1. 金融そもそも講座

第234回 FRB、利下げまで視野に(後編)

米国株が再び「高値更新」に手を伸ばし始めている。既にナスダック総合株価指数(NASDAQ)とS&P500種株価指数は、2019年4月下旬に引値での史上最高値を更新した。ダウ工業株30種平均はボーイング株などがやや足を引っ張る形で高値更新とはなっていないが、プライスレンジは最高値圏であり、今のマーケット情勢だといずれ更新となる可能性が高い。要因の1つは前回も触れたが、金融情勢の大きな変化だ。

昨年までの米連邦準備理事会(FRB)の姿勢は、明らかに金融情勢の正常化、もっと具体的には政策金利である「フェデラルファンド(FF)金利の引き上げ」、そして「過去に例のないレベルまで膨らんでしまったFRB資産の縮小」にあった。しかし、FRBは今年に入ってそれらをやめた。そして今では「利下げ」論まで当局者の口に上ってきている。むろん株価上昇の持続性に確信は持てない。

米中貿易摩擦も懸念材料だし、日本を含めて先進国全体の経済の先行きにも不安は残る。しかしマーケットを取り巻く情勢は静かに、しかし着実に変わってきている。

各指数が高値更新

NASDAQとS&P500が引値で高値更新となったのは、この原稿を書いている直前の4月23日(現地時間)だ。日本ではダウ平均への関心が高いためか、あまり大きなニュースにはならなかったが、マーケットを見守っている我々には感慨深い。昨年後半からの株価の大きな下げ、世界的な景況感の悪化を知っているだけに、そこからの回復力の強さには驚かざるを得ない。S&P500はダウ平均より幅広い銘柄を対象としてマーケット全体を見るのに適しているし、NASDAQは今もっとも注目されるハイテク企業を対象とする指数だ。

背景の1つにあるのは、「(米国は)再びGoldilocks経済に」という見方の台頭だ。日本経済新聞はよく適温相場という単語を使うが、「適温な経済情勢の中での相場」という意味では当たっている。一時FRBが懸念したような熱を帯びる状態でもなく、また直近の国際通貨基金(IMF)が気にしているような減速でもない、適温経済の状態。まずまずの成長と雇用を維持しながら、インフレ率は低いという環境。

昨年の秋から今年初めにかけての経済指標の落ち込みは、「景気後退(リセッション)につながることのないsoft patch(ぬかるみ状態)」にすぎなかったのでは、と考えられ始めている。日米で決算発表が続いているが、米国では現場の景況感も上がっているようだ。先陣を切って四半期決算を発表したJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は先日、今後の米国経済について「U.S. economic expansion could go on for years. If you look at the American economy, the consumer is in good shape, balance sheets are in good shape, people are going back to the workforce, companies have plenty of capital. 」と述べた。

これ以上の強気はないとも言える発言だ。異議を唱えたくなるのは「balance sheets are in good shape」の部分で、米国の家計は依然として日本の家計に比べれば借金の割合が大きい。自動車ローンなど。しかし現場感覚としては「balance sheets are in good shape」なんだろうし、何よりも重要なことは、大手銀行のトップからこうした楽観的な発言が出たという事実だ。

語られ始めた“利下げ”

ここに来て米国で語られ始めたのは「利下げ」の可能性だ。それを報じているのはウォール・ストリート・ジャーナル。見出しは「Fed Officials Contemplate Thresholds for Rate Cuts」。Rate Cuts(利下げ)には目がひかれる。去年までFRBはずっと利上げをしていた。「複数のFRB高官が利下げの条件をよくよく考えている」というこの記事は、(利上げ)停止が宣言されてそう時間がたたない中でのもので、やはり少し驚いた。

しかし本文を読むと「Such a scenario isn’t seen as particularly likely, and a rate cut isn’t imminent or under consideration for their meeting April 30-May 1.(=特に可能性が高いわけでもないし直ぐにというわけではなく、4月30日と5月1日の次回FOMCで検討されることもない)」とある。

当然だが、関心が集まるのは見出しにあるその「Thresholds(諸条件)」とは何か。それに関しては、「the conditions under which they would cut interest rates, including a scenario where inflation drifts lower even if the economic growth doesn’t falter.(=景気が腰折れしない中でもインフレ率が徐々に低下した場合)」が1つのシナリオだと書いている。

今の米国の景気を見ると、一時心配された「腰折れ」はなさそうだ。最近出る経済指標には強いものが多い。普通は景気が良ければ、利下げという発想はない。しかし景気が腰折れせず緩やかな成長でも、インフレ率が下がる経済情勢の時代に入っているとみる向きもある。FRBは去年までの利上げの1つの根拠に「2%の物価上昇率をほぼ達成した」ことを挙げてきた。

1.5%のインフレ率

では具体的にどの程度までのインフレ率の低下が、トリガーになるのか。何人かの地方連銀の総裁などが、日銀用語で言えば“1.5%近傍”を考えていると記事から分かる。つまり2%の目標から0.5%ポイント下がりその状態がしばらく続いたら、FOMCはFF金利誘導目標を今の2.25~2.50%から引き下げるということだろう。

むろんウォール・ストリート・ジャーナル紙も、FOMCで意思表明できる全ての当局者に取材しているわけではない。同紙の取材対象になった複数の当局者の頭の中にはその可能性がある、ということだろう。

ではその可能性は実際にあるのか。同紙はJPモルガンの予想を掲載している。「Forecasters at JPMorgan Chase expect to see that core inflation rose 1.6% in March from a year earlier, down from 1.8% in January. They see core inflation dipping to 1.5% in July.」とある。つまり、今年の夏には景気が腰折れしない中でも米国のコアのインフレ率が1.5%に下がることを予測している。現実味があるということだ。

利下げをするにしてもFRBにとってややこしいのは、トランプ大統領がFRBやパウエル議長批判を強めて、その中で「0.5%程度の利下げ」を要求している点。FOMCが政策的意味合いで利下げをしたとしても、状況的には「トランプ大統領の圧力を受けた」とマーケットに受け取られかねない。これはまずく、避けたい。なので、例えば今年の秋とかに利下げとなるのであれば、「政治的圧力を受けたものではない」と十分に説明する必要がある。

ニューヨークの株価がこうした金融情勢の変化を受けて、上値追いを続けるのかについては、一抹の懸念もある。米国の株式市場を過去3年とかのチャートで見ると、NASDAQは別にして、ダウとS&Pは高値更新の後に2度の挫折を味わっている。共にその後は“やや深い谷”だ。今回高値を抜けてさらに上を目指せるかは企業業績の行方と、米中貿易摩擦の今後の展開にかかっているように思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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