過去最悪レベルの供給過剰
このコラムでは過去に何度か、将来的なインフレの可能性についてお話ししてきました。ところがいま現実には、それとは正反対の状況、すなわちモノやサービスの物価が継続的に下がる「デフレ」への懸念が高まりつつあります。
総務省が今年(2009年)9月末に発表したデータによると、消費者にとっての物価動向を示すCPI(消費者物価指数、変動の大きい生鮮食品は除く)は、8月に前年同月比でマイナス2.4%と、過去最大の下落率を記録しました。CPIは今年に入って2月から7カ月連続でマイナスとなっており、特に5月からは4カ月連続で下落率のワースト記録を更新中です。
現在のところ、日本政府はまだ今回の物価下落をデフレとは認定していません。しかし、CPIの下落幅が過去になく大きいことや、物価下落がガソリンなどのエネルギーから家電製品、食料品、日用品まで幅広い品目に及んでいることから、エコノミストなど多くの経済関係者がデフレの進行を指摘しています。
物価下落の直接の原因は、昨秋の金融危機をきっかけとした景気悪化によって需要が大きく落ち込み、供給を大幅に下回っていることです。内閣府の推計では、日本国内における供給過剰は年40兆円規模と、過去最悪のレベルにあります。モノがなかなか売れないため、メーカーや小売店は多少の無理を承知で、激しい価格引き下げ競争を繰り広げています。
消費者にとって物価の下落は、購買力の向上を意味するので、基本的には好ましいことと言えるでしょう。ただ、それはあくまでも家計収入が安定している場合の話です。日本では2008年に、サラリーマンの平均給与が1990年以来の低水準となったほか、大企業で今夏のボーナスがおおむね2割減となるなど、賃金の低下傾向が目立ってきました。こうした賃金低下が需要の落ち込みに拍車をかけ、物価下落を先導している側面もあるようです。
価格引き下げ競争によって企業の収益が悪化すると、いっそうの賃金低下や雇用不安を招くことにもなりかねません。結果として、さらに消費が冷え込んで物価が下がり続ける恐れもあります。それが物価下落と景気後退の連鎖、いわゆる「デフレスパイラル」です。
世界経済は構造的なデフレ体質へ
デフレへの対処法として、為替を円安に誘導して輸入価格を押し上げたり、量的緩和などの金融政策によって消費意欲を喚起するなど、いわば人為的な物価上昇をめざすべきだと主張する専門家もいます。ただし、今回の賃金低下と需要の落ち込みは、そもそもが金融危機後の景気悪化に端を発しているわけで、最終的には景気が回復しない限り、デフレの根本的な解決にはならないでしょう。
さらに問題なのは、その景気回復が「どのように実現されるか」だと思われます。日本のみならず世界の景気回復は、新興国がカギを握っていると言われています。今日すでに世界経済における需要(消費)も供給(労働力、設備、製造)も、主要な担い手が新興国であることは明らかです。これはすなわち、新興国で流通する相対的に低い価格が、世界標準になったことを意味します。
実際にこれまで日本や欧米など先進国の企業は、生産・販売の現地化や逆輸入というかたちで新興国の低価格をなかば活用し、国際的な価格競争力と収益につなげてきました。先進国における景気回復や将来的な経済成長が、内需の拡大によるものではなく、やはり「新興国頼み」なのだとすれば、今後も世界的に価格低下の圧力がかかり続けることになります。世界経済はいま、構造的にデフレ体質を高めつつあるわけです。
ここで重要なのは、それでも「本当に怖いのはインフレ」だということです。莫大な人口を抱える新興国が今後さらに経済発展を遂げた場合、エネルギーや食糧などの資源が不足して、価格が上昇へ向かう可能性は否定できません。デフレ懸念が高まるなかで、こうしたインフレ・シナリオは現実味に乏しいかもしれませんが、少なくとも私たち一般個人は、倹約を通じてデフレに対応すると同時に、資産運用を通じてインフレへの準備も進めておくべきだと思います。