1. 金融そもそも講座

第229回 選択を迫られる中国

今回からは、3月の頭に交渉期限が接近している「米中貿易摩擦」を、そもそも的にまた総合的に考えてみたい。何で対立し、2つの国はそれぞれどこを着地点にしようとしているのか。この戦い、どちらが実質的勝利を収めるかによって、日本を含めた今後の世界は大きく違ってくる。

今の“摩擦”は、我々が過去のいかなる時期にも経験したことのない新しいタイプの「大国同士の対立」と言える。戦火を交えることなく、片方の大国がもう一方の大国の政治体制や今後の国の形を変えようとしている。無論もう一方は強く抵抗していて、その結末はなかなか予測がつかない。しかし間違いなく言えることは、ともにずぬけた大国であるが故に、それ次第で今後の世界の政治的行方とマーケットの方向性は大きく変わるということだ。数回にわたってこの問題を取り上げる。

2つの側面

まず明確にしておきたいのは、米中貿易摩擦といっても、実際には2つの側面があるということだ。1つは、かつて日米間にも存在した貿易不均衡に起因する文字通り「貿易摩擦」。具体的には中国が米国との貿易で大幅な輸出超過になっていて、米国が大幅な赤字を出している問題。米国はこれにずっと不満を示してきた。

その額は巨大だ。中国税関総署が今年に入って発表した2018年の貿易統計によると、中国の対米貿易黒字は前年比17.2%増の3233億ドル(約35兆円)にも達した。その分が米国の赤字となっているわけだ。両国の貿易はダブルスコアで中国の勝ちだ。つまり米国の対中輸出の2倍以上も、中国は対米輸出している。

米ダウ・ジョーンズ通信によると18年の中国の対米黒字額は過去最大だという。摩擦が表面化しているにもかかわらずこの数字だ。米国への輸出は11.3%伸びる一方で、輸入は0.7%の増加にとどまり黒字幅が広がった。これにはさすがに米国も怒り心頭だろう。

対米を含めた中国の18年の貿易黒字額は全体で3517億ドルだというので、中国は貿易黒字のほとんどを対米貿易で稼いでいることになる。米国の不満には十分な根拠がある。日本の対米貿易黒字が700億ドル前後でもトランプ政権は貿易不均衡の是正を日本に求める構えだから、3000億ドル超の対中赤字を米国が黙っているはずがない。

むろん中国もこの額が巨額すぎることを認識していて、米国との関係が悪化すると小麦やトウモロコシの大量輸入を発表したり、ボーイング機の大量購入などの措置を打ち出して米国の機嫌をとろうとしていた。今回もそうだろう。恐らくこの点では米国も、「中国から相応の措置が発表されたらそれを評価してもよい」という立場だ。

期待を裏切られた米国

摩擦のもう1つの側面は実にややこしい。「覇権争い」だ。覇権というとかつては「軍事的、政治的覇権」の意味合いが強かったが、国の強さが今一番に発揮されるのは、AIなどを筆頭とする「ハイテク分野の優越性」だ。物理的に戦わなくても、ハイテク分野で世界での主導権をとれば、他の国を実質的支配下に置くことが可能だ。世界どこからでも監視の目を光らせ、機密を盗み、自国の知財産業や製造業を強くして世界に「覇」をとなえることが可能だ。

少し経緯を述べる。中国の人口は既に14億人と、4億人に達しない米国をはるかにしのぐ大国だ。しかし経済面で曲がり角に立つ。中国の1人当たりGDPは18年に9000ドルに接近し、成長率次第では19年に1万ドルに達すると見られる。しかしこれは米国の1人当たり6万ドル弱を大きく下回る。そして他の先進国よりもはるかに低い。その意味で中国はまだまだ「中進国」だ。

なのに、中国経済は曲がり角に立つ。中国の労働賃金は既にベトナムやミャンマーなどに比べると明らかに高い。かつ人口の高齢化、それに若者の単純労働を忌避する傾向などから製造業の競争力は低下している。

環境的には中国は「中進国の罠(わな)」にはまりやすい時期にある。中進国の罠とは、中進国となった頃から発展途上国の追い上げによって輸出品が競争力を失う一方、先進国と競争するには技術力などが十分でないため、結果として成長が停滞してしまう現象を指す。

中国で独裁を続ける共産党は、かなり前から自国がこの罠に陥りかねない危険性を予測し、ハイテク、知財国家への脱皮を図ってきた。その一環が、米国が強く非難する「知財の盗み取り」や、進出した先進国企業への「知財供与の強要」などだ。中国は罠にはまるまいと、決して褒められない手段で産業経済へのレベルアップを急いだ。対する米国は、経済的に豊かになれば政治体制も緩んで、中国が少しは民主的な国になるとの考えもあり、それを許してきた面がある。

中国製造2025

しかし中国の一党独裁体制は揺らぐどころか、一層国民の締め付けを強めている。国家転覆を謀ったとの理由を付けて、人権派弁護士まで多数拘束している。現状では中国は民主国家になる可能性は限りなく小さい。かつ企業にも中国国民にも海外からの知財持ち込みを推奨し、時に強要するかのような手法を取っている。

今中国が政策の柱にしているのが「中国製造2025」。これは、49年の中華人民共和国建国100周年までに世界の製造大国としての地位を築くことを目的とする国家計画だ。この中国の国家計画を米国は、「世界での覇権を米国から奪取するための策略」と見なした。それ故の「対中強硬姿勢」なのだ。米国共和党の保守派などは、むしろトランプ大統領が対中融和路線を選択しかねないことを牽制(けんせい)する。

重要なのは、覇権がらみでは米国は限りなく強硬であるという点だ。短期的な「貿易不均衡の問題」と、長期的な「国の覇権の問題」を別次元で考える。後者については「もう甘い顔はしない」というのが米国全体の考え方。それはオバマ政権の後期あたりから鮮明だったが、共和党のトランプ大統領になって一気に前面に出てきたし、米国はそれを隠そうともしない。

このシリーズはまだ続くが、今回押さえておきたいポイントは、

  • 1.今の米中摩擦には2つの側面がある。「貿易」と「覇権争い」だ
  • 2.貿易については、中国が具体的な黒字削減策を発表すれば両国が妥結する可能性がある
  • 3.しかしハイテクを中心とした覇権を巡る問題は、国家の長期的な展望、存在に関わる問題であり、一朝一夕に解決する問題ではない

次回もこの問題を続ける。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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