BIS規制が貸し渋りや貸しはがしを誘発
公的資金の注入は、銀行の自己資本と大きな関係があります。自己資本とは、ひとことで言えば「返済する必要がない資本」のことで、株主からの出資金や剰余金、法定準備金、自社株式などがこれにあたります。銀行の場合、貸出金や保有有価証券などのリスク資産を含めた総資産に対して、自己資本が占める割合を「自己資本比率」と言います。
世界の中央銀行により構成されるBIS(国際決済銀行)では、自己資本比率について一定の条件を定めており、日本の大手銀行のように国際取引をおこなう銀行は、自己資本比率を常に8%以上に維持する必要があります(BIS規制)。加えて日本では金融庁が、地方銀行など国内業務に特化した銀行に対しても自己資本比率を4%以上に保つよう求めています。
一般に自己資本比率が高いほど、銀行経営の健全性は高いとみなされます。BIS規制が定める最低比率を下回った場合には、金融当局による行政処分の対象となるうえ、株主や市場からの不信を買うことになるため、各銀行とも比率の維持には非常に神経を使っています。なかでも問題なのは、株式や債券など保有有価証券の含み損益も自己資本に組み入れる必要があることです。
いまでも欧米の銀行はサブプライムローン関連など大量の証券化商品を保有していますが、それらは価格が大幅に下落したばかりか、まともに取引すらできない(買い手が現れない)のが現状です。日本の銀行は欧米のように証券化商品を大量に保有していませんが、企業との持ち合いなどで株式を多く保有しており、その価格は世界的な景気後退や円高の影響を受けて全体的に下落傾向にあります。証券化商品や株式の価格が下がって含み損が出た場合、銀行は時価会計の原則によって、それらを決算ごとに評価損として処理し、自己資本から差し引かなければなりません。
自己資本が減少すると当然、自己資本比率も下がります。銀行はBIS規制に対応するため、増資をおこなって自己資本(分子にあたる)を増やすとともに、貸出残高を減らして総資産(分母にあたる)を小さくすることを考えます。いま仮に、総資産が1兆円で自己資本が1,000億円(自己資本比率10%)の銀行があったとしましょう。決算で証券化商品や株式の評価損300億円を計上すると自己資本が700億円に減少し、自己資本比率が7%となって、BIS規制の8%を下回ってしまいます。このとき貸出金を1,250億円減らして、総資産を8,750億円まで圧縮すれば、自己資本比率は8%を維持できることになります。
このようにして銀行による「貸し渋り」や「貸しはがし」が起こりやすくなり、ひいてはそれが銀行から融資を受けている企業の経営悪化にもつながっていきます。企業の経営悪化や倒産が増えると、銀行の貸出金のなかで不良債権が増えるため、貸し倒れに備えて、不良債権に対する「引当金」を積み増す必要が出てきます。この引当金も決算ごとに損失計上というかたちで自己資本から差し引かれるため、さらに銀行の自己資本が傷むことになります。
直接注入方式と不良資産の買い取り方式
こうした悪循環を防ぐために、国は銀行に対して公的資金の注入をおこないます。注入の方法には大きく分けて、国が銀行株の購入などを通じて銀行の資本を予防的に厚くする直接注入方式と、国が銀行から不良資産や不良債権を買い取る方式の2種類があります。
たとえば米国政府は2008年10月、金融安定化法にもとづき、大手銀行のシティグループに対して250億ドルの公的資金を注入しました。しかし、これは直接注入方式だったため、シティには大量の不良資産が残り、評価損のさらなる増加が不安視されて、シティの株価はその後に大きく下落します。米国政府は翌11月に再度、シティに200億ドルを注入し、同時にシティが保有する証券化商品を最大3,060億ドルまで保証する(買い取る)という対策も打ち出しました。
日本でも1990年代のバブル崩壊時に、直接注入と不良資産の買い取りを合わせて22兆1,000億円の公的資金が銀行救済に使われました。その後、日本の銀行は保有株の売却を随時進めてきましたが、取り組みの成果は必ずしも十分ではなく、2008年9月中間決算において銀行の業績悪化は明白となりました。
日本政府は今回の金融危機による急激な株安に対応して、銀行の自己資本比率規制の一部緩和に乗り出したほか、改正金融機能強化法を通じて公的資金注入の条件を大幅に緩和し、地方銀行などを中心に幅広く公的資金の活用を促しています。しかしながら、中小企業向け融資の数値目標を課せられるなど、銀行のあいだには経営の自由度が低下するという懸念が根強くあるのが実状です。
シティグループは自身がほとんど破綻寸前の状態だったため、国の意向に従わざるを得ませんでしたが、日本の銀行は業績が悪化したとはいえ、まだそこまでは切羽詰まっていません。現在の申請型から強制型のいっせい注入に変更するなど、抜本的な措置を講じないかぎり、日本において公的資金注入の効果を期待するのは当面、難しいかもしれません。