その後の「仮想と現実のゲーム」
第223回皆さんが今お読みになっている「man@bowまなぼう ~ 経済について楽しく学べる!」で、このところずっと面白いなと思っていることがある。それはこのページの上部やトップページにある“注目コンテンツ”が最近ずっと、筆者の書いた『仮想と現実』の2つの回になっていることだ。
なぜか。このサイトには筆者の手によるもの以外にも、興味を引かれる記事や文章がたくさんある。筆者はこの2本の他にも、実際に現地取材した『強さの秘密 現地から見る米国』や『金利上昇』などを最近書いている。なのに7月中旬から8月初旬に書いたこの2本が、11月半ばというのにまだ“注目コンテンツ”の地位を失わないでいるのだ。うれしいと同時に「まだそれ」という気分だ。なぜか?
よく見るとそこには「最近、皆様によく読まれている記事をピックアップしています」と書いてある。ということはこのサイトの編集者が無作為に選んでいるのではなく、アクセス数、滞在時間など客観的な尺度でこの2本が選ばれていることが分かる。なぜ読まれ続けるのかに関しては、筆者なりに推測している。しかしその推測は次回以降にするとして、今回はその後の「仮想と現実のゲーム(Pokémon Go)の展開」を書いてみたい。
深まるゲーム 増える参加者
実はこのゲーム、飽きられるどころかますますゲームとして深まり、そして目の子(筆者の肌感覚で見て)参加者は大きく伸びている。このゲームをしない人でも、街のあちこちでファンの集団を見かけるだろう。イベントデー、例えば東京なら上野・日比谷などの公園での「その手の人々」の多さに驚かれるだろう。特に最近見かけるのは、高校生などのジュニア集団だ。いつも数人で固まっているのでけっこう目立つ。そして新規の参加者だけでなく、2016年夏のサービス開始からしばらくの間プレイして、その後やめていた人々の再参加も多い。カムバック組だ。
それはPokémon Goの運営会社であるナイアンティック社の「人を動かすテクノロジーとアイデアを生む」というコンセプトが、今のところ企業戦略として成功している証拠だろう。その仮想現実ゲームとしての存在感は、人が実際に動いているという意味で、企業活動との関連は深まっていると考えることができる。人が動けば、そこには需要が生まれる。ファンである筆者も、その他所用とも合わせて一日に最低10キロは歩く。なので靴は減り、お腹も減る。様々な交通費も生じるし、それは私だけではない。需要を生む以上、企業としてはますます無視できない存在になりつつある。
奏功する仕掛け
7月から8月にかけて先の2回を書いて以降、この仮想現実ゲームには興味深い、いくつかの新展開があった。ファン層を厚く・熱くし、参加者を増やす仕掛けだ。「フレンド作戦」「色違い作戦」「憧れのポケモン(ミュウツー)の降臨作戦」など。その中でもっとも人為的な人々のつながりを作るものとして筆者が興味を持ち、明日のビジネスの一つの形と思っているのはフレンド作戦だ。
それは以前説明した「ポケストップで入手できるギフトを相互に贈り合う」ことによって、「友達 → 仲良し → 親友 → 大親友」とつながり度合いを上げていくもの。それぞれの段階で各種メリットが付与される。ポケモンを撃ち落とすためのボールの数が増えたり、特別なレイド(EXレイド)の招待状を贈り、贈られたり。そしてポケモン交換(この機能も重要だ)のコストも、親密度が深まるにつれて低減する。つまりゲームをより楽しめる。周りを見ても、このシステム故にゲームに参加している人々の親密度が増し、オフ会(現実世界で実際に参加者が会合する)が増えている。
