1. 金融そもそも講座

第231回 選択を迫られる中国(3)

米中特集の3回目は、経緯を含めて「摩擦とマーケットの関連」を考察したい。既にマーケットにどのような影響があり、さらに今後どのような形で影響するのか。無論のこと、その結末は誰にも予測できない。摩擦の期間が長くなるだろうことは容易に想像がつく。覇権争いも絡むのだから簡単には解決しない。経済力や軍事力で今は圧倒的に米国優位だが、中国は「時間」を味方にできる。「両雄並び立たず」という言葉もある。

ただしその間、マーケットがことさら米中摩擦を懸念し続けるかというと、それは違う。状況次第だ。30年続いた米ソ冷戦の間も大国同士の冷たい争いを横目に、市場は時に材料とし、時に無視してやってきた。そのうちに冷戦が終わった。それでもマーケットは続く。今回の米中摩擦も同じだろう。摩擦の期間よりもマーケットの方が長く続く。そうである以上、マーケットは今の米中摩擦を、そもそもどう考えるべきだろうか。

楽観と悲観と

米側の警告はずっと前からあった。そんな中、米中が今回の摩擦に突入したのは、昨年(2018年)7月6日のことだった。この日トランプ大統領は、ロボットなど818品目、金額にして340億ドル分の中国の対米輸出品に対して、25%の関税上乗せを発動した。これが起点だ。対して中国は、同日中に米国産大豆などの米の対中輸出品545品目、340億ドル分に対して、同じく25%の輸入関税を課した。

実は、今から振り返ると当初は、世界のマーケットは米中摩擦を懸念材料としながらも、「局地戦にすぎない。経済的つながりが強い米中が本当に世界貿易に影響するような対立関係にはならない」との見方が大勢だった。米国経済や企業業績の良さに目が行っていたこともある。米国は完全に利上げモードだったが、それは「経済の強さ故で、ごく自然」と受け取られていた。

米国は第2弾として8月23日に半導体をはじめとした279品目、160億ドル分に25%の追加関税をかけたが、第1弾より規模が小さいこともあって、この時もマーケットはあまり気にしなかった。中国は報復として、同じく鉄鋼製品など333品目、160億ドル分に25%の関税をかけた。この時点で米中両国は、ともに500億ドル分の相手方輸出品に25%の関税を課した。その時も、米国の代表的な株価指数は堅調だった。

雰囲気がやや変わったのは、トランプ大統領が第3弾として9月24日に家電、家具など5745品目、2000億ドル分の追加制裁(関税率は10%)を発動した頃からだ。中国はこれに対して液化天然ガスなどに600億ドル分を追加対象とした。中国の対象品目規模が1400億ドル分小さいのは、中国の米国からの輸入額がそもそも少ないからだ。関税をかける品目をそれほど見つけられなかった。

半分と8割が対象

この原稿を書いている現在、米国は中国の対米輸出の約半分に当たる2500億ドル分に10〜25%の関税を課し、中国は米国からの輸入の7割を越える1100億ドル分に制裁関税を課していることになる。

ニューヨークの株価は、規模が一段と大きくなった9月末の第3弾の相互制裁発動の後に、頭打ちから年末にかけて下げに転じた。もちろん世界経済全体に対する懸念も台頭したし、トランプ大統領のFRBの利上げけん制発言もあって米国経済の先行きにも不安が持ち上がったことも要因としてあった。しかし筆者の印象では米中摩擦がマーケット関係者の頭から離れなかったことが大きいと思う。

この段階で明らかになったのは、対米輸出で成り立ってきた中国企業の間で売り上げの急激な減少が生じ、一部で労働者の解雇が始まったことだ。中国の情報(特に不都合なものは)はなかなか外部には出ない仕組みになっているが、様々な形で労働者解雇やリストラが輸出産業の間に広まったことは報じられている。加えて一部の中国企業は米中摩擦の長期化をにらんで工場をベトナムなどに移す動きをしていることも伝わった。ということは、雇用が永久に失われる危険性がある。上海の株価が大きく落ちたことは言うまでもない。

米国株の下げも大きかった。ダウ工業株30種平均で見ると10月からの3カ月で、高値から20%近くも下落した。この時期、米国ではハイテク株に売りが殺到し、NASDAQ指数の下げ幅が大きかったので、それにマーケット全体が引きずられたこともあるが、中国を主要な製造基地とするアップルなどの中国での売り上げ減少が伝わったことも一因だ。

黄色信号

昨年の夏までと違って、今の世界経済の状況はやや黄色信号といったところで、今後、米中摩擦がマーケットでの材料としての存在感を高める可能性がある。1つは世界第2位まで拡大した中国経済が、摩擦激化の中でさらに大きく減速する可能性があること。次にそれに世界経済が引っ張られてしまうこと。そして最後に、中国との取引規模が大きい世界の企業に中国減速の影響が業績面で影響し始めていることだ。いくつかの個別企業の苦境は深まっているといわれる。

中国経済全体をみても良くない。先の全人代(全国人民代表大会、国会に相当)で成長率目標の引き下げ(6〜6.5%)が発表されたが、それも“筆をなめた数字”ではないかと見られている。先進国に比べればまだ高いと思われがちだが、中国の場合は成長率が6.5%前後を割り込むと農村から出稼ぎに来ている億単位の労働者が大量に解雇されるとの見方が強い。つまり社会不安の種になるということだ。

中国経済の悪化は、企業業績への打撃が大きい。なにせ14億人の消費者を抱える。日本でも半導体企業の操業一時停止などの影響が出ているし、中国関係の仕事をしている日米欧それに途上国の企業は、同国での売り上げ、同国向け輸出の減少を報告している。

もちろん、中国経済の鈍化は同国経済自身の循環要因や「中進国のわな」(先進国と新興国の狭間で前者への脱皮に苦しむ状態)的な要素もある。しかし一番大きな要因は米中貿易摩擦だ。特に輸出が不振だ。中国税関総署がこの3月8日に発表した「2月の貿易統計」によると、同国のドル建て輸出は前年同月比20.7%もの減少となり、減少率は2016年2月以来の大きさとなった。一方、輸入は3カ月連続で減少した。今の状態では中国経済は一段と鈍化する。

これは世界にとっても警告だ。世界経済の減速度合いが深まれば、米中摩擦がマーケットで持つ意味は一段と大きくなる。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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