金融そもそも講座

次の米国大統領は

第238回

世界を動かす米国の大統領。それは今のトランプ大統領のパワー、そして彼を取り巻く各種の騒々しさ(善しあし含めて)を見れば明らかだ。その次期大統領を決める選挙は、来年(2020年)の11月3日火曜日。1年半を切り、共和・民主両党の実質的な選挙運動が先週から始まった。トランプ大統領はフロリダ州のオーランドで大規模な集会を開き、対する民主党も同じくフロリダ州で20人を上回る立候補予定者の討論会を開催した。

次の米大統領選挙に対する筆者の“そもそも”的・マーケット的興味は、

  • ①これまでの秩序を簡単に壊すことから日本のみならず世界からも不安視されているトランプ大統領が、再選されるのか。それとも民主党に有力な対抗馬が出てくるのか
  • ②トランプ大統領が再選されたとして、次の彼の行動原理は何になるのか。彼にとって今の最大の課題は再選であり、全ては「選挙のために」となっている。それがなくなる第2期には何が行動原理になり、それが米国や世界の経済、マーケットにどう影響するのか

にある。

長い戦い

民主・共和両党にとって選挙戦の実質キックオフが共にフロリダ州だったのは、偶然ではない。同州を取れるかが、選挙結果を大きく左右するからだ。フロリダ州に割り当てられている「大統領選挙人」の数は29と、ニューヨーク州と同じで、カリフォルニア州(55)、テキサス州(38)などに次いで多い。フロリダの帰趨(きすう)は極めて重要。ところが過去、同州はその大量の選挙人団を民主に渡したり共和に渡したりとスイングしてきた。他の州が「共和党の地盤」「民主党が強い」とか言われている中では、同州を取ることが勝利には必須なのだ。

来年の主な日程をピックアップしておくと、

  • 2月3日 民主党アイオワ州党員集会(予備選挙・党員集会の皮切り)
  • 3月3日 スーパーチューズデー(予備選・党員集会が集中)
  • 7月13日〜16日 民主党全国大会(ウィスコンシン州ミルウォーキー)
  • 8月24日〜27日 共和党全国大会(ノースカロライナ州シャーロット)
  • 11月3日 一般有権者による投票および開票(一般に言われる“米大統領選挙”)
  • 12月14日 選挙人による投票(形式的なものだがここで正式に大統領が決まる)

となっている。

争点は何か。それは恐らく2つだ。第1は経済、そして第2はトランプ式統治スタイルの是非。このうちの経済については毎回のことで、やはり「自分の暮らしをどうしてくれる」というのが、政治家に対する有権者の最大の評価基準だ。選挙キャンペーン開始に当たってトランプ大統領は1本のツイートを出している。その全文は

  • 「The Trump Economy is setting records, and has a long way up to go....However, if anyone but me takes over in 2020 (I know the competition very well), there will be a Market Crash the likes of which has not been seen before! KEEP AMERICA GREAT」

というもの。

The Trump Economy

気になるのは冒頭だ。出てくる単語が「The Trump Economy」。通常トップの名前が付く「誰々方式の経済」という場合は、「レーガノミクス」とか「アベノミクス」のように「ノミクス」が付く。しかしトランプ大統領は「The Trump Economy」(トランプ経済)と自ら、より直接的に表現した。今までネットでもあまり目にしなかった表現だ。翻訳すれば

  • 「トランプ・エコノミーは数々の記録を作ってきたし、今後も拡大・上昇への長い道程(みちのり)を歩むことになる。しかし2020年の大統領選挙(私は競争というものをよく知っている)で誰か私以外の人が勝てば、かつて見たこともないマーケット・クラッシュが起こるだろう。米国を偉大なままで」

となる。つまり2017年の大統領就任以来、米国経済やニューヨークの株式市場は数々の記録を樹立してきたと実績を主張し、その上で「民主党の誰かが次の大統領に就任すれば株式市場の大クラッシュが起きる」と警告した。

大統領が株のクラッシュを予想するという通常では考えられない展開だが、ここで分かる事がある。それは彼が「自分が大統領になってからの好調な経済、マーケットを2020大統領選挙でのウリにしようとしている」ということだ。多分「外交」は諦めた。北朝鮮問題とかイラン問題など様々あるが、どれもそれほどうまくはいっていない。ロシアや中国との関係はこれまで意図を持って悪化させてきた。

つまり来年の大統領選挙での自分のポイントは「マーケット、それが依拠する経済」だと思い定めたように見える。問題は、そううまく展開するかだ。米国ではマーケットが「景気減速懸念」を織り込みつつある。米連邦準備理事会(FRB)も「適切に行動する」(パウエル議長)と、必要なら緩和にやぶさかでないという姿勢だ。

ところが実は、ウリにした経済・マーケットには不安がある。「記録ずくめ」と誇る実績についても論争がある。「The Trump Economy is setting records」というトランプ氏の主張に対してブルームバーグなどは、過去の大統領の4年ないし8年と比較・再点検し、その結果は「middling」と表現している。「〔大きさや品質などが〕中くらいの、普通」「〔気分や健康などが〕まあまあの、良くもなく悪くもない」という意味だ。

景気の維持に注力

もっとも共和党員に限ると彼の人気は圧倒的で支持率は「9割」という調査結果が多い。党内で彼の対抗馬になろうというのはマサチューセッツ州のビル・ウェルド元知事(73)くらいだ。恐らくトランプ大統領が次も共和党の候補になる。対する民主党はバイデン前副大統領を筆頭に20人以上が立候補表明(これについては今回取り上げきれないので、また別の回にしたい)。

重要なのは、自分のウリを“経済”に定めたトランプ大統領が、来年11月に向けてなりふりかまわぬ「景気浮揚」を狙ってくるはずということだ。「利下げ」も当然FRBに要求するだろうし、財政的に少し無理をしてでも「失業率が4%を上回らないための政策」を打ってくる可能性も高い。2期目で落選すれば「失敗大統領」とされる国だから、恐らく必死になる。これは今後のマーケットを予測する上で重要な視点だ。

今後の対中姿勢についても言えることがある。対中貿易摩擦の激化故に米国経済がトランプ大統領の自慢できる状態でなくなったときには、理由をつけて中国側に米国との話し合いに乗れる環境を作る可能性が高い。米国は今「中国側がとても打てない高めのボール」を投げているが、それを引き下げてくるはずだ。どの要求を引き下げるかは分からない。中国側もそこには注目しているだろう。

紙幅の関係で、最初に投げかけた①と②のポイントには十分触れられなかった。次回以降にしたいが、②(トランプ大統領が再選されたとして、次の彼の行動原理は何になるのか)は、今から考えておく必要があると思っている。

今までトランプ大統領の行動原理は、「選挙」を軸に考えると比較的読みやすかった。それはまた米国の一般国民の嗜好(投票者の心理)を考えることだったが、仮にトランプ大統領が再選を果たしてしまえば1つの大きな材料(原理、視点)がなくなってしまう。これはマーケットを予測する上で困る。

そして再選されたとして、その後の行動原理は多分2つあると思う。それは1期目の行動から考えて「先ずは“選挙公約”を守ろうとするだろう」ということ。彼はこれまでずっとそうだった。だから今回の選挙での彼の公約は重要だ。

そして2つめは「“偉大な大統領”になろうとするだろう」ということだ。2期目の大統領は誰でもそうだ。ただ、彼の考える「偉大」が何を指すのかは必ずしも理解されていない。恐らくそこには彼独特の美意識が働く。予想・予測するのはなかなか難しいが、探りがいはある。(続)

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。