1. 金融そもそも講座

第227回 やはり大きかったFRBの政策変更

書きたいことは山ほどある。英国のEU離脱に関わる混乱や、米国での壁建設費用を巡ってトランプ大統領と米下院を握った民主党が対立し政府機能の一部閉鎖が続いている問題。また日本の毎月勤労統計が長年ルールにのっとって集計されずに巨額の未払いが発生、日本の“基幹経済統計”に対する強い懸念が生じている問題もそうだ。

しかし前2者はいつ情勢変化が生ずるともしれず、執筆から公開までにやや時間がかかるだけに、ここでの題材には適しない。また日本の、特に厚生労働省がらみの政府統計で様々な疑念が生じている問題に関しては「しっかりやってくれ! 政府が発動する経済政策全体に対する信頼低下を招く。マーケットとしても懸念せざるを得ない」という以上には書きようがない。

なので今回は、やはりその存在、そして方針転換が大きかったという認識から、米連邦準備理事会(FRB)とパウエル議長の「新たな金融政策スタンス」について書く。

沈静化した市場

記憶にも鮮明な昨年末からの相場乱高下。マーケットは“混乱”状態だったが、最近はVIX指数(恐怖指数と呼ばれる)も危険ラインと呼ばれる20の水準を下回っている。その混乱収束・マーケット安定のきっかけを作ったのは誰かと改めて問えば、「今回もラストリゾート(最後のよりどころ)と呼ばれるFRBとその議長だった」と言えるだろう。

物価上昇率が2%のターゲット水準に近づき、失業率が4%を割る現状。「FRBの引き締め継続はやむを得ない。むしろ当然」との見方がある一方で、「超緩和をバックボーンにした強気相場の終焉(しゅうえん)を促す」「途上国経済の混乱を招く」などの批判もあった。一部には「FRBの引き締め政策そのものが、マーケット混乱の最大要因」との批判もあった。後者の主張を一番声高に語っていたのがトランプ大統領。そしてこのFRB批判に関しては、「法律で保証されているFRBの中立性に対する侵害。大統領がとるべき姿勢ではない」との声もあった。

むろんFRBのパウエル議長はトランプ大統領がFRBと自分に対する批判を強め、一時は議長解任まで討議していたとの報道を承知していた。しかしそれ以上に、マーケットが2019年以降のFRBの金融政策(少なくとも年内2回は利上げ継続の方針)を不安視して動揺していることを懸念したのだろう。

年明け早々、ニューヨークでの経済学者などが集まる討論会でパウエル議長は「金融政策とは詰まるところリスク管理」と述べ、昨年末からの市場動揺そのものがリスクと言えるとの認識を示した上、「インフレ率が依然として低い今は、金融政策で我慢強くなれる」と発言した。これをマーケットは「FRBは今年利上げをしない」と受け取った。

大幅に転換

年明け早々のマーケットにとても重要だったパウエル発言は、FRBのHPを探しても出てこない。議長はじめ全てのFRB理事の講演記録はHPに記載・公表されているが、その中にはない。「討論会での発言」だからだ。

しかしその発言はブルームバーグのHPで今でも(本稿執筆時)見ることができる(英語)。これを見ると、パウエル議長はしっかりと用意した紙を見ながら注意深く発言しており半分“スピーチ”の印象もある。一番気になる言葉は「(金融政策について)shift significantly」と言っている部分だ。つまり、マーケットの動きなど状況次第で金融政策を大幅に転換する可能性を示唆している。

これは昨年最後の米連邦公開市場委員会(FOMC)時点での記者会見発言と大きく異なる。「米国経済はしっかりしている」「よって緩やかな利上げ政策は継続する」と述べていた。しかしその議長が年明けと共に、「金融政策とは詰まるところリスク管理」「今は金融政策で我慢強くなれる」と語った。年初早々に大きく下げて「今年は心配だ」と思わせた市場は、その後は急反発のあとも全体的な戻し基調に入った。この発言が実に大きかった。

パウエル議長がトランプ大統領の直接的な批判・非難をどのくらい真剣に受け止めていたかは想像するしかない。しかし1つはっきりしているのは、マーケットの混乱を懸念していたということだ。FRBのマンデート(使命)は「物価の安定と雇用の促進」だ。その2つで成果が出ているのだから「利上げ継続は当然」というスタンスは取れた。

しかし「今のマーケットの動揺は、米国経済や世界にとってのリスク」との判断に立ち至ったのだろうし、「トランプ大統領の圧力に屈した」との批判を招きかねないにしても「金融政策に我慢強くなれる」という微妙な発言で、市場の安定化に寄与したのは評価できると思う。

深まった信頼

パウエル議長がその際に盛んに強調したように、経済もマーケットも「相反する兆候(conflicting signals)」を出していた。12月の雇用統計は非農業部門の就業者数が31万2000人増と予想より強かったが、失業率は求職者増加の割に企業が「景気の先行き鈍化」に備え人員を調整する動きも見せて3.9%に上昇した(前月は3.7%)。議長が言うように全体のインフレ率は低いが、12月の雇用統計に見る賃金(平均時給)の伸びは3.2%に達した。これで3カ月連続の3%台の伸び。将来のインフレ圧力となり得る。

一方で気になったのは、年初早々の世界の株式市場を震撼(しんかん)させた、米アップルによる18年10~12月業績見通しの下方修正や、12月の米サプライマネジメント協会(ISM)製造業景況指数の大幅低下だ。これら2つの背景は、米中貿易摩擦の実体経済への打撃とみられる。パウエル議長は「実体経済の良い兆候と金融市場の警告」と対峙させていたが、実体経済も必ずしも全てが良いわけではなく、今後様々なconflicting signalsを出してくると読んだのだ。このビデオで見る限り議長はトランプ政権、トランプ大統領本人への言及を避けているが、「マーケットが抱えるリスク」の中に“トランプ大統領本人”も入っていたはずだ。

今のマーケットのコンセンサスは「今年は利上げなし」に傾いている。しかしパウエル議長は繰り返し「金融政策にpre-setはない」と述べている。つまり瞬時瞬時に姿を変えていく経済やマーケットに対応して「あらかじめ決めたシナリオ通りに金融政策を展開するということはない」ということだ。

パウエル議長が就任したのは18年の2月5日。イエレン前議長の後任としてだった。昨年末からのマーケットの動揺は彼にとって「就任後初の危機」といえるものだったが、今回はうまくかじ取りをして乗り切った。むろん今後も危機は訪れるだろう。しかし議長に対する市場の信頼感は、今回高まったように思える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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