金融そもそも講座

トランプ大統領とその経済政策就任以来一貫している行動原理とは

第211回

前回の最後は「なんという自家撞着(じかどうちゃく)・自己矛盾か」というやや厳しい表現で終えたが、実は常に一貫している点がトランプ大統領にはあると思う。今回はそれも視座に入れて、何をもって大統領は経済に関わる政策を決めているのかを考えてみたい。

もちろん、政策決定は一人でできるものではなく、経済閣僚が重要な役割を果たす。しかしトランプ政権の陣容は、閣僚やホワイトハウス高官を含めて就任直後から激しく替わってきた。善しあしの問題は別にしてそれは「トランプ大統領がその強烈な個性をもって米国という超大国を動かしている」という事実の裏返しだろう。大統領の「行動原理」を理解しておくことは、ますます重要なのだ。

消えた家族

本題に入る前に。トランプ政権について最近思うのは、「イバンカさんやクシュナーさんなど政権発足当時に話題になった人達はどこに?」という疑問だ。筆者は一応英語ができるので米国のメディアにもしっかり目を通しているが、この2人(夫妻)それにトランプ・ジュニア達の名前をとんと見なくなった。何人かはホワイトハウスでは席をもらっているはずなのに。

多分それは“トランプ大統領的に”ではあるが、政権の陣容が整ってきたということだと思う。政権発足当初は、にわか政治家・大統領だったので「どう陣容を組んでいいのか分からない」という状態で、自薦・他薦で政権を構成した。その分、自然と家族に頼っていた側面が強かったのだと思う(彼の会社も言ってみれば家族経営だ)。しかしその後やはり国務長官を含めて、「自分と考え方が同じ、少なくとも自分の考え方を尊重する人」を中心とする布陣となってきた。従って、家族の出番がなくなってきている、ということだと思う。

考えてみれば、イバンカさんは「パリ協定からの離脱」に反対していた。もしかしたら、家族のほうがトランプ大統領の考え方に反対しているので出番が少なくなってきているということも考えられる。ということは、今のトランプ政権は「大統領の思うとおりに動き始めた」といえるかもしれない。その意味でも彼の行動原理を把握しておくことは必要だろう。

成功体験

閑話休題、本題に入ろう。多分、トランプ大統領が経済政策の策定で一番重視しているのは「票」だ。これには注釈が必要だ。なぜなら民主主義国家の政治家なら全員が選挙で選ばれる。その意味ではオバマ前大統領も日本の安倍首相も同じだ。政治家は、誰でも票そしてそのベースになる「国民の支持」が必要だ。その種の調査の正確さには疑問が付くが、それでも政治家は世論調査をとっても気にする。気にしていないと公言している政治家でも、実はそのスタンス(重視していない、という姿勢)をウリにして人気を得ようとしているケースもある。

なかでもトランプ大統領は票重視の姿勢が強い。トランプ大統領の経済政策を理解し、ツイッターで重要人事まで発表してしまうそのスタンスを考える上では、一番重要なポイントだ。「トランプ大統領は他のどの政治家よりも票を計算して政策を決めている、発言している」という事実を理解することはとても重要だ。なぜなら、他の政治家には言ってみれば「建前」があって(実際には票をとっても気にしていても)それをオブラートに包む傾向があった。トランプ大統領は違う。ストレートなのだ。

トランプ大統領は1946年6月14日生まれ。来月には72才になる。その年齢からして「2期目は目指していないだろう」と思ったら間違いだ。本気で2期目を常に意識して政治を動かし、政策を決めている。彼はどうみても世間の予想を覆して大統領になった。実はトランプ大統領自身も「自分が当選する」と思っていなかった節すらある。それでも、選挙時に掲げた政策(公約)と、日々繰り出すツイートなどの言動や振る舞い、政治家としてのスタンスで、その結果当選した。重要なのは、トランプ大統領が「それらを崩してはならない」と自分に言い聞かせているように見れることだ。

選挙前には「大統領になれば、彼もスタンスを変える」と多くの人が予測した。しかしトランプ大統領は選挙運動時の物言い、政策、スタンスを変えていない。恐らく「これでなければもう1期は狙えない」と考えているのだろう。変えちゃ駄目だ、と。

なによりも票

なので、経済政策として一貫性がとれているかどうかという問題ではない。一番特徴的なのは「運動期間中に選挙民に人気のあった政策を忠実に実行しよう」というスタンスだ。

鉄鋼・アルミの輸入関税賦課も言っていたし、対イラン政策も選挙時の発言を実行しようとしている。メキシコとの国境に壁を建設すると言って失笑を浴びたこともあったが、今でもそれを真剣に進めようとしている。新しく組み直している予算に(壁建設に充当される予算の不足を理由に)「ダメ出しする」と言って、一時は政府機能を停止することをいとわないスタンスまで取った。そういう意味では、「自分が選挙民に言ったこと」を最後まで忠実に、いつも頭の中に残している大統領だといえる。普通は簡単に忘れる。

それは恐らくトランプ大統領にとっての「成功体験」がそこにあるからだ。最初の選挙での成功をもたらしたもの ―― 公約と、今までの政治家とは違うスタイル ―― を維持することが、この原稿を書いている時点で残り半年を切った今年秋の中間選挙、そしてそのまた2年後の大統領選挙に勝つ秘訣だと確信している可能性が強い。

そしてその手段が「ディール」なのだ。それも徹底している。日本の安倍首相とは良い関係だと思われていたし、そこに日本の関係者は期待した。日本製の鉄鋼・アルミへの関税賦課は対象外になると。しかしトランプ大統領は安倍首相との緊密な関係を維持しながら、「これは外したら日本はまた動かなくなる」と考えたのか、日本を適用除外とはしなかった。その意味ではトランプ大統領のディール・スタンスは徹底している。

それではトランプ大統領の経済政策をどう理解すればいいのか。

多分それは第一に「選挙運動時点で選挙民にどう約束したか」と照らし合わせることであり(なぜならトランプ大統領の成功の原点なので)、その次には「ディールの手法」を予測し、出方を先読みする事、さらには日々のツイートの微妙な「振れ」を読み解くことだと思う。次回はそのあたりを詳(つまび)らかにしたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。