「ブックビルディング」とは、上場企業が新株を発行して公募増資を行う際に、1株あたりの新株発行価格を決める方法のひとつです。値決めの手段のひとつですので、正確には「ブックビルディング方式」といいます。
ブックビルディング方式は、新株発行の時の値段を決める際に仮条件を投資家に提示して、「その値段で投資家がどれくらい買いたいか」という投資家のニーズを調べた後に新株の価格決定を行なう方法です。そのために「需要積み上げ方式」とも呼ばれています。
すでに上場している企業が公募増資、または売出を行う際にもブックビルディング方式が使われます。しかし私たちがブックビルディングという用語を耳にするのは、未上場企業が公募増資を伴った株式公開をする時(いわゆる“IPO”)が多いため、ブックビルディングとIPOは常にセットで考えられがちです。ここでは新規公開(IPO)の流れを見ながら、ブックビルディングの流れを見てゆきます。
ひとつのIPOには、最低でも次の4人(社)が登場します。
- (1) A社:ジャスダックに株式を新規公開するベンチャー企業
- (2) B証券会社:A社の株式を引き受ける証券会社(主幹事)
- (3) P銀行:ブックビルディングを行う機関投資家
- (4) Q氏:ブックビルディングを行う個人投資家
輝かしい成長路線を走るA社は、株式公開を目指して着々と準備を進めてきました。引受主幹事であるB証券会社とタイアップして5年。直前の決算も売上高、利益が順調に伸び、その決算書を基にしてジャスダックへの上場を計画しています。ジャスダックの上場審査に通れば、いよいよ念願の株式公開です。
上場審査に通るか通らないかは、A社が公開企業にふさわしい実力を備えていることが絶対的に欠かせません。そしてそれと同時に、主幹事であるB証券会社の力も大きなウェートを占めています。
ジャスダックに上場するために、A社はいくつもの基準をクリアしなければなりません。まずA社の株主数、利益の額、純資産額など、各証券取引所が明文化して規定している「形式基準」です。これは株式公開にあたって最低限クリアしていなければならない基準で、これらを下回る企業は公開できません。
次に「実質基準」です。これは株式を公開しようとしている企業の経営基盤が安定しているか、公開後の利益の見通しはどうか、経営組織は完全に整っているか、特定の者に利益供与はないか、組織が適正に運営され情報が正しく開示されているか、公開の目的が健全であるか、法令違反を行っていないか、などを指します。そしてこの実質基準を審査する機能が、事実上は主幹事のB証券会社に求められています。
A社はB証券会社とタイアップして、長年にわたってこれらの基準をひとつずつクリアしてきました。上場申請に要する膨大な書類をすべて整えて、ついにA社はジャスダックに上場申請するまでにこぎつけました(・・中略)。
A社とB証券会社の努力の甲斐あって、晴れてジャスダックから上場の許可が下りました。ここから先はB証券会社の腕の見せどころです。
B証券会社には、株式公開に際しての公募価格の算定、公募・売出株の引受、投資家への販売、投資家へのIR活動のサポートなどが待っています。また株式公開時と同様に、公開後もA社を支援する役割を担います。
ジャスダックによってA社の株式公開日が決定されると、公開予定日の1カ月くらい前にA社は「公募・売出の取締会決議」を行います。公募株に関する具体的な活動はこの決議から始まります。A社は有価証券届出書を提出し、目論見書を作成してIR活動を開始します。
同時にB証券会社は、公募価格の値段を決めるために、機関投資家・P銀行に事前のヒアリングを行います。これはA社が株式を公開するに際しての公募価格をいくらくらいにするか、価格査定力がある機関投資家に株価の意見を聞くもので、事前の需要予測(プレヒアリング)と呼ばれています。P銀行はA社の目論見を元に、いくらくらいならどれくらいの株数を買いたいかを回答します。これには1週間程度が費やされます。
B証券会社は、P銀行をはじめ複数の機関投資家から寄せられたプレヒアリングに対する回答を基に、ブックビルディングを行う価格帯を決定します。これが「仮条件の決定」です。仮条件は「○○円~○○円」という幅をもたせた価格帯で決められ、A社の上場予定日の15日前ごろに発表されます。
仮条件が決まったら、B証券会社からは広く一般の投資家に、A社のブックビルディングの細目が発表されます。A社の新規公開株を購入したい個人投資家・Q氏は、ここでブックビルディングに参加する意思を表明します。具体的にQ氏は、提示された仮条件の範囲内で「いくらでどれくらいの株数を購入したいか」の希望を、B証券会社をはじめとする幹事証券会社に申し込みます。
ブックビルディングの期間はだいたい5日間程度で、A社の上場予定日の9日~14日前ごろにかけて実施されます。
ブックビルディングの期間が終了すると、B証券会社はQ氏などの投資家から提示された購入希望価格と株数を考慮して、最終的にA社の公募価格を決定します。これが上場日の8日前ごろです。
その上でB証券会社は、購入を希望した投資家にその公募株を割り当てることになります。割当可能な株数(各幹事証券会社の引受株数)よりも、購入を希望する投資家の株数の方が多い場合は抽選によって割り当てられます。Q氏がA社の新規公開株を購入できるかどうかはこの抽選にかかっています。
希望どおりにQ氏はA社の公募株の割り当てに当選しました。Q氏はその価格でよければB証券会社に対して購入の意思表示を行った上で、購入に必要な資金を指定された期日までにB証券会社に払い込みます。B証券会社が新規公開株を割り当てる~Q氏が公募株の購入を申し込む~購入代金を払い込む、までが上場予定日の5~6日前に行われます。
あとは株式公開日を待つばかりです。A社の株価がいくらで取引開始されるのか、A社の経営者、従業員はもちろんですが、A社の大株主、取引先、会計事務所をはじめ、B証券会社、P銀行、Q氏、関係者すべてが期待と不安が入り混じった時間を過ごすことになります。ひとつのIPOには、実にさまざまなドラマが生まれます。