今年も株式の新規公開、いわゆるIPO(イニシャル・パブリック・オファリング)が活発です。新興市場を含めた全市場ベースのIPO件数は、今年1月は1社だけにとどまりましたが、2月は24社、3月は21社、4月は20社と、昨年と同じように高水準の状態が続いております。IPO件数が減少する5月は4社程度になる見込みですが、6月は現在のところすでに12社が予定されており、今後もさらに増加する方向にあります。
今回のご質問は、株式公開に関して上場を果たす会社側から考えようというものです。まずは一般的なところから見てゆきましょう。
株式公開(IPO)とは、自分の会社の株式を証券市場を通じて誰でも自由に売買できるようにすることです。そのためには会社の株式を証券市場に登録しなければなりません。誰でも売買できるように証券市場へ株式を登録することを「株式の上場」と言います。「上場」と「公開」は同じことを指します。
会社の株式を自由に売買できるようにする、つまり誰でも株主になることができるためには、その会社がすぐに倒産してしまったり、会社の業績や財務内容にうそがあってはなりません。投資家が安心して株式の売買ができるために、株式の上場には厳しい基準が設けられ、証券取引所による厳格な審査が必要とされています。そのような基準や審査をクリアして会社は晴れて株式を公開することができるのです。株式の公開とは、言い換えれば会社が創業者の私的なものから、社会一般の公けのものになることを意味します。
株式を公開するには高いハードルが定められておりますが、それらの基準をクリアして晴れて取引所に上場した後には様々なメリットがあります。中でも最大のメリットとして考えられるのは、会社の社会的信用が飛躍的に高まることです。取引所が定めた上場基準をクリアしたことで、その会社の財務状態や業績の内容、目指す方向性が健全であるという公的な証明が与えられたことになります。上場によって会社の知名度も上がり、新卒社員の募集もそれ以前よりははるかに楽になるでしょう。金融機関に対する信用力も上がって銀行からの融資も受けやすくなります。
株式を公開することによる直接的な効果として、資本市場を通じた資金調達に道が開かれます。新規公開企業は、株式を上場する時点で公募増資を行うことが一般化しています。新しく株券を発行して広く一般の株主を募り資金調達をすることができるため、未上場のころには不可能だった大規模な資金調達が可能になります。しかもこの資金は借り入れではなく「自己資金」です。これによって財務体質が公開前よりも格段に強化され、調達した資金を思う存分、重点成長分野に振り向けることができます。
5月に東証2部に上場した平河ヒューテックは、電線や放送機器を製造しているニッチ企業ですが、IPOで調達した10億円強の自己資金をすべて工場設備のリニューアルに充てる計画です。同じく4月末にヘラクレスに新規公開した翻訳センターは、技術資料や研究論文の翻訳を手がけており、公開時に調達した3億円でネットワークセキュリティを強化する方針だそうです。
公開によって会社の財務体質が磐石なものになり、資金調達によって成長分野に大規模な資金を振り向けることができ、優秀な新入社員も増えるとなれば、会社としての成長は一段と加速することになるでしょう。そうなると公開以前から勤務する社員の士気は一気に高まります。会社の社会的な信用が高まるということは、同時にそこに勤める社員の信用力も高まることを意味します。住宅ローンやクレジットカードも組みやすくなり、会社の成長に伴って売上や利益が増え、それが給料やボーナスの増加につながり、はつらつとした雰囲気が社内に広がります。株式公開に先立って社内では従業員持ち株会を設置していることが多いでしょうから、古くから勤務する社員の資産形成にも役立ちます。
しかし株式公開のメリットの最大のものは、何と言っても創業者利得の実現にあります。会社のオーナーや経営者は、ベンチャー企業として事業を計画し、資金調達で銀行と交渉し、仲間を集めて会社を立ち上げ、新製品を開発し取引先を開拓してと、創業の段階からリスクと苦労を誰よりも背負ってきました。その果実は手塩にかけた自社の株式を公開することで得られます。株式市場での評価が高まれば、それこそ何億円、何十億円もの資産を手に入れることができます。
築き上げた資産の大半は自社株ですので、すぐには売却できないでしょうが、自分の夢の実現とそこから得られる対価という視点で見れば、ベンチャー企業経営者はプロ野球のトップ選手や優れた芸術家と並ぶものと考えられます。それどころかベンチャー企業の経営者は、社会に雇用の機会を提供している点で野球選手や芸術家を超える存在である、とも言えそうです。
代表的な株式公開のメリットを何点か記しましたが、デメリットもあります。その中でも最大のものはM&Aのリスクが増大することです。自社の株式が誰にでも自由に売買されるということは、会社としては望ましくない株主が現れる危険性もはらんでいます。また会社が証券市場という公けの場にさらされるために、できることなら隠しておきたい社内の不都合なことも一般に公開しなければならない、情報開示の義務も負うことになります。
何ごとも好不調の波があるように、会社経営もいいことばかりではありません。会社や取引先、消費者、株主にとって不都合なことが起こった時に、いかに俊敏に適切な対応をとることができるか。株式を公開した後はこの点が未上場の頃とは比べ物にならないほど重要になってきます。そしてアゲンストの波が大きければ大きいほど、その後に適切な対応策を講じることができれば、波が去った後の会社の信用はよりいっそう高まることになるはずです。