1. 金融そもそも講座

第92回「人口減少への視点 PART1」投資を増やす / 生産性を上げる

「日本は人口が減るので経済の先行きには悲観的にならざるを得ない」という意見をよく聞く。こうした意見は人々の口から日常的に出てくるし、マスコミもそう流す。それは株価の長期的な先行きに対する悲観論にもつながっている。しかし本当にそうだろうか。もしそうだとしたら我々や企業は何をしても駄目なのだろうか?

人口は大きな要素だが・・・

経済の成長(拡大)において“人口”がとても大きな要素であることは確かである。人口が多いということは、それだけ潜在的な消費者が多いことを意味している。中国やインドなど人口の多い国(共に日本の10倍以上)はその他の国々から「成長が期待でき、輸出先として有望な国」と、世界から一目置かれる存在になる。インドの国民10人に1人が一台車を買っただけで、世界の自動車産業は活況を呈するだろう。

ある国の経済成長率は一般的に「人口」「投下資本」「生産性」の三つの要素から成っている。人口が増えた方が、投下資本が大きい方が、生産性の伸びが大きい方が、経済成長率は高くなり、人々の生活は豊かになるとされている。実際にその通りで、戦後の日本が「驚異的な成長」と言われてきた大きな要因は人口の増加にあった。これは筆者も調べて驚いたのだが、戦争が終わった1945年の日本の人口はたった7300万人ほどだった。今が1億2700万人である。戦後の正味50年ほどの間に5400万人も増えたことになる。この人口の伸びが、資本投下の増加と特に製造業における生産性の著しい伸びと相まって、日本を一流の先進国に導いたのである。

投資を増やす

日本の人口は、ここ数年は減少傾向になっている。日本の出生率(日本では一般的に“合計特殊出生率”を指す)はここに来て若干だが上がってはいるが、それでも直ちに、人口が本来的に減らない出生率2.1%になることはないだろう。今の日本の出生率は1.41%だ。現実的に日本の今後の経済成長率を考える時には、「少なくともしばらくは人口の増加に期待はできない」と考えざるを得ず、その他の成長率アップの要因を探すことが必要だ。

ただし、人口は増えなくても働く人の数を増やすことはできる。それは経済成長率の引き上げにつながる。例えば、日本では女性は子どもができると働くことを辞める人が相変わらず多い。保育所などの子ども預かり施設の増加や育児休暇を取っても不利にならない人事制度の普及などによって、人口を増やすと同時に一家庭当たりの所得を増やすことは十分に可能である。またいったん退職した高齢者の社会参加を促すことにも意味がある。もともと人口の少ない北欧諸国などが高い生活水準を保っているのは、そうした努力を怠っていないからだ。

また、経済成長率には他の二つの要因があることに注目してほしい。「投下資本」と「生産性」である。この二つの要因では、まだ日本は成長率を上げられる余地が十分にある。投下資本の観点から言うと、依然として民間の設備投資が対前年同期比で減少を続けている状況を改善しなくてはいけない。そのためには各種の投資優遇措置などが求められる。財政状況から国が公共投資をする余地は少なくなっているが、キャッシュリッチな企業が投資すれば、職場も増え、働く人の労働賃金も総体として増え、それがまた消費を増大させる。

生産性を上げる

もっと改善の余地があるのは、生産性の向上である。日本の製造業の生産性が高いことはすでに記したが、自動車に限らず、日本の生産現場の生産性の高さは世界からの注目の的である。筆者は数多くの企業の生産現場を見てきたが、ロボットと人間がそれぞれの特徴を生かして高品質の製品をつくり出している姿は美しいと思う。

しかし、製造業以外の生産性は高いとは言えない。具体的な例になるが、デパートなど小売りの現場で言うと、米国の小売業における「少ない人手での販売方式」には賛否あるかもしれないが、驚くことが多い。広いフロアに販売員が数人というケースもある。対して日本は販売員の数が多く、むしろ買う方がへきえきとすることもある。日本の小売り現場の人たちの商品知識の高さは素晴らしいが、「もっと生産性を上げられそうだ」と思う。

また、日本ではコンピューターなどの導入は進んでいるが、「それらが本当に生産性の向上につながっているか」と問われると、「怪しい」と思わざるを得ない。使いこなせない役員なども多く、紙とデジタルの“二重”の情報システムとなってコンピューター投資が生産性の向上につながらないケースが多いからだ。

人口が減っても投資が増え、社会の仕組みを変えることで生産性を上げれば、人口が増えているときより容易ではないにせよ、成長を高めることはできるということである。世界にはそれに成功した国が結構ある。人口が減少し始めた国でも多くが依然としてプラス成長を達成しているのは、そうした努力をしているからだ。「三本の矢」を中心に据えたアベノミクスの真価は、民間投資を促し、生産性を引き上げる措置をどのくらい組み込めるかにかかっている、といえる。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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