金融緩和の是非ではなく、意味について考えたい
いま市場では、日銀による金融政策の動向に大きな注目が集まっています。きっかけは、自民党の安倍晋三総裁がデフレ脱却へ向けて、日銀に大胆な金融緩和を求める趣旨の発言をしたことです。これを機に、金融政策が今年(2012年)12月16日に行われる衆議院選挙の争点として急浮上し、各党が金融緩和の手法にも言及するという異例の展開となりました。日銀による外債購入から事実上の国債引き受け、日銀当座預金へのマイナス金利の導入、インフレ目標の引き上げ、無制限緩和などまで、日銀法の改正も踏まえて実にさまざまな金融政策が議論・提案されています。
今回の衆院選では自民党の政権復帰が有力視されており、安倍政権が誕生すれば日銀はさらなる金融緩和を余儀なくされるとの思惑から、市場では円安と株高が進みました。外国為替市場では11月21日に約7カ月半ぶりとなる1ドル=82円台を記録。日経平均株価は同27日に、終値として約7カ月ぶりに9,400円台を回復しています。金融緩和強化への期待が高まる一方で、市場関係者の間では行き過ぎた金融緩和の副作用を懸念する見方や、金融緩和そのものの効果を疑問視する声も上がっています。
いつも感じることですが、この問題については専門家の意見が真っ向から対立するため、私たち一般個人はかえって問題の本質を見失いがちです。つまるところ、金融緩和の強化が本当に必要かどうかは、将来の結果を見てみないと分からないのではないでしょうか。私たちにとって重要なのは金融緩和の是非を問う前に、まずは金融緩和の意味を考えること、すなわち今日の経済状況のなかで金融緩和という政策をどのように位置づけるか考えることだと思われます。
ポイントとして、以下の2つの視点に着目してみます。
- (1)日銀の金融緩和は欧米の中央銀行に比べて不十分なのか
- (2)日銀が金融緩和を強化したとして、それで日本経済は再生へ向かうのか
日銀は決して金融緩和に消極的なわけではない
日本は先進国のなかでも最大規模の政府債務を抱えており、前回紹介した米国と同様に、景気回復やデフレ脱却を財政政策に頼るのは難しいのが現状です。そこで例によって「あとは日銀の金融緩和頼み」ということになるわけですが、政治家の間にはデフレ脱却と円高修正をいっこうに実現できない日銀へのいら立ちが根強くあります。
なかでも不満が大きいのが、2008年のリーマン・ショック以降の金融緩和が欧米の中央銀行に比べて不十分なこと。例えばFRB(米連邦準備理事会)は、金融危機に対応するため大幅な金融緩和にかじを切り、2008年末時点の資産規模を前年比で2.5倍まで急膨張させました。単純に言えば、市場における国債などの購入を通じて世の中に供給する通貨の量を、1年間で2.5倍に増やしたわけです。一方、同じ時期に日銀の資産規模は10%増えたに過ぎず、それが市場で緩和姿勢の差とみなされて円高・ドル安につながったといわれています。
しかしながら、中央銀行の資産規模をもっと長いスパンでみると事態は大きく変わってきます。日銀はバブル崩壊後、過去20年近くも緩和的な政策を採用してきており、資産規模は金融危機の以前から大きく膨らんでいました。2010年10月には国債などを買い入れる基金を創設しましたが、その後7回にわたって基金の積み増しを行い、創設時の35兆円程度が現在では91兆円程度まで拡大しています。
エコノミストの試算によると、日銀の総資産は2013年末に200兆円弱、GDP(国内総生産)比に換算して42%前後となる見通しです。これはFRBの約25%(予想)などと比べても突出して大きい数字であり、規模の面から見るかぎり、日銀は金融緩和に消極的どころか、むしろ積極的と捉えることもできます。問題は、それでも目立った効果が上がっていないということ。いくつかの理由が考えられますが、それは2つめのポイントと深く関わることなので、次回に改めてじっくり考えてみたいと思います。
ひとつだけ、あえて欧米との比較にこだわるならば、日銀に求められるのは金融緩和の規模ではなく、「訴求力」なのかもしれません。今年9月に、ECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁は南欧諸国の国債を「無制限で購入する」と発表。FRBのバーナンキ議長もQE3(量的緩和第3弾)の実施に際して、住宅ローン担保証券を同じく無制限で購入すると表明しました。彼らに比べれば地味な印象が強い日銀の総裁だけに、市場に前向きで明確なメッセージを送れば、たとえ効果がすぐに上がらなくても評価はずいぶん変わってくるのではないでしょうか。