金融そもそも講座

トランプ大統領とその経済政策低金利を持続できない自己矛盾

第210回

「トランプ大統領と経済政策」の第2回だが、このところつらつら考えるに「トランプ大統領には特筆するような一貫した経済政策なるものはあるのだろうか」と悩んでしまっている。「○○の経済政策」という場合には、レーガノミクスとかアベノミクスとかの「○○ノミクス」という表現が使われることが多い。しかしトランプ大統領の経済政策について「トランプノミクス」という言葉が使われることは、今ではほとんどない。米国でも日本でも。

この言葉が使われたのは、彼の考え方の輪郭が浮かんできた候補者時代の後期から当選直後までの短い期間だ。しかしその後は、彼の変幻自在のツイートや自身が打ち出す様々な措置が回り回って彼の別の狙いの障害となるという、「ちぐはぐな事」が積み重なり、一つの言葉での表現が難しくなっている。

トランプノミクス?

一時期使われた「トランプノミクス」という言葉の意味を確認しておこう。野村證券のサイトでは

第45代米大統領に選出されたドナルド・トランプ氏による経済政策の呼称。「強いアメリカ」を目指し、所得税・法人税などの大型減税、インフラ投資の拡大、大規模な規制緩和策などを打ち出した。同じく大幅な減税や規制緩和などを行ったレーガン第40代米大統領による「レーガノミクス」と比較されることも多い。

2016年11月の米大統領選でトランプ氏の勝利確定を受けて、日本など世界の金融相場が一時乱高下したことを「トランプショック」、その後一転してトランプ新政権への期待から、世界的な株式相場の上昇などが続いたことを「トランプ・ラリー」と呼ぶことがある

と解説している。

確かに相当大きな「トランプ・ラリー」はあった。今年の初めまでだ。株価は好調で高値を追った。前回も触れたが、「株価に敏感」なトランプ大統領も満足だったろう。しかし今年の春になってトレンドは変わった。ダウ工業株30種平均にしろNASDAQにしろ、今年に入ってからの上げ分を失い、昨年末の水準を下回ることも多くなった。ではなぜ「トランプ・ラリー」は失速したのか。

その一つの理由は、この文章を書いている時点での米国の長期金利にある。2014年の1月以来、実に久しぶりに3%の水準に乗ったのだ。持続性は分からないが、これは様々な側面から株式市場には打撃になる。10年債利回りは、住宅ローンの基準金利であったり変動金利の元であったりする「ベース金利」であり、経済に影響を与えることが多い。その金利が上がれば、株式市場にとって強力な競争相手の登場を意味するし、資金を銀行から借り入れなければならない企業には打撃となる。

低金利好きなのに

よく知られていることだが、不動産業者としてこれまでの人生を送ってきたトランプ大統領は「低金利が好き」なビジネスマン(転じての政治家)である。当然だろう。不動産業は多くの借り入れを銀行に頼っている。その際の借入金利は低い方がよい。銀行に限らず様々な方面からの資金調達は、低金利が当然好ましい。「私は好きだ」と言っていたにも関わらず「オバマ前大統領の任命だから」という理由で結局は更迭した、イエレン米連邦準備理事会(FRB)前議長の後任選びでも、「低金利を選好する人物」をベースとして探したと言われる。今のFRBの「利上げ路線」にも、機会があったら何か口を出そうと思っているのだろう。

しかし重要なのは、今の米国の長期金利上昇の大きな要因を作っているのは、利上げを実施しているFRBではなく、実はトランプ大統領そのものだということだ。米連邦公開市場委員会(FOMC)の利上げで、実は米長期金利はむしろ下がった。米経済の先行き鈍化・インフレ抑制(姿勢)が読めたからだ。

ところが、本来なら低金利が好きなはずのトランプ大統領は、米債券市場に2つのバズーカ砲を放った。財政赤字を膨らます危険性のある積極財政と、モノの値段を上昇の方向で歪める保護貿易政策の導入だ。所得税・法人税などの大型減税や、インフラ投資の拡大は、確かに経済の活力を高める。しかしそれは「財政赤字が膨らむのではないか」との懸念と隣り合わせだ。そして選挙公約通り「大型減税」を実施し、株式市場は当初それを好感した。しかしマーケットはやがて「その後」を考えるようになる。

実際に米政府の長期債発行が増え始めており、「この先、長期金利は上昇圧力を受けるのではないか」との懸念が台頭している。その懸念が利回りの上昇となって表れているし、それが株式市場に打撃となっている。

保護貿易は物価を上げる

鉄鋼・アルミなどへの新たな関税賦課、中国との貿易戦争の懸念も、米国長期債の下落(利回り上昇)要因だ。何故か。それは「保護貿易」が、株式市場にとって望ましかった世界的な低インフレ状況を、脅かしているからだ。トランプ大統領登場前の世界は「貿易の自由化」が大きな流れだった。世界貿易機関(WTO)の体制もそうだし、環太平洋経済連携協定(TPP)もそうだ。米国の貿易政策もずっとそれを目指した。貿易が自由ということは、世界的に「一番良質で安価な製品が割高で質の悪い製品を駆逐する」ということ意味する。つまり「自由貿易」が物価下落の環境を作っていた。

しかしトランプ大統領は、米国が長く旗印にしてきた「自由貿易」に、国内の政治要因から様々なタガをはめようとている。自由なモノの流れを阻害しようとしているのだ。具体例を挙げる。鉄鋼・アルミ輸入への新たな10~25%の関税は、当然ながら米国内で「一部製品の値上がり」を招いている。依然関税引き上げの対象である日本の鉄鋼品は、「日本にしか作れないモノ」も多く、その他の国の製品では代替できない。とすると、日本製の高品位の鉄鋼は米国内で品薄・割高になる。実際に、新たな輸入関税賦課の実施から米国での鉄鋼相場は大きく上がっている。

アルミも同様の理由に加えて、対露制裁の対象にロシアのアルミ大手ルサール(世界供給の6%を占め、中国メーカー以外では最大手)が加わったことから、当初は米国内で急騰。日経の記事「アルミ、米ロ対立が翻弄 」(4月25日付、日本経済新聞 朝刊)によれば、LME相場は同制裁発表前から一時35%も上昇して1トン当たり2718ドルになったという。

これに慌てたのは米国のほうだった。なので、ルサールに対する制裁実施を先延ばしせざるをえなくなった。

米国の貿易面での「自由阻害」は、今後も対中国などで続くと思われる。何人かの閣僚が交渉のために中国を訪れるなどしていているが、トランプ政権が自由貿易に背を向けていること自体が、米国内のインフレ懸念につながっている。当然、トランプ大統領が望む「低金利状態の持続」は、難しくなっているのだ。なんという自家撞着(じかどうちゃく)、自己矛盾か。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。