仮想と現実 - 企業活動への影響
第215回米中貿易摩擦真っ最中だが、そのことは既に何回も取り上げてきたので、今回はがらっと目先を変えた話をしたい。「仮想」と「現実」の狭間にあるとでもいうべき存在の「仮想ゲーム」が、現実の企業活動にも影響を及ぼし始めており、なおかつそれが、例えばゲームのキャラクターを提供している任天堂や運営主体のナイアンティックなどだけでなく、様々な企業にとっての「材料」となる可能性についてだ。
株価とは、およそ世の中のあらゆる事象を消化しながら形成されるものである。そのため、普段はゲームに興味がないという人でも、今回と次回の内容は頭の隅に残しておいていただきたい。
投資家には将来、街歩きならぬ「ネット歩き」がおそらく必要になる。筆者の考え方は、「実は仮想と現実はかなり混然一体として存在する」というものだが、ネットのパワーが伸張していることでその境界線は一段と入り組んできていると思う。
ロコモコセット
全国のマクドナルド店舗で現在(2018年7月)展開中のキャンペーン「夏限定 肉厚ビーフ×パワフルエッグ アツいぜ!ロコモコ」。このセットメニュー(特製のハンバーガーにポテトとドリンクが付く)が好調のようだ。なにせ私自身も2日間で2セットも買ったし、老若男女を問わず買い求める人を多く見かけ、一部では行列もできていた。1セット700円前後で、マクドナルドが販売する商品の中でも比較的高価だと思うが、「普段はマクドナルドのお客さんではないだろう」と思われる客層にも売れているのが特徴だ。
理由は1つで、設定されたイベント日時に「Pokémon Go」の公式スポンサー企業(マクドナルドもその1つだ)のポケストップで、(アンノーンと呼ばれる特別な)「アルファベット・ポケモン」をゲットできる企画への「参加券」をもらえるからだ。Pokémon Goのアプリを起動し、かつその参加券に記載されているQRコードを使わなければそのアルファベット・ポケモンをゲットできない、という仕組み。
重要なのは、参加券を入手するためには“マクドナルドのアプリ”をスマホ上にダウンロードし氏名などを入力、そのアプリ番号を店側に提示する、という前提があること。
数多くの日本中(場合によっては世界中)のPokémon Goファンのスマホに、自社アプリをダウンロードさせることができれば、マクドナルドにとって大きなビジネスチャンスになる。現実(リアル)の店舗が、仮想のゲームを業績向上に結びつけようとする非常に興味深いケースだ。参加券がなければイベントには参加できないので、多くの(実に幅広い層に愛好されている)Pokémon Goファンが、ロコモコセットを買っているのだろう。
知る人 知らない人
実はこのマクドナルドのキャンペーン以前にも、ソフトバンクでも同様の企画があった。それは同じようにアンノーンゲットへの参加券をネット上で登録し、メールをもらうというものだった。しかし、この企画は延期となった。理由は「当初の想定を大きく上回る応募があり、多くのお客さまにスムーズに応募いただけるようにするため、準備の時間が必要と判断いたしました」というもの。
ソフトバンクはイベントを延期することに
ここで重要な点が2つある。1つは普段からこのゲームを楽しんでいる人にしか、これらの事象が知られていないということ。つまりゲームをしていない人には「全く関知・認知されていない」のだ。現実には不具合が発生したわけで、Pokémon Goの愛好者内では「ソフトバンクはこのゲームを甘く見ていたのではないか」との見方が大勢だ。ソフトバンクはファンを増やそうと思ったのに、逆にゲームファンの間では評判を落とした。
Pokémon Goはネット上のゲームなので、各自が持つスマホ、およびその通信性能は極めて厳しい評価の対象になる。それは普通にスマホを使っている人のそれより厳しいはずだ。それ故に、ソフトバンクは落ちた評価を今後何かしらの手段でリカバーする必要があるだろう。
2つ目は、そこには大きな「需要」が存在するということだ。このゲームの最大の特徴は「歩くこと」だが、それに関連する需要は多い。靴、服、飲料、そして外食。街の彼方此方(あちこち)で、興味のない人からすると“なんだか分からない集団”がスマホと取り組む姿は、もはや普通の光景となった。それをみても実に多様な人がこのゲームを楽しんでいることが分かる。しかも「伝説ポケモン」(ゲットが難しいポケモン)の登場以来、逆に増えているようにもみえる。
予測を上回り続ける需要
この需要に関して言うと、決してソフトバンクが例外なのではない。マクドナルドの参加券配布の方式は、関連イベントの中では例外的にスムーズに事が進んでいる方だ。その他のPokémon Go関連のイベントは、ほとんどが主催者の予測を超える需要の前にイベント途中からの実施要項の変更を余儀なくされている。
地方公共団体が主体となって行った昨年のイベント「ピカチュウだけじゃない ピカチュウ大量発生チュウ!」(横浜市主催、2017年8月開催)や、「Pokémon GO Safari Zone in 鳥取砂丘」(鳥取県主催、11月開催)は、ともに想定を大幅に上回るファンが集結。その結果、イベントカバーエリアの拡大や、人の流れや一般交通への規制などの対応が必要となった。
なぜそのような予想を上回る需要が生まれるのか。1つはネット上全体の人・モノ・カネのムーブメントを正確に捕捉する手段が少ないこと、2つ目はゲームに対するプレーヤーの熱意を測る手段が乏しいこと、3つ目は主催者側にある「そうはいってもしょせんはゲーム」という認識が甘い見通しを立てさせる傾向にあることだと思う。
最後の点が重要で、企画する側はゲーム(とその愛好者)の素性をよく知らないで、「面白そうだからやってみよう」「街おこしになる」的な安易な発想になりがちだと思われる。かつ、普段からそのゲームをしている人も運営側には少ないのだろう。かくして、そのゲームにかなり熱を持つファンがどっと集まると、計画の当初予定は大きく狂うことになる。
そこに存在するのは「仮想世界の需要」を「現実世界のニーズ」に置き換えることの難しさだ。イベント期間中、横浜も鳥取も近隣のホテルは全て満室となった。2016年の7月22日から始まったこのPokémon Goも間もなく2年になる。この間の推移を見ていると、様々な形で生じている仮想世界の需要を、現実の世界、企業、地方自治体が「どう受け止めるのか」は、実は大きな問題だと思われる。どう受け取るかは、マーケットにとっても課題だ。アンノーンに関連する企業のイベントは、このあとイオン、ジョイフル、タリーズ・コーヒーなどと続く予定。
Pokémon Goは1つの仮想ゲームにすぎない。その他にも現実に影響しそうな仮想世界の出来事はいっぱいあるだろう。「街歩きならぬネット歩きが必要」という筆者の意見に賛同してもらえただろうか。この問題はもう1回扱いたい。(続)