1. 金融そもそも講座

第212回 トランプ大統領とその経済政策
予測不可能性こそがパワーの源泉

「トランプ大統領とその経済政策」は今回で終了にしたいが、最後に書いておきたいことがある。それは、この大統領の下では経済分野でも「サプライズは続く」ということだ。実際に彼の統治に関わる考え方とその手法は、驚きに満ちている。

例えば米朝首脳会談を巡るon - off - on……を見てもそれは明らかだ。米中貿易摩擦、ZTE問題などを見ていると、経済に関わる政策でも「同大統領が最後はどちらに動くかを見抜くのはなかなか難しい」ということが分かる。重要なのは、その「予測不可能性」がトランプ大統領という人物の率いる政権にある種のパワーを与えているという点だ。北朝鮮は明らかにトランプ政権の予測不可能性に恐れをなし、そしてもう一方で「逆にこの人ならチャンスがあるかもしれない」と考え、直接交渉を持ちかけた。

輸入車に25%の関税?

今の世界でトランプ大統領の予測不可能性に“くらくら”さえする恐怖を抱いているのは、自動車メーカーだろう。もちろん日本のメーカーもそれに含まれる。何せ「計画策定の初期の段階」としながらも、鉄鋼・アルミに続いて輸入自動車に対して25%の関税実施を検討し始めており、それを「米国の自動車産業で働く労働者にとっての朗報」とさえ言っているのだ。

これには日本のみならず世界中の自動車メーカー関係者が、「信じ難い」(トヨタ)と言っている。歴代の米国大統領なら決して言い出さなかった“サプライズ”だ。このニュースを見て最初に思ったのは「消費者目線が全くない」というものだ。米国の消費者は、自国メーカーの自動車に必ずしも満足していないから、日本車を含む海外メーカーの車を買っている。海外メーカーは米国内で生産している分も多いが、それでもかなりの台数を「米国への輸出」という形で持ち込んで、米消費者に提供している。

その輸入車に現在の10倍の25%もの関税をかけたらどうなるのか。当然その分だけ消費者の支払い負担は増える。これは米国の消費者の購買力が低下することを意味する。高率な関税をかけられた諸外国も黙ってはいないから、世界の貿易は縮小し、今うまく稼働している世界の経済は乱気流に放り込まれるかもしれない……。そんなことは分かっているのに平然と、中間選挙とその次の大統領選挙での「自動車産業労働者の票」欲しさに、輸入車への25%関税を言い出す。

冗談をリアルに

恐らく彼は冗談で言っているのではない。かなり本気だ。「鉄鋼・アルミでの関税大幅引き上げ」も、最初は世界の関係者はバカげていると考えたが、あれよあれよという間に実施に移されてしまった。その結果、両製品の米国での国内価格は上昇し、米国の物価を押し上げてしまった。トランプ大統領という人は、「冗談」を「リアル」に持ち込む名人だ。

しかし実施に至るまでには、多分多くの紆余曲折(うよきょくせつ)がある。例えばその目線の先にある、日本とドイツ。両国とも戦後長い間米国にとっての同盟国だったが、トランプ大統領にはそんなことは関係ない。とにかく「日本とドイツに対米黒字を減らさせる」「それを中間選挙、さらには次の大統領選挙でのウリにしたい」と真剣なのだ。そしてその姿勢がいつでも変わりうることにも注意すべきだ。もしかしたら日独のメーカーが米国での「新たな工場建設」を発表すれば、あるいは日独が「米国製軍装備の購入増」を発表すれば、トランプ大統領の姿勢も180度変わってしまうかもしれない。果たしてどう転ぶのか、おそらく誰にも分からない。そしてその予測不可能性こそが、トランプというかつてないタイプの米国大統領にとっての一つの「パワーの源泉」になっているのだ。

北朝鮮情勢を考えれば分かる。北朝鮮が並進路線(核開発と経済建設を同時に進める)を放棄して経済再建の方向に舵(かじ)を切ってきたのは、表面的には「核大国の地位を得たから」というものだろうが、実際には「何をしてくるか分からないトランプ大統領」を恐れたことも大きいのだろう。小学校時分でもそうだったが、何をしてくるか分からない悪ガキは恐れられるものだ。

どんでん返し

彼が打ち出す政策・対策は「どんでん返し」の連続だ。それを言い換えればサプライズということになる。ムニューシン米財務長官は5月18日に「中国との貿易摩擦は当面は保留中」と発言。しかしその10日後には、「6月中旬にも中国製品に追加関税を発動する」と表明した。それで再び米中の貿易摩擦が激化しそうな雰囲気になった。重要なのは、読者がこのコラムを読むころにはまた情勢は変化しているかもしれない、ということだ。

6月中旬といえば、on - off - onと展開した米朝首脳会談(本稿執筆時には6月12日に開催の方向)の直後かもしれない。トランプ大統領の頭の中ではそれらが混然と位置し、しかもその位置取りは常に変化している。この米朝首脳会談で中国が良い役回りをすれば、対中追加関税は実施延期となるかもしれない。大統領の頭の中でのそれぞれの問題の関わり具合が分からないので、それらのバランスがどう変化するか、不明なのだ。

その典型はZTE(中国通信機器大手、中国名は中興通訊)に対する制裁問題だ。同社製品がイランなどに流れているとして、同社を米企業との商取引禁止処分とした。米国製部品がないとスマホなどが作れないZTEは、経営上でも大ピンチに。同社のスパイ行為疑惑(サイバー空間での)などを懸念していた米議会は、これを支持。

しかし習近平・中国国家主席からの電話を受けて同大統領は、「事業を再開できる方策を習主席と協議している」とツイートした。これには米議会も驚いた。今のところ「13億ドル(約1400億円)の罰金とともに経営陣を変更し、高度なセキュリティー保障を提供すれば事業の継続を認める方針」となっている。当初案との乖離(かいり)にはがくぜんとするし、それが平然とできる大統領なのだ。「どうなるか見てみよう」が彼の口癖だ。

多分この手のどんでん返しは続く。安倍―トランプラインは強固だと世間では思われている。しかしそう言われていた中でも、「安倍首相は、これほど長く米国をだませるとは……とほくそ笑んでいる」と言ってのけた。

要するに、実に、実に常識や経験則では分からない人なのだ。

そして摩訶不思議なことに、その予測不可能性こそが時として彼のパワーを世界に強く印象づける。恐らく貿易交渉でもトランプ大統領は相当手ごわいし、その予測不可能性は国内経済政策の分野でも大いに発揮されるだろう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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