信用のよりどころを失いつつある米ドル
将来的に現状のような、あるいはそれ以上の円高・ドル安が定着すると仮定した場合、その背景として2つのポイントがあると思われます。ひとつは、米ドルが世界の基軸通貨としての信用や特権を失いつつあるという点です。
およそ40年前の1971年8月15日、当時のニクソン米大統領は米ドルと金の交換停止を発表しました。これにより、国際通貨体制は米ドルを中心とした固定相場制から変動相場制へと移行します。金の価値という裏付けを失った米ドルは他の通貨と同様に、国際的な信用の度合いによって価値が変わる「信用通貨」のひとつに過ぎなくなったわけです。
ただし、それ以後も米国は圧倒的な経済力や軍事力を後ろ盾として、米ドルを国際決済通貨すなわち基軸通貨として君臨させ続けました。いわば総合的な国力に対する信用が、金の価値に代わる米ドルの裏付けとなり、米国もその信用を国内の経済成長や軍事費調達などに利用して国力の維持・強化を図るという関係が、長年にわたって続いてきたのです。
残念ながら米国は、こうした基軸通貨の特権にあぐらをかいてきたと言わざるを得ません。例えば国内の景気回復を目指すにあたって、米国は世界から何の制約も受けずに米ドルを増刷することが可能であり、事実そうしてきました。国際決済通貨や基軸通貨としての信用を維持する上で、本来ならば財政規律を重んじながら米ドルの流通量に気を配っていく必要があるはずですが、米国はそうした国際的な役割よりも、むしろ自国の都合を優先してきたように見えます。
野放図な通貨運営の結果として、米国は財政と経常の“双子の赤字”に陥るとともに、対外債務国に転落し、さらには複数の戦争参加を通じて経済も人心も疲弊して、信用のよりどころだった国力が大きく衰退しました。。最近では中国などの新興国を中心に、外貨準備の運用先を一部、米ドル以外の金融資産へ振り向ける動きが目立つなど、世界の米ドル離れも進みつつあります。
国際的な米ドルの信用低下を具体的にイメージするのは難しいのですが、ひとつのヒントとして、例えば米ドル建てで表示される金の国際価格を見てみましょう。かつて1944年に定められたブレトンウッズ体制(固定相場制)の下では、金は1トロイオンス=35ドルと規定されていました。それが今年(2011年)8月22日には一時、史上初の1,900ドル台を記録しています。金の国際価格は67年間で54倍となり、反対に米ドルの価値は約1.9%にまで下落したことになります。
日本や円に対する市場からの懸念が高まる可能性も
こうした米国および米ドルの信用低下は、2つめのポイントと深く関係してきます。それは物価変動の影響を考慮しながら、複数の主要通貨の実力を割り出した「実質実効為替レート」などから導かれる通貨の純粋な実力や実態を見るかぎり、現状からさらに円高・ドル安が進む余地は十分にあると考えられる点です。
日銀のデータによると、1ドル=77円台だった今年8月初旬の実質実効為替レートは105.11でした(2005年=100)。それを1995年4月の円高進行時に記録した151.11と比べると、まだ3分の2程度の水準にすぎません。名目為替レートでは歴史的な円高・ドル安が進んでいるように見えても、実質実効為替レート上ではむしろ円安・ドル高が進んでいるともいえるわけです。
日本はここにきて貿易収支こそ悪化の傾向にありますが、経常収支は長きにわたって黒字であり、世界最大の対外純資産を誇っています。国力という信用のよりどころを失った米ドルが、単なる信用通貨のひとつとして世界の経済的な相対評価にさらされるとき、円の米ドルに対する評価が従来以上に高まるかもしれません。
今後の焦点は、将来的に「市場が何に注目し、何を懸念するか」でしょう。例えばこの先、米国や米ドルの信用低下が一層明確になり、世界のドル離れがさらに進んだとしても、それを上回って日本や円に対する市場の懸念が高まるケースも考えられます。
とりわけ財政赤字の削減や経済成長を目指す政府の姿勢に対して、市場はいま厳しい目を向けつつあります。日本は政府債務の規模が先進国中で最悪ですが、財政健全化への道筋はほとんど見えていません。少子高齢化やデフレといった構造的な問題を抱え、経済成長も限定されがちです。
これらが大きくクローズアップされるとき、反対に円安・ドル高が進む可能性も否定できません。次回はその点について、おなじみの「国債問題」も含めてさらに詳しく考えてみます。