インフレ AI 地政学リスク
金融そもそも講座

円安の中、難しさ増す日銀の金融政策

第406回 メインビジュアル

世界の株価は、米国を中心に2026年上半期を強基調で終えた。AI(人工知能)や半導体銘柄が引っ張った形だ。期末にかけて半導体を含むAIセクター全体への高値警戒感が出て、相場はやや不安定。しかし新たな産業・社会革命(経済・社会へのAIの浸透・駆動)は、今後も続く。下半期もマーケット・トークの中心だろう。

今回は、難しさを増す日米の金融政策を取り上げたい。日本の金融当局は難しいかじ取りを迫られている。粘着的・持続的円安、高いインフレ率の中で、6月には0.75%から1.00%への政策金利上げを実施した。しかし事前に予想されていた以上に、基本的なドル需給を変えるものではなかったが故に円のスライド(下落)を止める力はなかった。

今後介入によって円高方向に強制是正される可能性はある。しかし今の高市早苗政権の政策の方向性、米金融当局が置かれている状況を考えると、今年4月から5月にかけてと同様に、介入は「短期的なインパクト(円高局面惹起)」しか持ち得ないのではないか。

実は円はドル以外の各国通貨に対して、このところやや反発基調になっている。しかし円高が定着したとは言えない。軌道修正を図るためには政府の財政政策スタンスの転換が必要。しかし高市政権の基本は「積極財政」で、それは当面変わらないように思う。こうした中で、日銀は利上げによる景気悪化の危険性を認識しながらも、物価情勢から利上げ継続姿勢をとっている。

しかし強度が問題で、それは「コリジョン・コース」(衝突路線)となりうる。積極財政との整合性喪失だ。かじ取りは難しい。金融政策運営が難しさを増しているのは米連邦準備理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)もそうだ。中東情勢を受けた石油価格の値上がりと、ホルムズ海峡通航問題の深刻化によって、世界のロジ(物流)は大きく乱れたまま。石油・石油由来各種製品の価格ばかりでなく、物流コストが大きく上がっている。

世界の資金が集中

読者の皆さんがこの文章を読むときにドル・円相場がどこに位置しているかは分からない。介入が入っているかもしれないからだ。しかし、この文章を書いている時点では162円台だ。メディアは39年ぶりの円安レベルだと騒いでいる。メディアが騒ぐと、財務省は動かざるを得なくなり、介入の可能性が高まる。

介入懸念故に、ドル・円は6月末まで161円台の後半の滞在が長かった。少し長いチャートを見ると、2026年上半期の対ドルでの円安傾向は鮮明だ。なぜか。第二次トランプ政権の発足(2025年1月)から、徐々に日本を含めて世界から米国に資金が集まる環境が出来上がったからだ。

トランプ政権の政策、特に関税関連故だ。「関税を引き上げる。それを回避するためには、米国に投資しろ」という政策だ。この点については、筆者はずっとこのコラムで書いてきた。この回には見出しにもなっている。

トランプ関税のかなりの部分は最高裁で違憲判決を受けた。しかし重要なのは、日本を含めて多くの国は米国(大統領のトランプ氏)との合意通りに対米投資を続けている点だ。このコラムを書いた時点で、日本を含めた各国の関連投資の総額は「5.1兆ドル」となっていた。対米投資金額はその後も増えているはずだ。日本企業のケースもそうだが、トランプ氏との合意に基づく基幹投資に加えて、関連投資でも資金は米国に流れる構造だからだ。

加えて、世界から米国にポートフォリオ投資が流れ込む状況が続いている。日本のNISA(少額投資非課税制度)にその例を見ることができる。デフレが終わって世界では「リスク投資」が大きな流れだ。落ち目とはいえ、米国は大切な資金を置くのに一番大きくて、安心な、そして投資の選択肢が多いマーケットだ。

重要なのは、米国に投資されたポートフォリオ資金が基本的には日本などに還流することはない点だ。NISA元金(毎年非課税枠の範囲内で追加投資が可能)はそのまま米国の投資商品に据え置かれるし、配当金や分配金も含めて再投資されるケースが多い。つまり日本や各国から米国への資金の一方通行が生じている。

企業活動の活発さから見ても、米国は魅力的な投資市場だ。米スペースXの新規株式公開(IPO)は既に実施された。一時は大変な盛り上がりだった。今後も米アンソロピック、Chat(チャット)GPTを抱える米オープンAIなどのIPOが控えていて、米国市場が世界で最もチャンスと輝きがある。

では、日銀が出来る事は

こうした中で、持続的な円高環境を日本の通貨当局が作り出すのは難しい。「責任ある積極財政」と唱えながらも、高市政権が実際には円安を惹起する「不安な拡張財政政策」を継続しているからだ。「2年間の消費税の1%への引き下げ」も財源問題は解決していない。と思えば、「世界で一番安いガソリン」(高市首相)など補助金政策も放漫だ。

