1. 金融そもそも講座

第237回 米国の「利下げ」が確実に

「秒読み」とまでは言わない。しかし直近の各種統計の出具合から、昨年(2018)末まで利上げ路線を走ってきた米国が、一転して「利下げ」に転じることがほぼ確実になった。本稿が公開される6月17日週には米連邦公開市場委員会(FOMC)が開かれる。その場において、ではないかもしれないが秋までには最初の利下げがあり、それを含めて「年内に2回」との予想も出ている。

つまり世界の金融情勢は大きく局面転換していると言える。米中貿易摩擦の展開次第という面もあって、さらに上値を追えるかどうかは不明だが、ニューヨークや東京の株価もこの「新たな緩和局面」を好感して一時の安値から反発。ダウ工業株30種平均はこの原稿を書いている時点では2万6000ドル台を回復、そして維持している。

米国の失業率は3.6%の低い水準だし、日本でも各所で人手不足感が高まっている。その中での新緩和局面。恐らく日本銀行も対処を迫られる。そもそも「何が原因か」を考える時期でもある。

統計も裏打ち

直近に発表される経済統計も「利下げ転換」の見方を強める役割を果たしている。まず6月初めに発表された5月の米雇用統計。かなり弱い数字だった。非農業部門の就業者数が7万5000人の増加にとどまったのだ。直前の市場予想は「18万人を上回る」だったから予想外。しかも製造業の雇用が伸びていないこと、そして賃金の伸びも0.2%にとどまったことが特徴。

次に物価統計。米労働省が発表した5月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比1.8%の上昇にとどまった。伸び率は前月から0.2ポイント縮小し、ダウ・ジョーンズまとめの市場予測(1.9%程度)を下回った。前月比ベース(季節調整済み)でもCPIは0.1%の上昇で、これも予想より低い。

よく知られているように、米連邦準備制度理事会(FRB)は2%を物価上昇目標としている。昨年末までの利上げ局面では「目標がほぼ達成された」として予防的にも利上げを行ってきた。その結果、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の現在の水準は2.25〜2.50%。しかし直近では、弱い雇用統計に加えてCPI統計も目標から下振れしていることを示した。すでに6月4日の段階でパウエルFRB議長は「底堅い経済環境下でも物価停滞が続いており、リスクを真剣に受け止めている」と講演で発言している。

急激に強まっているのは、米国での景気減速観測だ。既に10年近く景気拡大が続いて「そろそろ調整期」との見方もできるが、加えてトランプ政権は対中で大きな貿易摩擦を抱えている。対メキシコでも関税カードをちらつかせた。これは無期限撤回されたが、米産業界では貿易摩擦の深刻化に「先行き不透明感」が強まっている。当然、米国企業、特に製造業は雇用に慎重になる。

適切に行動

FRBも、貿易摩擦が経済に及ぼす影響に注視しつつも、景気拡大の維持に向け「適切に行動する」(パウエル議長)との姿勢だ。大きく動いているのが長期金利だ。利上げ局面では3%を超えていた米国の長期金利(10年債利回り)は、先週末までに2%を切りそうな水準まで下がった。2.25〜2.50%の政策金利よりかなり低い。めったに見られない逆転現象だ。FRBとして利下げを検討せざるを得ない。

世界で最も経済の強い国とされた米国での金融情勢の激変。当然世界的な重みがある。既に欧州中央銀行(ECB)は年内に予定していた引き締め局面入りの先延ばしを決めた。日銀としても、景気の大きな支えである輸出維持のために、また訪日外国人客が日本円を購入するときにあまりに多くの自国通貨が必要にならないように(つまり訪日外国人が減る危険性)、極端な円高は阻止したい。

米国の金利が下がる予想が強い中では、日銀の現状の超緩和策政策維持はマーケットから見透かされて、円高・ドル安が進む危険性がある。日米貿易交渉も始まる。米財務省は円相場を為替監視リストに入れており、かつてのように米国の黙認の下で円高阻止の為替介入も難しい。それは日米の貿易交渉で日本の立場を著しく不利にするだろう。

としたら、日銀は今の「超緩和策での様子見」の姿勢を変える必要がある。内閣府は6月7日に4月の景気動向指数速報値を発表、基調判断は2カ月連続で「悪化」となった。景気の現状を示す一致指数は101.9と前月より0.8ポイント上がったが、指数の推移から機械的に決まる基調判断は「悪化」のままだった。つまり米国の利下げという大きな外部環境の変化だけでなく、国内景気の下振れリスクからも、日銀は新たな政策の発動を余儀なくされそうだ。

次の一手は?

日銀は何をするのだろうか。マイナス金利政策の深掘りだろうか。この政策によって、既に日本の金融界はかなり疲弊している。特に地方銀行。現状のままでは近い将来、大幅な業界再編は不可避との観測も強い。業界再編は時代の要請でもあるが、国の資金が必要になるような破綻は避けたい。経済への大きなプラス効果も人気もない政策を、日銀が続けられる環境は去りつつある。

黒田総裁は「まだ金融面で打つ手はいくらでもある」とかねて語っている。就任当時は“黒田バズーカ”の異名をとった政策を次々に打ち出した総裁。今どんな策を練っているのだろうか。経済政策を金融頼りにするのは、確かに良くない。財政にも発動の余地がある。しかし金融政策の役割は大きい。日銀の次の一手が注目される。

それにしても、雇用情勢が全体としては良い中でも世界各国の中央銀行が新たな緩和策を検討せざるを得ない事態。経済の形が大きく変化していることは明らかだ、その問題を考える上でも、日本経済新聞に小林慶一郎・慶大客員教授が寄せていた「政策はデフレ予想を強めるか」(2019年6月12日付、日本経済新聞 朝刊)は考えさせられる文章だった。文末は「経済とはいかにも人間的で予測不能な、一筋縄ではいかない存在に思えてくる」と締められている。要するに「(現状を理解するのも)難しい」と書いておられるのだが、そこに至るまでの考え方が参考になる。

ここでの問題提起は、投資に携わる我々としても考えておく必要がある。「大規模な金融緩和と財政出動が世界中で行われている。にもかかわらず、低金利下での低インフレ(デフレ)」というトレンドが続いている」ことは「コナンドラム(Conundrum=謎)」だとしても、我々は日々行動(売り買いなど)を決めていかねばならない。どうすべきか。この問題はまた別の機会に取り上げたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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