デフレ克服へ向けて事実上の物価目標を導入
日銀が打ち出した金融政策のなかで、大きな目玉といえるのが「物価目標」です。世界の主要な中央銀行は、いずれも自国経済の持続的かつ安定的な成長を目指しており、そのためには物価が緩やかに上昇する必要があると考えています。最近では中央銀行があらかじめ自らの目標とする物価上昇率を明示したうえで、金融政策を運営する例が増えてきました。こうした中央銀行の示す物価上昇率は物価目標と呼ばれており、一定期間内での達成を義務付ける「ターゲット」と、長期的な目安として示す「ゴール」の2種類に大別されます。
例えば、ターゲットを導入している英国では、財務省が2%という物価上昇率の目標を設定しています。そこから上下に1%以上のずれが生じた場合、中央銀行にあたるイングランド銀行が、財務省に理由や対応を説明する責任を負うことになっています。ゴールを導入している米国では、FRB(米連邦準備理事会)が今年(2012年)1月に、2%の長期的な物価目標を正式に採用しました。こちらは物価上昇率が目標から外れた場合の規定などは、特に定めていません。
日銀は今年2月14日の金融政策決定会合で、金融政策の運営において当面1%の物価上昇率を目指し、その達成が見通せるまで実質ゼロ金利などの金融緩和を続けると発表しました。同時に、資産買い入れ基金を10兆円増額して65兆円とする追加金融緩和も表明。増額分は残存1~2年の国債購入に充てる方針です。
自らが目指す物価上昇率について、日銀は「中長期的な物価安定のめど」という表現を使っており、物価目標を明言したわけではありません。しかし、従来の「中長期的な物価安定の理解」という曖昧な言葉に比べると、表現はより「目標」の意味に近づいており、市場は事実上の物価目標と好意的に受け止めたようです。
日経平均株価は3月14日に終値で約7カ月半ぶりに1万円台を回復しました。中小型株の市場平均である東証2部指数や日経ジャスダック平均も、3月に入って約1年ぶりにそれぞれ東日本大震災前の水準を回復。円・ドル為替相場は3月14日現在、東京市場の終値で1ドル=83円台まで円安が進んでいます。こうした市場の動きを見るかぎり、日銀による物価目標の導入は、金融緩和の強化姿勢を通じてデフレ克服への明確な意思を示すという意味で、とりあえず一定の効果をもたらしたといえるでしょう。
責任に裏打ちされた断固たる行動が必要
ただし、いくつか課題も残されています。日銀の白川方明総裁は発表時の会見で、金融緩和のみによって物価上昇やデフレ克服を実現するのは困難であり、政府や民間の取り組みを通じた潜在成長力の強化なども不可欠と主張しました。続いて1カ月後の3月13日に開催された金融政策決定会合では、成長分野の企業を支援する貸出制度の拡充なども新たに決めています。そこには政府の成長戦略が遅々として進まないなか、政府に一層の取り組みを促す狙いがあると考えられます。
こうした日銀の言動は、一種の責任回避とも受け止められかねません。例えば欧米では物価目標について、達成の遵守よりむしろ説明責任に重点が置かれており、日銀も責任を恐れず大胆な政策に打って出るべきだという意見が専門家の間からは上がっています。
英国では消費者物価の上昇率が、今年1月までに23カ月連続でターゲットの上限である3%を上回りましたが、イングランド銀行は2月に国債の買い入れ額を増やす量的緩和の拡大に踏み切りました。物価上昇は前年に実施した付加価値税の引き上げや、原油など輸入価格上昇の影響が大きいと判断し、物価上昇が続くなかでも実体経済の弱さに着目して、金融緩和策を選んだわけです。
イングランド銀行は量的緩和の理由や今後の見通しに関する分析を、規定通り財務省に公開書簡で説明し、財務相から同意を得ています。経済環境が世界的に激変するなか、こうした金融政策の柔軟性や透明性が市場に与える影響の大きさを、日銀はもっと重視した方がいいのかもしれません。
また、日銀は2月の金融政策決定会合に際して景気認識を維持。欧州の信用不安など金融市場の緊張についてはいくぶん和らいでいると説明していました。そんななかでの追加金融緩和は、日銀は否定しているものの、背後に政治的圧力の存在を感じさせます。
1%という物価目標が欧米などの世界標準に比べて低いことや、資産買い入れ基金の増額が財政赤字で発行が増えている国債の消化を助けることを考えると、政権からさらなる金融緩和を迫られる可能性は否めません。金融政策の効果や独立性を保つ上でも、日銀には責任に裏打ちされた断固たる行動が必要だと思われます。