金融そもそも講座

トランプ大統領とその経済政策

第209回

相変わらずマーケットを振り回し、「何を言い出すか、何が飛び出すか分からない」といわれている米国のトランプ大統領。しかし就任から一年が過ぎ、「独特の統治スタイル」のバックボーンとなる思考パターンのいくつかが見えてきた。歴代の大統領に比べて「理念」といったものはない。その代わりにあるのは「独特の思考スタイル・問題への対処法」だ。

マーケット参加者として難しいのは、彼の発言の真意・仕掛けを把握するばかりでなく、その言葉(ツイート)が発せられた後に「マーケットがどう反応するか」の二段階予測をしなければならない点だ。しかし、そもそも的に「彼の特徴的な思考スタイル」を頭に入れておくことには意味がある。弾劾されない限り、少なくともあと2年半は米国の大統領であり、マーケットを動かし続けるからだ。「トランプ経済政策の実相」を数回にわたって取り上げる。

習近平とは友達

重要人事から、(反体制派支配地区に対して化学兵器を使ったと思われる)シリアのアサド政権に対する攻撃の示唆までツイッターに書き込み、実質的に「公式発表」してしまうトランプ大統領。その一連のツイートの中で最近一番ビックリしたつぶやきは4月8日午後9時12分に発せられた。その前数日で「米中貿易摩擦の激化」予想を背景に株価が大きく下げた後だった。彼はこうツイートした。

President Xi and I will always be friends, no matter what happens with our dispute on trade. China will take down its Trade Barriers because it is the right thing to do. Taxes will become Reciprocal & a deal will be made on Intellectual Property. Great future for both countries! 9:12 PM - Apr 8, 2018

翻訳すると「米中間の貿易にかかわる紛争に何が起きようとも、私と習近平氏は今後も常に友人でいるだろう。中国は自国の貿易障壁を取り下げるだろう。そうすることが正しいことだからだ。関税は互恵的なものになり、知的財産に関しては取引が成立する。米中両国には偉大な将来が!」となる。

つい数日前までは中国を巨額の対米黒字や知財侵害などで激しく非難し、制裁関税対象額の引き上げ合戦を展開し、世界もマーケットも「米中摩擦どうなる。世界は貿易戦争に突入か」と身構えていた直後のツイートだ。筆者は一瞬目を疑った。「今までのトランプ大統領の言動のどこから、この優しい言葉が出てくるのか」と。

株価に敏感

トランプ大統領や同政権に関して今や筆者が確信を持っているのは、「株価の下落にとっても敏感に反応する人たちだ」ということ。実は株価が下げた後にマーケットの懸念を消すような言動を取ったことは過去にも2~3回あった。何か本音を漏らしてしまい株価が急落する。すると「これはまずい」とばかりにマーケットをなだめる発言を行う。この4月8日のツイートで、「トランプ政権は株価に敏感」という見方は否定しがたいものになったと思う。

その最大の理由は、「トランプ政権は実質的に経済人内閣」ということだ。皆「株価」が持つメッセージ性をよく知っている。彼も、彼の閣僚も。なので自身の発言で株価が大きく下がったときには、その後「修正発言」が出てくるわけだ。

その際のマーケットの先行きは「チャンス」と見てよいケースが多いということだろう。むろん問題の質やタイミングはある。

実は「マーケットをなだめる発言」をその週末に行ったのは、トランプ大統領ばかりではない。有名なテレビ番組「Face the Nation」に出演したムニューシン財務長官は「(対中)制裁関税の実施は差し迫ってはいない。取引を成立させ、貿易戦争を回避できる十分な交渉時間がある」と述べた。その前の木曜日には「私は望まないが、(米中の)貿易戦争の可能性もある」と発言していたのとは、大きくトーンが異なっていた。

筆者が次に思っているのは、「今までの中国に対する厳しい姿勢、制裁警告は、中国と有利に交渉したいがための環境作りだった」という点だ。というのは「中国が貿易障壁を撤廃し、関税が互恵的になり、知的財産に関しては取引成立」という楽観論の根拠はこのツイートのどこにも記されていないからだ。理由もなしに楽観論に転じるというのは、それまでの姿勢が「確信・信念」に基づいていないことを示している、と考えられる。

そこには「姿勢を貫く」といった一貫性はない。相手から妥協を引き出すためにあえてポーズを取っているのだ。時にはそれが「脅し」に聞こえる。トランプ大統領は最近、自分を取り巻く重要閣僚や補佐官をほぼ全員すげ替えた。自分と考え方が似ていたり、同じ空気感を持っている人々に替えたのだ。政権全体が同じ色に染まっているともいえる。

それを読んだ習近平

この2点、つまり「トランプは株価に弱い」「強硬姿勢は交渉を有利にするための環境作り」を見事に読み切ったのが、中国の習近平国家主席だろう。彼はトランプ大統領の「私と習近平氏は今後も常に友人でいるだろう」とのツイートから2日後にアジア版ダボス会議と言われる博鰲(ボーアオ)アジアフォーラムで講演した。

3月下旬に米中摩擦が激化して以降、習主席が公の場で貿易問題について初めて発言したが、米国の姿勢には直接言及しなかった。論点を微妙にずらして、中国国内市場を外資にさらに開放すると同時に、自動車などの関税を下げて輸入を拡大する方針を示した。筆者は思わず「うまい」と唸った。トランプという人を読み切っている。

「外資への開放」に関しては、中国で証券や保険、自動車製造を営む場合に外資の過半出資を認める。今までは過半は認めていなかった。証券は49%まで、保険は50%まで。習主席はさらに「トランプ大統領の不満」を間接的に受ける形で「中国は貿易黒字を追求せず、本心から輸入を拡大し、経常収支をバランスさせたい」と表明して、輸入を拡大する方針を示した。

習主席はまた、自動車関税を大幅に下げるほか、その他の商品の関税も下げる方針を明確にした。米中摩擦の核心の一つである知的財産については、保護強化の考えを強調、「中国での外資の合法的な知的財産を保護する。同時に外国も中国の知的財産を保護してほしい」と述べた。知財侵害の取り締まりを強化し、知財関連の中国政府組織も改組する方針を示した。

米国の対中姿勢の硬化に対して中国がどう反応するか。世界中が見守っていた。それがこの穏やかな対応だ。マーケットは安心した。習主席が中国の主要輸出市場である米国を意識したのは間違いない。「開放は進歩をもたらし、閉鎖は立ち遅れを招く」と現在の米国政府の姿勢を暗に批判し、中国は「貿易投資の自由化を進め、多角的貿易体制を保護する」と語って「自由貿易の新たなチャンピオン」として振る舞った。

毎週のように人を替え、怒りや重要政策を140字でツイートするトランプ大統領。対して、直ちに対応するのを避け、時には数カ月も沈黙を守っておもむろに新たな政策・施策を発表する中国の習主席。多分心の中を読まれているのはトランプ大統領のほうだ。習主席そして中国は、冷静に読んでいる。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。