1. 金融そもそも講座

第83回「復活した日本市場」

今回はミャンマーに関する連載を一旦お休みして、活況を帯びてきた日本の金融市場の現状を筆者がどう考えているのかをお伝えする。具体的には「株高」「円安」についてである。時宜に触れてカレントなマーケットの動きに関心を払うことが市場に携わってきた私の役割だし、それを“そもそも”の視点からお伝えする必要があると思うからだ。

活況の日本市場

昨年末、筆者は第80回のコラムで「2013年のマーケットは今年(2012年)までとはかなり様相が違ってくると思っている。恐らく株式市場には活気と値動きが戻ってくるだろう」と予想した。現状はまさにその通りの動きになっている。

株高はこれまでのところ為替の円安と手を携えて展開しているが、その大きな背景は何か。マスコミ的には「アベノミクス効果」との書き方が多いようだが、筆者は「要因としては確かに大きい」と考えながらも、「そもそも日本のマーケットが動き出す要素はそろっていた」という見方だ。ここが重要だ。なぜそう考えるのか。

第一には、昨年の前半までは「円高」と「株安」が過度に進んでいた。その結果、日本企業は苦しい立場に立たされる状況が続き、日本経済の基盤が損なわれかねない環境だったこと。当然「株安」が続いた。しかし「円高」は日本経済が強いことが前提だが、それが崩れかけていたので、円は早晩安くなって当然だ。第二には、過去10年の日本の政治の失敗を教訓に、安倍政権が「低姿勢の、しかし発信力のある政治を目指していること」も影響していると思う。「三本の矢」などのキャッチフレーズは分かりやすい。それまでの民主党政権には成長戦略そのものがなかった。

長らく続いた円高は、日本経済にとって過酷だった。日本企業の多くは工場の海外展開を考えたし、実際にそれが進み、日本経済を弱体化させた。日本経済そのものがあの円高水準では持たない状況だったと思う。その結果、株式市場も出来高がしばしば1兆円を割るような閑散とした状況になり、日経平均も8000円台で低迷する時期が続いた。これでは「世界で一番安全な通貨は円だ」という見方も崩れざるを得ない。日本と中国の関係悪化という外部環境もあった。

株高は世界的現象

日本の株高の大きな要因は「円高の修正」だが、世界的にも「株高」が進行していて、日本の株高が“先頭を走っているだけ”というのも事実だ。この文章を書いている時点で、ニューヨークの株価は史上最高値に接近している。欧州やアジアの株も総じて高い。その背景は以下のように考えられる。

  • 1. 世界各国での景気の足踏み感から世界中の中央銀行が過去に例のない金融緩和をしている
  • 2. 欧州や大きな途上国(中国、インド、ブラジル)経済に関する懸念は残っているものの、中国の一部統計に明るさが見えるなど前向きなニュースもあり、マーケットはむしろそれらに反応する傾向が出てきている
  • 3. 世界経済が様々な問題に直面しているにもかかわらず、相場のレジリアンス(抵抗力)が高かったことに対する信頼感はむしろ高まっており、相場として上をトライするしかない環境になりつつある

これは筆者の印象だが、今の世界では中央銀行から供給された流動性の行き場が、株以外になくなってきていることも大きいと思う。世界的な先進国の財政危機の中では国債はもうこれ以上買えない。商品相場もすべての品目で高値を見た直後だ。となれば流動性のある投資対象としては株しか残らない。

世界には投資対象は山ほどありそうだが、極めて重要な条件である「流動性」が担保されている市場というのはそれほどない。有力国発行の債券や主要市場に上場されている企業の株式などごく一部だ。これだけ世界的に膨れ上がった資金の規模を見れば、投資家にとって今はその受け皿としては株式が一番有望に見えるのだと思うし、事実そうだ。ましてや今の世界経済は、日本経済や米国経済を先頭に回復基調に戻りつつある。

的外れな円安批判

円安の進行の中で、海外からは「円安批判」が出始めているが、今まで紹介した見方から筆者は的外れだと考える。確かに2011年11月に記録した75円台の史上最高値(ドルの対円最安値)から見ると、90円台は約20%もの円安だし、直近2カ月の動きを見ても世界の為替市場の中で円安は目立つ。ロシア中央銀行のウリュカエフ第一副総裁、米自動車大手3社(ビッグスリー)で構成するロビー団体「米自動車政策会議」のブラント会長、ドイツのショイブレ財務相、それにメルケル首相などが今の円相場のレベルに批判的な発言をしている。

確かに足取りは急である。しかし総じて海外の円安批判は、「それ以前の、つまり75円台まで進んだ円高が行き過ぎだった」という判断を差し置いてのものだ。日本はユーロが急激に安くなっても欧州への批判は差し控えてきた。それからしても欧州からの円安批判は的外れだ。ところが、こうした批判に対して肝心の日本の通貨当局者の発言が揺れている。それは「海外からの批判を受けたくない」という気持ちがあるのに加えて、「あまりにも円安が急激に(望み以上に)進みすぎた」たという“行き過ぎ感”があるからだ。

そういう意味では、円安が少しスローダウンするのが望ましい。円安のスピード調整があれば、海外の批判はある程度収まるものだとも考えられる。しかし繰り返すが、今の円安のかなりの部分は、この2年ほどで進んだ極端な円高の調整である。ということは、円安への大きな方向が変わることはなく、その点でも日本の株高は持続性を持っていると考えられる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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