デフレ脱却の基礎条件を作ることには成功
「アベノミクス」とは安倍政権による経済政策の総称で、以下のような“3本の矢”から構成されています。
- 1. 積極的な金融政策
- 2. 財政支出の拡大
- 3. 成長戦略
現時点では、第1の矢にあたる金融緩和が端緒についたばかりであり、私たちはアベノミクスの全体像を具体的に見通せるまでには至っていません。しかし、その金融緩和を通じて、安倍政権がデフレ脱却へ向けてまずは何を意図し、何を重視しているのかを読み取ることは可能です。
安倍政権と日銀が目指しているのは、デフレ脱却の前提となる基礎条件(金融環境)をつくり出すことではないでしょうか。金融政策として「できることは何でもやる」という決意を国内外に示し、人びと(投資家)のマインド(心理)に強く働きかけて、意図的にインフレ期待を高める。金融市場で株高や円安といった劇的な変化を起こし、それを消費者や企業、銀行のマインド改善につなげることで、物価上昇(インフレ)と景気回復の礎を築く―といった狙いです。裏を返せば、そうした基礎条件の整備なくして第2・第3の矢は効力を持たないと考えているのかもしれません。
人びとのマインドに働きかけるという姿勢は、今年(2013年)4月4日に日銀の金融政策決定会合で黒田東彦新総裁が打ち出した「異次元の金融緩和」にも色濃く反映されています。日銀が今回こだわったのは、明確な数字とメニューの豊富さによって、大胆かつ徹底した金融緩和との印象を市場に植えつけることでした。
例えば2014年末までの2年間で、市場への資金供給量(マネタリーベース)および長期国債やETF(上場投資信託)の購入額をそれぞれ2倍に増やすなど、年限を区切って現状の2倍という数字を強調。購入対象となる国債の範囲を40年の超長期国債まで広げて、保有国債の平均残存期間を従来の3年弱から7年まで延ばし、月々の国債購入額は月間国債発行額の7割にあたる7兆円強とするなど、分かりやすい形で金融緩和の量的・質的な拡大をアピールしています。
異次元の金融緩和を受けて、長期金利の指標となる10年物国債の利回りは、今年4月5日に一時0.315%と、世界における史上最低値を更新しました。日経平均株価は同8日、約4年7カ月ぶりに終値で1万3000円台を回復。同10日には外国為替市場で円・ドル相場が一時1ドル=99円73銭近辺と、約3年11カ月ぶりの安値を記録しています。アベノミクスはこれまでのところ、当初の目論見どおりに成果を上げていると言っていいでしょう。
実体経済はインフレ期待だけでは動かない
ただし、こうした金融市場の変化がそのまま物価上昇や景気回復につながるわけではありません。そもそも株価や為替レートなどの資産相場は、ケインズの「美人投票理論」が示すように、人びとの期待や思惑で動く部分が大きいのが特徴です。一方でモノやサービスの価格、賃金などのいわゆる実体経済における「物価」は、インフレ期待だけでは動きません。
例えば資産相場のひとつである原油価格は、投資家の思惑や将来予想によって大きく動くことがあります。しかし、原油を使った製品の価格交渉において、原油価格がこれから上昇しそうだから値上げしたいという主張は通らないでしょう。モノやサービスの価格、賃金などは期待ではなく、近い過去に起きた事実(価格の変化)を踏まえて動くというのが通例です。
日銀は今後2年間で2%の物価上昇率を目指すというインフレ目標を掲げています。その達成度合いを測る物差しのひとつとして、例えば消費者物価指数が挙げられます。今年2月の同指数は、生鮮食品を除くベースで前年同月比0.3%のマイナスでした。足元の状況をみる限り、物価上昇(デフレ脱却)への道のりはまだ険しいといわざるを得ません。
専門家の間には、消費者物価指数の上昇という実績が積み上がらなければ、世の中全体のインフレ期待は高まってこないという見方があります。金融緩和策が効果を発揮するには時間がかかるため、2%という物価上昇率の達成には3~4年を要するという意見や、1ドル=140円程度の大幅な円安や賃金上昇が条件になるといった声も聞かれます。
特に最近では、「賃金の下落がデフレの主因である」という説が注目を浴びています。その説に従えば、デフレ脱却に向けては賃金の引き上げにつながる産業構造の転換や、働き方の多様化などが必要ということになります。安倍政権も今年2月に産業界へ賃上げを要請し、一部の大手企業が今年の春闘を通じて昇給やボーナス増を決めるなど、賃金上昇の重要性を意識した動きも出てきました。
安倍政権は今年の半ばにかけて、成長戦略や中期的な財政健全化策を示すことを表明しています。いよいよ第2・第3の矢が放たれるわけです。市場で高まったインフレ期待を裏切ることなく、実体経済にも火をつける実のある政策を示せるのか、アベノミクスはそこで改めて真価を問われることになるでしょう。