1. いま聞きたいQ&A
Q

アベノミクスがもたらした日本経済の現状と、今後の見通しについて教えてください。(後編)

財政再建へ向けて経済成長をどのように見積もるか

わが国の財政再建の進捗状況を考えるうえで、ひとつの目安となるのが基礎的財政収支です。これは「プライマリー・バランス」とも呼ばれ、公共事業や社会保障などにかかる政策経費を、毎年の税収や税外収入でどこまで賄えているかを示す指標です。日本政府はこの赤字のGDP(国内総生産)に対する割合を、2010年度と比べて15年度までに半減し、20年度には黒字化するという目標を掲げており、事実上の国際公約となっています。

安倍政権が8%から10%への消費再増税を1年半先送りしたことにより、基礎的財政収支の目標達成は難しくなったといわれています。しかしながら、そもそもこうした目標自体が「絵に描いた餅」だという見方も多いのが実情です。

内閣府が昨年(2014年)7月に公表した試算によれば、アベノミクスの成長シナリオが軌道に乗り、15年10月に消費税を従来の予定通り10%に引き上げたと仮定しても、20年度にはGDP比で1.8%程度の赤字が残ります。バークレイズ証券の試算では、新しい予定に沿って17年4月に消費再増税を行っても、20年度には赤字幅が1.3%程度まで縮小するにすぎません。

現在の日本が財政健全化を実現するためには、(1)デフレ脱却と経済成長による安定的な税収の拡大(2)増税による税収の確保(3)歳出の徹底した見直し--という3つの施策が欠かせないと考えられます。過去2年間の安倍政権による経済運営はこのうち(1)に偏っており、一般庶民あるいは既得権益層の痛みをともなう(2)や(3)については踏み込みが甘いと言わざるを得ません。

そんななか、昨年末に政府が開いた経済財政諮問会議で興味深いやりとりが見られました。例えば、民間議員のなかから社会保障および地方財政について、都道府県別の支出額の差に着目して重点的に取り組むべきとの提言が出てきたこと。医療費削減に成功した自治体の例を参考に、他の地方へその成果を応用するなどの案が挙げられており、こうした具体策を地道に実現していくことで歳出の見直しも進むと期待できます。

加えて注目したいのが、今年夏に政府がまとめる新たな財政再建策をめぐって、経済成長と財政再建のどちらを優先するかが大きな論点になってきたこと。日銀の黒田総裁と麻生財務相が基礎的財政収支の黒字化を重視する旨の発言をしたのに対し、安倍首相は財政再建を急ぐあまり、経済成長率が下がるような事態は避けるべきとの見解を示しました。

今後の経済成長に対して慎重な姿勢をとれば、財政への配慮から毎年の収支を合わせることが重要になります。一方で、アベノミクスを通じて経済規模が十分に拡大すると見積もるならば、税収増を中心に財政再建が進むと考えることも可能です。政府内では現在、こうした2つの主張が綱引きを行っている状態ですが、どちらが正解かは結果が出てみないと分かりません。

デフレ脱却によって財政再建への入り口が開いた

財政再建に関してよく耳にする指摘として、日銀による異次元金融緩和の弊害もあります。日銀は国債の購入を通じて市場への資金供給量を増やすため、国債の金利は低位安定が続きます。それを見越して政府は国債発行すなわち借金を増やすことができるので、結果として日銀の金融緩和策が政治家に困難な決断の先送りを許している、というわけです。

ゴールドマン・サックス証券の推計では、世の中に流通する国債残高に占める日銀保有分の比率が17年度末には50%を突破し、いわば国の借金の半分を日銀が肩代わりする形になります。こうした国債の「買い占めぶり」はやはり異常であり、日銀による事実上の直接引き受けやマネタイゼーション(財政赤字の穴埋め)と見られても致し方ないところでしょう。

ただし、日銀が目指すデフレ脱却は、実は財政再建とも深く関係しています。デフレ経済下では税収が収縮していくため、それでも財政収支を改善するには相当に踏み込んだ歳出削減か増税が必要になります。前述した3つの施策の(2)や(3)が求められるわけですが、景気が低迷しているデフレ状況下でそれらを実行することは、政治的に極めて難しいのが現実です。

逆にいえば過去2年間で安倍政権と日銀がデフレ脱却に傾注し、とにもかくにもその道筋をつけたことは、同時に財政再建への入り口を開いたと見ることもできます。こうした成果については、政府の怠慢や日銀の暴走といった議論はさておいて、素直に評価するべきではないかと思います。

日銀の金融緩和について懸念が大きいのは、現状よりむしろ将来だという専門家もいます。日銀が目標とする物価上昇率2%が定着するなど、日本経済がデフレから完全に抜け出したと判断されれば、日銀は異次元緩和の出口戦略すなわち金融引き締めに入ります。その時期が例えば17年4月の消費再増税と重なった場合、日銀はどのような対応をとるのでしょうか

景気の失速を避けるために金融引き締めをためらう可能性もないとは言えません。それまでに日本の財政再建が進まず、財政への信認低下による「日本売り」が起きると、円安や高インフレ、国債金利の高騰、不況などが同時に来るリスクがあります。経済運営は結果オーライの部分が大きいのも確かですが、少なくとも「運頼み」にならないよう、最低限の工程厳守と危機対応ぐらいは心がけてほしいものです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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