とても財政の健全性堅持に心を砕いているようには見えない。表面的には「市場の存在」を気にしていると言う。しかしやっていることは、「多少財政に無理がかかっても公約は実施」「やや前のめり積極財政」のスタンスを打ち出そうとしている。政府が約束している各種の施策も「財源の不特定」が目立つ。
市場はそれを嫌がる。財源を特定できないのにお金のかかる施策を高市政権は次々に打ち出す。英国のトラス首相(2022年9~10月 政策選択のミスで短命に終わった)の影がどうしても高市首相にはつきまとう。トラス首相ほど迂闊ではないが、全体像を見ると「放漫財政」の印象を拭えない。

日銀は6月の金融政策決定会合で利上げを実施した。高市首相の暗黙の了解が得られたからというのがもっぱらの見方だ。多分、決定以前に来日したベッセント米財務長官の後押しがあっただろう。しかし今後の日銀の利上げが円安を阻止できるほどに容易かというと、そうではない。リフレ派の数は、審議委員の入れ替えで増えている。首相も利上げには、あまり乗り気ではないだろう。

政権との関係以前に、日銀には景気の先行きに関する懸念もある。確かにインフレは気になるが、一方で金利を高め誘導し過ぎると、そもそも成長率がそれほど高くない日本経済に打撃になる。もう住宅ローン金利などはかなり高くなっている。日銀が矢継ぎ早に利上げを出来る環境ではないのだ。

資金は基本的には「収益性」で動くから、米国の4%台半ばの10年債の利回りに対して、日本のそれが2%台ではそもそも魅力が小さい。それを介入だけで日米間の資金の流れの方向を変えようとするのは無理だ。

低金利欲求隠さぬトランプ氏

米国でも金融政策は難しい局面を迎えている。失業率が懸念程には上昇しない中でインフレ率が高い状況。今のマーケットでは「次のFOMC(米連邦公開市場委員会)の措置は利上げ」との観測が強い。年内「一回の利上げ」と「複数回」の観測が拮抗している状況だ。

こうした中で、ウォーシュ新議長(56歳)が率いるFRBがスタートした。新議長が初めて運営責任に当たった6月のFOMCを見ると、今後の米国の金融政策もパウエル時代とは大きく変わりそうだ。FOMC声明は短縮され、記者会見も短かった。さらに今後五つのタスクフォース(作業部会)を立ち上げる方針を明らかにした。そのタスクフォースは以下の通り。

○FRBのコミュニケーション改革(政策発表方法、記者会見、 経済見通し=SEPのあり方)
○FRBのバランスシート政策(保有国債やMBSの規模、どれほどの資産を将来保有すべきか)
○経済データの活用方法(民間データ、リアルタイムデータ、AIの利用)
○生産性と雇用(AI時代への対応)
○インフレ目標・インフレ分析の枠組み(2%インフレ目標の妥当性、インフレ測定方法)

このうち三番目以降は、米国の金融政策の運営方針を今後10年ほどのタームで大きく変える可能性がある。ウォーシュ議長はかねて「人工知能(AI)の生産性革命が物価を押し下げ、利下げ余地を生む」との見方だ。それをどのようにFRBの思考プロセスに持ち込むのか。もし持論がタスクフォースで確認されれば、多少のインフレを容認しながら、むしろ利下げチャンスを窺うかもしれない。

トランプ政権側からは、「(利上げで)住宅市場回復の芽を摘むな」(米大統領上級顧問のナバロ氏の動画)との警告も出ている。トランプ大統領はウォーシュ氏の議長宣誓式で「私を見ずに自らやりたいことをやってほしい」とFRBの独立性を尊重してみせる姿勢を示した。しかしその後時間を置かずに「政策金利を引き下げてほしい」との従来の要求を再び口にしている。

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新議長のFRB改革意欲は、FOMC後の声明一つ取っても明確だ。筆者はいつもFOMCの日は日本時間の早朝に起きてそれを全部読む。資料も含めて。今回感じたのは「声明文の短さ」だ。AIに数えてもらったら131語(単語ベース)しかない。その前のパウエル議長の最後のFOMC声明文は341語で、210語(62%)も減少している。今までの定型化した声明とは大いに違った。

筆者の印象では、FOMC後の記者会見も簡潔なものになった。いろいろな質問が出たが、「それはタスクフォースが年末をめどに回答を出す」といったやや「いなし系」の印象を受けた。グリーンスパン氏のころから続いた「説明するFRB」の印象は薄れている。FOMCは19人の参加者での討議を経て、限られた12人の投票権を持つ委員の投票で決まる。だから新議長の一存で政策が決まるわけでない。FOMCの大多数の意見は依然として「利上げ」にあると思われる。それは最新資料で明らかだ。

だからウォーシュ新議長は難しいかじ取りを余儀なくされるだろう。今の大勢の見方通りFOMCが利上げスタンスを強めれば、日本の通貨当局が円安トレンドを制御するのは一段と難しい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。