1. 金融そもそも講座

第228回 FRB、新たな航路を選択

前回も取り上げた米連邦準備理事会(FRB)パウエル議長の「政策転換」の中身が、2019年初めての連邦公開市場委員会(FOMC)で明らかになったので、今回はこの問題を取り上げる。結果を見ると新方針故に株価は大きく上昇し、為替はドル安・円高に動いた。

しかしそれとは別に重要なのは、「FRBが利上げ戦略、資産縮小を開始する以前の景色」に米国や世界の経済がやや戻った印象がする点。それは別の言葉で言えば「Goldilocks(ゴルディロックス)な時代」の再来なのだが、一方でそれは抜け出したと思ったデフレ状況を遠方ながらも再び望む時代に逆戻りしたともいえる。

米中貿易摩擦の行方がまだ見えず、中国経済が大きく減速し、そして同国絡みのビジネスをしている企業は世界各国で業績を落としている。FRBの新方針はそうした状況を勘案してのものだが、一方で世界経済の大きな流れがこれまでの想定とは違ってきている証拠でもある。

忍耐強くなれる

この稿を書いている1月31日の早朝に発表されたFOMCの発表は、とても特徴的だった。通常、FOMCはプロジェクションを発表するとき以外は一通の声明を出して終わるのだが、今回は3本出しており、重要なのは「FOMC声明」(HP上のタイトルは「Federal Reserve issues FOMC statement」)と呼ばれるものと、あと1つ「Statement Regarding Monetary Policy Implementation and Balance Sheet Normalization」のタイトルのもの。

この2つが何を言っているかというと、前者でポイントとなる単語はパウエル議長が年初に口にした「patient」だ。当該文章を掲載すると、「the Committee will be patient as it determines what future adjustments to the target range for the federal funds rate may be appropriate to support these outcomes.」となる。「will be patient」なので、「(FRBは)忍耐強くなりますよ」と訳せる。この部分を「今年はもう利上げはない」と理解する向きもあるが、これはやや行き過ぎ。金融政策は状況に柔軟に対応するのが当然なので、あくまでもFRBが約束しているのは「忍耐」だ。

では、何を忍耐するのか。それは明らかに利上げだ。昨年最後のFOMCまでは「失業率も低い、インフレ率も目標の2%近傍まで上昇してきた」「なので緩やかな利上げが妥当」(昨年12月のFOMC声明はsome further gradual increases in the target range for the federal funds rate will be consistent with sustained expansion of economic activity, strong labor market conditionsとなっていた)としてきたことを、「忍耐する」と言っている。

昨年末の段階では「2019年は年2回の利上げが必要」の意見が多かったが、それを「我慢し、状況を見守る」とした。今回の声明には「some further gradual increases」の文言はまったくない。つまり白紙ベースで今後の金融政策を考えると言っているのだ。

資産減のペースも調整

ではFOMCが公表し、筆者が注目したもう1つの声明は何を言っているのか。この声明でのキーワードは「adjust」だ。文章としては「The Committee is prepared to adjust any of the details for completing balance sheet normalization in light of economic and financial developments.」(バランスシート正常化計画を調整する準備あり)という形で使われている。これは利上げ計画の当面棚上げとパッケージの措置だ。今までのFRBの超金融緩和期からの離脱(出口)手順は「段階的な政策金利の引き上げ」「4兆5000億ドルにまで膨らんだ資産の縮小」が2本柱だったが、それをともに変える「忍耐し、調整する」というのが今回の発表。

FRBはリーマン・ショック後の超金融緩和の中で、米国債など保有資産を危機以前の9000億ドルから4兆5000億ドルまで膨らませた。今それを再び縮小するプロセスにあり、18年は3800億ドル減らし、今年については国債と住宅ローン担保証券(MBS)を合わせて4500億ドルの資産削減を計画していた。そのペースを「調整する」と言っている。どのようなペースにするのかは明らかにしていない。しかし調整ということは「ペースダウンの可能性」があることを示唆している。

この2つの措置が何を意味するかというと、従来鮮明だった引き締め(形としては金融政策の正常化)、その継続モードを大きく転換させて、しばらくは「休止」する可能性もあることを示唆したことになる。これは今後のマーケットへの意味合いが大きい。

Goldilocksは紙一重

株、為替の当初反応には既に触れた。それは恐らくマーケットがGoldilocksな時代の再来を予感したからだろう。しかし筆者には1つ気になることがある。欧州中央銀行(ECB、出口戦略の方針を表明している)はともかく、世界の3大中銀の一角を占める日銀が、超緩和政策の“出口”の「で」の字も語れないうちに、FRBが「金融政策正常化」のプロセスの一時足踏みを発表したことだ。資産状況の全体像からして、FRBが金融政策正常化を終了したとはとてもいえない段階での方針転換。

見えてきた景色がある。世界経済の先行きに対する改めての懸念に加えて、抜け出せない世界的低インフレが心配な状態だ。それはやや遠方かもしれないが、気にしておく必要がある。

日銀は先週の金融政策決定会合を機に物価の先行き見通しを引き下げたし、中国当局は2018年第4・四半期のGDP成長率を発表、内需の不振と貿易戦争の影響で成長率が6.6%にとどまったことを明らかにした。2018年の成長率は28年ぶりの低水準を記録した。

最近読んだ一番面白い文章は、ニューヨーク・タイムズの「The World Economy Just Can’t Escape Its Low-Growth, Low-Inflation Rut」(世界経済は低成長と低インフレから逃れられず)という記事だ。副見出しは「Just when we thought we were out, global deflationary forces have pulled us back in.」となっている。

筆者は世界の需要レベルは底上げされている(この問題は別途取り上げる)と思うので、この記事が指摘するほど世界が危急な「デフレリスク」に直面しているとは思わない。しかし「出口戦略」を打ち出しても「利上げ計画」も明らかにできないECBの現状を勘案し、また日銀の政策行き詰まりを見ると、「世界景気の景色は変わった」と思わざるをえない。

問題なのは「次への対応」だ。恐らく米中とも世界経済を壊すようなことはしない。2人の指導者とも「良好な経済」が政権維持に必要だ。しかし米中の関係は短期的な貿易不均衡の問題とは別に、「覇権を巡る争い」の側面がある。だから先行きは不透明だ。米国についても2%をやや超えただけの政策金利水準で、「今度危機が起きたときに、金融政策的に対応ツールは十分あるのか」という疑問が残る。当然、日欧の中銀もだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

目次へ戻る