1. 金融そもそも講座

第230回 選択を迫られる中国(2)

米国は、交渉妥結がなければ3月2日から実施予定だった10%から25%への対中関税引き上げ(中国の対米輸出品2000億ドル分が対象)を、「構造問題などで十分な進展があった」(トランプ大統領)として、延期すると発表した。

妥結でなくて「延期」がポイント。もっとも大統領の「構造問題で進展」というのも、彼独特の言い回しだ。実施延期の口実、中国への圧力に使ったと思われる。実際には、貿易額の不均衡是正に関して話は大きく進んでいる(中国が米国産穀物、LNG《液化天然ガス》などを買えば済む)ものの、根が深い構造問題ではあまり進展はないと思われる。

なぜ構造問題ではなかなか話し合いが進まないのか。今回はその問題を取り上げる。構造というだけに、ある国が別の国に「あなたの国はここがおかしい」と文句を付けて直させることを意味するから、どの国との間でも構造問題の協議というのは難しい。しかも世界の大国同士では、互いに歴史を背負った協議でもある。

韜光養晦

中国には「屈辱の100年」という言葉があることをご存じだろうか。その国土の大きさ、人口の多さから中国は世界史の中で古代から非常に大きな存在だった。周辺国を従わせる朝貢体制を築き、紙や火薬、印刷術や羅針盤も中国で生まれたといわれる。しかし力を落としていた清王朝が1842年に英国との戦い(アヘン戦争)で負けて以降、1949年に共産党による今の中華人民共和国が生まれるまでは、中国は実に悲惨な歴史を辿(たど)っている。

1895年には日清戦争により日本との戦いに敗れた。その後も領土は奪われ、国土は荒れ、広大な土地の一部ではあるが列強の植民地支配も受けた。「もうあんな時代は経験したくない」というのが中国の大部分の人たちの思いだ。数年前に中国の王毅外相が日本での記者会見で「(中国は)やっとここまで来れた」と述べたことがあるが、その意味はこの中国の屈辱の100年を知っていればこそ理解できる。

その事情を知って初めて、鄧小平の「韜光養晦(とうこうようかい=才能を隠して、内に力を蓄える)」も、習近平の「中華民族の偉大な復興」も理解できる。多分、中国の国民の間では、世界の流れに逆行する「共産党一党独裁」という今の体制が望ましいとは思っていない。しかし「他国から搾取されず、かつ経済的に豊かな時代を過ごせればいい」という気持ちがあるのだろう。それ故の今の中国の共産党政権の持続だ。

歴史を見ると、中国は人口の9割強を占める漢民族を含めて50以上もの民族を抱える中で、そもそもは「まずは内部を固める」ことを主眼としてきた国家だ。ロシアの民族数180、100言語には及ばないが、この2つの国の共通項は、長い国境線を持つことと、過去に大きな侵略をされた経験があることで、ともに「内部固めが何よりも重要な課題」という特徴がある。韜光養晦も、まずは内部を固めて強い国をつくるという意図が見える。

中華民族の偉大な復興

しかしその基本的構図を変えたのが、習近平だ。「中華民族の偉大な復興」は、彼が就任からしばらくして言い始めたが、多分それは「経済も強くなったし中国は十分に他の先進国に伍(ご)せる」という思いと、共産党政権の維持、自分の権力維持のためには「国民に対外的な目標を与える必要がある」などの考えがあってのことだと思う。

恐らく、もう搾取されたくないという欲求が強すぎ別の形で出ているのだと思うが、東シナ海での主権主張を始めた時期と重なる。習近平は、「中国軍は戦ったら勝たねばならない」とも繰り返すようになった。それは過去の戦争では負けの歴史が長いことを念頭に置いている。

内ではなく外に顔を向けた巨大国・中国が、第二次世界大戦後の超大国米国とコリジョンコース(対決路線)に入るのは、当然、時間の問題だった。今実際にそれが起きようとしている。米国の当初の思いは前回取り上げた。「中国は豊かになれば民主化する」と期待した。しかし全くその気配がない。“裏切られ感”が米国にはある。ペンス副大統領が強調する点だ。

同副大統領は、「中国は米国企業の知的財産や技術を不法に取得して豊かになった」とも主張する。進出企業への「技術供与強制」などの問題だ。自ら開発したならともかく、「不法に我々の技術を盗んでいる」と怒る。企業の関係者に聞くと、それは中国では一般的らしい。そのために進出した企業に数年勤めてその後退社し、起業するというパターンも多い。

時期尚早の対峙

実は筆者と多くの中国専門家の間で意見が一致することが1つある。それは「習近平指導部が米国と事を構えたのは時期尚早だったのではないか」という点だ。韜光養晦なら誰も文句は言わないが、中華民族の復興には外を刺激する様々な要素が含まれる。「覇権の奪取」がその最終形だが、その前にも「すみ分け」の問題が生ずるだろう。

すみ分けといえば記憶に鮮明に残っているのが、習近平主席が数年前に「太平洋は米中両国を入れられるほどに広い。東半分は米国、西半分は中国が統治することにしよう」と持ちかけた、との報道だ。

真偽のほどは定かでないが、相手はオバマ大統領だったそうだ。この発想には米国側も驚いた。米国が中国という国に疑心暗鬼を強めるようになったのはこの頃からだと記憶している。「とんでもないことを考えている。われわれの覇権に挑戦するつもりだ」と米国が気づいた瞬間だった。半分の次は全部だ。既にオバマ政権の末期から、米国の議会や世論は対中警戒で固まりつつあった。別にトランプ政権で始まったわけではない。

米国が何を考えているかは、トランプ大統領ではなくペンス副大統領の最近の一連の発言に鮮明だ。次回に取り上げるが、対中警戒論満載だ。米国はまだまだ軍事力や経済力でも世界で突出して強い国である。今正面から組めば米国が有利だ。その読みがちょっと甘かったのではないか。

最近対中交渉を主導しているライトハイザー通商代表がトランプ大統領とテレビカメラの前、しかも中国の交渉団の目の前で口論する場面があった。それは選挙目当ての国民向け手柄が欲しい大統領が、米国の長期的な対中警戒を軽んじるような発言をすることへの、米国の保守派のいら立ちを象徴していると思う。

同代表は、「中国との問題は、何をいくら買ったで済む問題ではない」と繰り返し述べている。米国の保守派は「中国には変わってもらわねばならない」と考えている。しかしそれは、なかなか難しい。中国の今の政権に「共産党一党独裁」を放棄する選択肢はない。前回も取り上げた「中国製造2025」で示されるように、「最終的な中国のハイテク・軍事での覇権」を求めるスタンスを維持する。

問題は、両国お互いに“材料に敏感な市場”を抱え、それが時に波乱に見舞われる中で、自国にとって有利な状況をどうつくり出すか、だ。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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