1. いま聞きたいQ&A
Q

日本経済はデフレ脱却を通じて、再生に向かうことができるのでしょうか?

賃金下落がデフレの長期化に大きく影響?

このところ、日本国内で「デフレ脱却」の掛け声が急速に高まってきています。政府民主党は今年(2012年)4月に、デフレ脱却に向けた経済対策を検討する閣僚会議を、野田佳彦首相の肝いりで発足させました。同会議には日銀の白川方明総裁もオブザーバーとして出席しています。

その日銀は4月27日の金融政策決定会合で、長期国債の買い入れ増額など追加の金融緩和を発表しました。今回の会合で日銀は景気認識をやや上方修正しており、そうしたなかでの追加金融緩和は異例ですが、物価上昇率1%を目指すという事実上のインフレ目標達成への決意を改めてアピールした格好です

2014年4月から予定されている消費増税の議論では、与野党の増税慎重派から「デフレ下で増税すれば経済がさらに悪化する」といった声が根強く上がっています。脱デフレが急がれる背景には、政府と日銀が一体となってデフレ脱却の姿勢を明確にし、消費増税へ向けて前提条件となる経済状況の好転を、できるだけ早く実現しようという狙いがあるようです。

それにしても、なぜ日本では10年以上もの長期にわたって、物価が持続的に下落するデフレの状態が続いているのでしょうか。デフレの要因としては少子高齢化の進行や、それにともなう慢性的な需要不足、経済成長率の低迷、円高の加速、経済のグローバル化による競争激化、通貨供給量の不足などが挙げられます。

加えて注目したいのが、日本で賃金の下落傾向が続いていること。日本総合研究所の分析によると、日本の名目賃金は1995年から2010年までの間に11%減っていました。その間、米国で72%、ユーロ圏でも40%増えていたのとは対照的です。日本企業は雇用を守るために賃下げで景気悪化に対処し、それが失業率の上昇を抑える一方で、物価の下落という副作用をもたらしたと考えられるわけです。

円高によって過去20年間に日本人のドル建て賃金が2倍に増加したため、国際競争上、日本企業は円建て賃金を下げざるを得なかったという見方もあります。いくつもの要因が複合的に絡み合うなか、こうした賃金下落がデフレの長期化に大きな影響を及ぼしたことは確かでしょう。ただし、例えば賃金の底上げひとつをとっても、効果的な処方箋が見つからないというのが我が国の現実です。

日本経済の実力自体が低下した可能性も

一方で、デフレが緩和に向かう兆候も見られます。物価動向の指標であるCPI(消費者物価指数、生鮮食品を除く)は、1998年から慢性的にマイナス圏にあり、2009年8月には前年同月比でマイナス2.4%まで下落しました。しかし、その後は徐々に下落幅が縮まり、今年2月にはプラス0.1%、3月にはプラス0.2%と2カ月連続で若干の上昇に転じています。

一国の経済の状況を、実質GDP(国内総生産)と潜在GDPのギャップで捉えようという考え方があります。実質GDPとは経済が実際に残した「成績」にあたるもので、潜在GDPとは経済が潜在的に秘めた「実力」にあたるものです。例えば日本において、デフレを主因とする消費・投資マインドの低下が大きなGDPギャップをもたらし、経済が本来の実力を十分に発揮できないために経済収縮(景気低迷)が起きているとしましょう。それならば、デフレ脱却が経済再生につながると考えることはいたって自然です。

ところが、前述した物価動向などから見て、日本のGDPギャップはむしろ縮小傾向にあると推測できるのです。GDPギャップの縮小にもかかわらず景気が回復しないとすれば、日本経済が抱える問題の本質は、潜在GDPの成長率が頭打ちとなり、経済の実力自体が低下している点にあることになります。

潜在GDPの成長に向けて政府は「新成長戦略」を打ち出していますが、国の旗振りによって成長産業を選別し、集中投資することには、そもそも無理があります。民間の企業や投資家にも分からない次代の成長産業を、政府が見通すことなどできないからです。

潜在GDPの成長は、労働人口の増加や労働生産性の向上によってもたらされます。労働人口が減少しつつある日本では、基本的にイノベーション(技術革新)や労働力移動の促進を通じて生産性を高めていくしか方法はありません。さまざまな規制緩和や企業の研究開発費の税制優遇、労働市場改革など、むしろ国が市場に成長を委ねるような政策が求められます。

デフレを脱却しさえすれば日本経済が再生に向かうといった近視眼的な考え方には注意が必要です。少なくとも国には、デフレを問題の本質から目をそらすための“道具”として使ってほしくありません。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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