1. 金融そもそも講座

第233回 FRB、利下げまで視野に

世界の金融情勢は大きく動いている。「利上げを忍耐できる」という状況から、「もしかしたら年内の利下げがあるかもしれない」という状況になった。世界で依然として最も経済活動に力強さを残す米国の金融政策が、その動きの先頭に立つ。

背景は2つある。1つは景気に下方修正の動きが出始めたこと。米連邦準備理事会(FRB)も世界銀行もその見方だ。2つ目は依然として米中貿易摩擦の結末が見えず、世界経済の行方が不安定なままであること。インフレ率の上昇ペースが依然として世界的に低い中で、“財政”に政策発動余地がないこともある。

むろんFRBが「一転しての利下げ」に踏み切るとしても、年の後半だ。しかし「利上げ継続 → 忍耐 → 利下げも?」の状況変化は、マーケットの環境を大きく変える。利下げを求める政治的圧力も一気に増してきた。今回は、壁にぶち当たっているように見える米中摩擦をひとまず置いて、世界の金融情勢の変化を取り上げる。

スタンス変更を明確化

本稿を書いている(2019年)4月11日朝に、米連邦公開市場委員会(FOMC)議事録が公開された。直近3月のFOMCで何が話し合われたかの抜粋で、予想通り大半の参加者が「19年中は政策金利の据え置きが妥当だ」と判断したことが示されたが、注目すべきは一部の参加者が「米景気が下振れすれば先行き利下げを検討する」との考えを表明したことだ。背景には海外景気の減速や国内の物価上昇の弱まりがある。つまり昨年末までとは米国の金融政策を取り巻く情勢が大きく転換したことが明確になった。

昨年末までのFRBのスタンスは、政策金利を3%台に戻し、4兆ドル台半ばまで膨張した保有資産を2兆ドルを下回るまで縮小したい、というものだった。次の危機が起きたときの政策発動余地を作る意味合いが大きいが、緩和に過ぎる政策を続けることの後々への悪影響(物価の高騰、資産価格の上がり過ぎ)を避ける意味もある。

「そんなことはもう言っていられない」というのが今の状況だ。議事録要旨によれば、参加者全員が「19年の経済成長率は18年よりも鈍化する」との見方で一致。欧州や中国の景気が減速しているほか、トランプ米政権の大型減税の効果も弱まることなどがその背景。3月の雇用統計(非農業部門の就業者数は20万人近く増えた)で示された通り米国の労働市場は力強さを維持しているが、原油価格の下落などで「物価の上昇圧力は弱まっている」との判断だ。

もっとも政治と同じで経済も先行きを読むのはなかなか難しい。現状ではまずあり得ないが米中貿易摩擦が一転して妥協成立となれば、世界経済への見通しは明るくなる。なので「場合によっては利上げ」という選択肢も残した。

大統領からの圧力

FRBは新たな圧力にも直面している。それはトランプ大統領だ。大統領は4月5日、メキシコとの国境を視察するためにホワイトハウスを出発する前に、記者団に対し「they really slowed us down」(FRBは米国経済を本当に鈍化させた)と述べた。批判しただけでなくさらに政策に踏み込み、「個人的にはFRBは利下げすべきだと思う」(クドロー国家経済会議委員長によればトランプ大統領は「0.5%の利下げを要求している」)、さらに「量的緩和にも動くべきだ」との発言も行った。

トランプ大統領はこの半年ほどにわたって何回かパウエルFRB議長批判を展開している。昨年末も株価急落、世界経済の鈍化傾向の中で年に4回利上げした金融当局を「常軌を逸している」と批判したことがある。その後FRBは、今年に入って利上げモードを停止し、かつ保有資産の圧縮を秋には終える方針を示した。結果としてはトランプ大統領の意をくんだかのような形になった。

今回の批判は、前回のような「発言のみ」とは違う。人事圧力だ。理事定員7のうち空席だった2席について、既に1席には自らに近い保守系経済評論家のスティーブン・ムーア氏を指名する方針を明らかにしていた。今回それに加えて、元ピザチェーン経営者でありトランプ氏を支援する政治資金団体を設立したハーマン・ケイン氏を指名する方針も明らかにした。つまりFRBを外からではなく、内側から変えてしまおうということだ。

FRBは議長、副議長を含む理事7人に加えて、(ニューヨーク連銀総裁以外は輪番の)委員5人で、通常は12人の合議・多数決で政策を決める。その2席に人事介入が行われてもFRBの政策が直ちにトランプ流になることはないと思われるが、今回指名される2人は昨年利上げと資産縮小を行ったFRBに極めて批判的。FRBのトランプ色が強まることは間違いない。

2期目のトランプ

筆者はやや先のことを考えている。日本人の大部分は今の段階で「来年末の次の米大統領選挙では、トランプ氏は民主党候補の誰かに負けて2期目はないだろう」と考えている。多くの投資家もそうだと思う。しかしそれは“根拠の曖昧な希望的観測”ではなかろうか。

もちろん次の米大統領選挙を展望するのはやや時期尚早だ。しかし民主党には15人もの候補者が乱立していて、ある程度本命視されているバイデン前副大統領に関してもセクハラ疑惑が浮かび上がっていまだに正式な出馬表明ができていない。

選挙はあくまで「どちらを選ぶかという相対論」なので、トランプ大統領の政策にあきれる人が多くても、対抗する候補が人々の支持をそれ以上に集められない人だったら、大統領は再選される。16年の選挙では圧倒的な劣勢予想にもかかわらず大統領の座を射止めた。彼は予想以上に強い。

トランプ大統領が仮に来年の大統領選挙で勝って再選されれば、大統領はパウエル議長を解任し、より自分に忠実な議長を任命できるチャンスを得ることになる。パウエル議長年の任期(4年)が大統領再選後の2期目中に切れるためだ。

再選後のトランプ大統領の政策の柱は予測し難い。「次の選挙に勝ち再選される」という1期目の最大の政策軸がなくなるからだ(大統領の3選は禁じられているので)。加えて気にくわないとすぐに部下を代えるのが彼流だ(むろんFRBの議長は大統領の部下ではないが、指名の権利はある)。そして指名した人には忠誠を求める。仮にそうなれば、一気に「トランプ色の米金融政策」という下地が米国ででき上がる。

その場合にマーケットがどう反応するかは不透明だ。またもし再選がなったら、最近検討した「任期満了を待たずにパウエル解任」を、実行に移すかもしれない。その場合のマーケットの反応(混乱を含む)はさらに大きなものになるだろう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

目次へ戻る