連邦公開市場委員会(FOMC)は予防的な利下げに踏み切る」と予測できるし、議長自身が「利下げが必要との確信を持っている」という印象を受けた。

株式市場にとってサポーティブとは、「株価が上げやすい環境が作られる」という意味だ。実際にこの議会証言(10日)を受けた当日のニューヨークの株式市場は、予想以上に確信的に利下げ見通しが明らかにされたことで、主要3指数(ダウ平均、S&P500、NASDAQ)とも上昇して終わった。特にS&P500は史上初めてザラ場ながら3000の大台に乗せた。引けは2993.07とやや下回ったが、それでも極めて高い水準だ。

今回の議会証言で筆者が特に興味を持っていたのは、6月の米雇用統計が非常に強かった(非農業部門就業者数が22万4000人も増えた)ことと、米中貿易摩擦の一時休戦(残る3000億ドル分への25%の追加関税賦課が見送られ、加えてファーウエイ制裁の一部が解除されたこと)が、マーケットのコンセンサス(再び利下げへ)を変えたかどうかだった。同じような疑問を持った委員がいたようで質問が飛び、パウエル議長はいずれも「no」と答えた。

「6月の強い雇用統計は、FRBの見通しを変えたか」という質問に対してパウエル議長は、「あなたの質問にストレートに答えるなら、それは“no”だ」と述べた。またトランプ大統領と習近平・中国国家主席が先月の大阪G20の場で米中貿易交渉再開に合意したことについて聞かれた議長は、「建設的ではあるが、我々の見通しに重荷になっている不安感を払拭するものではない」と明言した。つまり、「この2つ程度では、私の米国経済、世界経済に対する懸念は残ったまま」と言っているのだ。

数多い逆流現象

議会証言冒頭のステートメントは、プリントアウトしたらA4で3枚ほどと短いが、中身が詰まっていた。FRBのHPにあるので読者の方々にも一読を勧めたい。米経済について失業率が3.7%と歴史的な低水準にあること、景気拡大が11年も続いていることなど、米国の経済の強さ、底堅さも強調している。しかしそうした状況の中でも「利下げに踏み切る理由」を、時間を使って説明しているのが特徴だ。そして、次回FOMC以降での利下げ理由として挙げているポイントは次の3つだと思う。

  • 1. 米国経済の成長率は比較的高いが、それはもっぱら純輸出と在庫によって説明できる。もっと頼りになるのは消費と設備投資だが、特に後者について「最近顕著な減少」が見られる。一因は貿易摩擦で、加えて世界経済の減速も影響している。つまり景気の両輪の片方の設備投資が弱い
  • 2. インフレ率に関するFRBの目標は2%で、利上げに踏み切った時期には2%近傍まで上がっていたが、今年の春から再び低下してしまった。5月は個人消費支出(PCE)で見たインフレ率は1.5%になった。それから食料品とエネルギー関連製品を除いて、将来のインフレ率をよりよく見通せるコアPCEの伸びも1.6%と目標を大きく下回っている
  • 3. 米国経済を取り巻く環境を考えると、クロスカレント(crosscurrent=逆流現象)が多い。貿易摩擦、欧州や途上国などを中心とした世界経済の減速など。最近数カ月に米国経済を取り巻く不安感は強まっている

といったところだろうか。

求められたとしても辞めない

今回の議会証言の冒頭には、「議会がFRBに独立性を与えてくれていて、それで我々は透明性を示し、説明責任を果たせる。それには感謝している」とある。この文言は議長が就任した最初の2回のハンフリー・ホーキンス証言の時にはなかった。前回から入った。

かつ前回(2月)の議会証言にあった「Congress has entrusted us with an important degree of independence so that we can pursue our mandate without concern for short-term political considerations.」という文章を、今回は「Congress has given us an important degree of independence so that we can effectively pursue our statutory goals based on objective analysis and data.」に変えた。「political consideration」を外したのは、トランプ大統領の政治的圧力をあまりにも露骨に表現しすぎるから避けたのだろう。

しかしパウエル議長は、委員の質問に答える形で「もしトランプ大統領がFRB議長の私を代えようとしても、私は職から離れるようなことはしない」とも述べた。ウォール・ストリート・ジャーナルはそれについて「Mr. Powell also said he wouldn’t leave his office if President Trump tried to replace him.」と伝えている。芯のあるFRB議長だ。

それにしてもパウエル議長は実にいろいろな問題に直面している。米国では雇用は好調だが、人種間(アフリカ系やヒスパニックの失業率が高い)や地域格差(都市優位)の問題がある。また国家債務が積み上がっている問題もある。さらに迫りつつある債務上限の問題などなど。政治的圧力などは、「米国だから」という気もするが、低インフレは日本の方が深刻。日銀を含めて、世界中の中央銀行は難しいかじ取りを余儀なくされそうだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

目次へ戻る