色違い作戦は人間心理を微妙にくすぐるものだ。オリジナルなゲームにも存在する仕掛けだが、本来は黄色のポケモンに例えば相当に希有(けう)な存在としてピンク色を混ぜる。すると機能や潜在能力は同じかむしろ落ちるのだが、それがゲーム参加者の「それ欲しい」という所有欲を著しくくすぐる。それが欲しいが故にゲームに関わる時間を増やした人が筆者の周りにも数多(あまた)いる。冷静に考えればあまり意味はないのだが、そこが面白くて「本来とは違う色のポケモン」がどうしても欲しくなる。人間心理の機微を突く。
ゲームの主役も入れ替わっている。先の2回を書いた時点からその後しばらく、ゲームの主役は「ミュウツー」と呼ばれる秀麗な最強ボスポケモンだった。それの良い個体値を欲しいがために、歩き回り、レイドバトルをした人を数多く知っている。しかしそのミュウツーは降臨して、通常のレイドボスとなった。その時にファン層が大きく伸びた。ミュウツー捕獲のややこしい手順が省略されたためだ。ミュウツーは一番強いポケモンの地位を今後も保つ予定だが、特別なレイドの主役は降りて、今は「デオキシス」がその役割を務める。
デオキシスはミュウツーに比べるとポケモンとしての魅力は大きく落ちる。なのに全体的に見ればゲームとしてのPokémon Goの魅力は上がっているし(各種の仕掛けが奏功している)、それがより多くの人々を動かし、そしてうれしさ・悲しさを与えている。
今までのゲームといえば人々を静止させるものだった。しかしこの仮想現実ゲームは人々を時に海外に誘い(イベントが海外で行われるケースがあり、直近は台湾で開催)、街を歩かせる。これは考えればすさまじいことだ。商売の基本は「人々を動かす」(心理的、物理的)ことだが、Pokémon Goはそれができている。
有力人材が移動
面白い「人」の動きも見られる。元・日本マクドナルド CMO(最高マーケティング責任者)で、業績低迷に苦しんでいた同社V字回復の立役者のひとりとなった足立光氏が、今年9月末にナイアンティックに転職したのだ。筆者はこのことを事前にある程度聞いていたが、「とっても面白い動きだ」と思った。マクドナルドという究極のリアル世界から、仮想現実ゲーム会社への転職。足立氏は同社のアジアパシフィック プロダクトマーケティング シニアディレクターに就任した。ゲームのユーザー獲得に尽力し、マーケティングチームのマネジメントの任に当たる。
この動きが興味深いのは、足立氏が日本マクドナルド時代にPokémon Goとのコラボレーション(スポンサー契約、マクドナルド商品の購入による特殊ポケモンゲットチケット配布、EXレイドの場所提供など)といった話題性のある企画を仕掛け、「裏メニュー」や「グランドビッグマック」などの製品仕掛けと共に、日本マクドナルドを復活に導いた立役者の一人だったという点だ。
筆者はまだ足立氏にお会いしたことがないので直接聞いてないが、仮想現実ゲームの世界に「面白い未来」(“好き”を超えた)を感じたからこそ入ったのではないか、と思う。彼はナイアンティックと組む中でPokémon Goが実際に人々を動かすパワーを見て、その潜在力を体感したからこそ職場を変えたのではないかと推察する。誰とは書けないが、Pokémon Goが好き故に、某通信会社からナイアンティックへの転職が頭をよぎった人も、筆者は知っている。
ナイアンティックはGoogle EarthやGoogle Mapの責任者を務めたジョン・ハンケ氏らが2015年にGoogleから独立して作った企業。今でもGoogle出身者が多い。日本法人もそうだ。「イングレス」や「Pokémon Go」など地図とテクノロジーを連携させた仮想現実ゲームを展開、今後は「ハリーポッター」ゲームの提供を予定しているという。
先の2回の中で「仮想と現実は意外に近いし混然一体だ」的なことを書いた。それをどの程度の人が納得してくれたかは分からないが、台頭し汎用となりつつあるテクノロジーがリアルに食い込む中で、経済の形やマーケットの関心が変わってくることは確かだと思う。