円安・株高は国民の経済格差を広げただけ?
アベノミクスが日本経済にもたらした最大の変化は、言うまでもなく円安と株高です。野田佳彦前首相が衆議院解散を表明した2012年11月14日を「アベノミクス相場」の起点として、今年(2014年)12月8日までの変化率を見てみると、外国為替市場では約51%の円安・ドル高が進み、日経平均株価は約107%の上昇を記録しています。
円安によって大手製造業を中心に企業収益が改善し、主要な上場企業1,500社の2015年3月期における経常利益(通年)は、08年3月期の過去最高益にほぼ並ぶ見通しです。アベノミクスを通じて就業者数は約100万人増加し、完全失業率は今年10月の時点で3.5%まで低下。今年の春闘では大企業の賃上げ率が月給で2.28%(組合員平均)と16年ぶりの高水準を記録するなど、雇用・所得環境の改善も進みました。
日銀によると、日本の家計が保有する金融資産は今年6月末現在で過去最高の1,645兆円に上り、株高によって2012年末から6%増えています。外資系のコンサルティング会社と銀行が今年10月に公表したリポートによれば、日本では13年に「売却可能な金融資産が100万ドルを超える個人富裕層の総資産」が前年比で24%増え、5兆5,000億ドルに達した模様です。
異次元の金融緩和によって円安・株高という相場変動をなかば人工的に引き起こし、企業の収益増を家計の所得増につなげ、資産効果も含めて個人消費の拡大を促すという段階までは、アベノミクスはおおむね当初の想定通りに進んできたといえます。ただし、その先に想定されていた継続的な消費拡大や企業による国内生産・投資の増加など、安倍政権が言うところの「経済の好循環」については目立った成果が見られません。
むしろ、円安・株高の恩恵を受けるのは大手製造業とその従業員および都市部の富裕層に限られ、非製造業や中小企業、地方、一般家計にとってのメリットは薄いと指摘する声が増えてきました。結果としてアベノミクスは、日本国民の間に利益や富の偏在という形の経済格差をもたらし、広げるだけではないかという批判です。
いまだに曖昧さや空虚さが目立つ成長戦略
こうした現状に対して、例えばトリクルダウン(富のこぼれ落ち)には時間がかかるという説明があります。トリクルダウンが日本全国に広く波及し、経済の好循環が始まるまでに、肝心の景気が冷え込んでしまっては困る。低所得層や地方、中小・零細企業への目配りとして、今は財政再建より景気対策を優先すべきであり、だからこそ消費再増税は1年半延期する――というのが安倍政権サイドの理屈でしょう。
しかしながら、この理屈は皮肉にもアベノミクスが自己矛盾を起こしつつあることの反映にほかなりません。アベノミクスの本来的な狙いは、金融緩和と財政出動で時間を稼ぐ間に成長戦略を推し進め、日本経済の成長力を底上げすることだったはずです。だとすれば、景気に腰折れ懸念が出てきたのは今年4月の消費増税や円安の副作用ばかりが原因ではなく、アベノミクスの成長戦略が十分に機能していないからと考えることもできるわけです。
成長戦略については、これまで規制緩和や労働市場改革など数多くのメニューが並んだものの、いずれも中途半端で決め手不足という感が否めません。特に私たち一般庶民の立場から見て歯がゆく感じるのは、アベノミクスが既得権益にどこまで本気でメスを入れるつもりなのか、いまだに明確には伝わってこないことです。
例えば、政府は社会福祉法人などを対象に課税強化を検討していましたが、2015年度の税制改正議論において結局は見送ることとなりました。介護分野などでは企業の参入が進んでおり、税優遇を受けている社会福祉法人との間で税の公平性にゆがみが生じているとの声が上がっています。社会福祉法人は与野党を問わず支持母体となっているケースが多く、今回の政府の決定はそれらの政治的な反発を恐れた結果と考えられます。
ほかにも所得税の最高税率の引き上げや公的年金の支給開始年齢の引き上げなど、政治的な配慮から腰砕けとなるケースが目立ちます。また、「女性の活躍推進」に顕著なように、成長戦略にはスローガンや数値目標は勇ましいものの、中身や財源が伴わない政策が多いという傾向もうかがえます。アベノミクスに対して一般庶民がどこか冷めているように見えるのは、成長戦略にまつわる曖昧さや空虚さも関係しているのかもしれません。
専門家の中には、そもそも従来型の高成長を前提とした経済政策自体に無理があると主張する人もいます。日本経済の急所はつまるところ人口減少であり、少子化対策や移民の受け入れなどで人口増加に転じるなど、よほどの環境変化がないかぎり成長期待は生まれないという見立てです。真偽はともかくとして、こうした日本経済の構造問題も考慮しながら成長戦略は進められて然るべきだと思います。
その意味では成長一辺倒ではなく、仮に低成長しか実現しなかった場合でも中長期的に持続可能な財政健全化プランが重要になりますが、消費再増税の延期によって一歩後退となりました。次回は財政再建の行方を中心に、日本経済の今後の見通しについて改めて考えます。