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金融そもそも講座

ドル、今後も円に対して強い動きか=世界の資金の流れから

第408回 メインビジュアル

自分の投資のかなりの部分は米国市場を対象にしている、という日本の投資家は多いと思う。高い投資利回りやドル高・円安傾向持続が背景だが、やや長い目で「新規企業の誕生具合」など米経済の活力を見ている人もいるだろう。日本からの対米投資には、NISA(少額投資非課税制度)を含む投資信託や個別株投資、債券投資を通じてと様々な形があるが、ポイントはドル相場の行方だ。そこで今回は今後2年ほどのドルと円の関係を展望する。

対外投資ではいつでも「為替」(対米ではドル・円)が大きなファクターだが、過去20年ほどを見ても今のドルは対円で非常に高い状態にある。「こんなに高いドルを買って(投資しても)大丈夫か」という見方も出来る。130円や140円の段階で対米投資を行った人はまだ安心だろうが、「これから」という人は「今後」が気になるだろう。

円高局面では、日本国内に投資するのが賢い。ノーヘッジで対外投資すれば円高で「やられ」が発生する。変動相場制の開始(1973年)から30年ほどは、日本人は海外投資に積極的ではなかった。ある意味賢かった。基調が円高だったからだ。一方で、ドル(外貨)高の時は、多少の対米投資先での「やられ」は、ある程度帳消しになる。米国の株も上下しているが、ドル高が助けになっているという日本の投資家は多いだろう。

マーケットは気ままだ。いつでも方向を転換しうる。しかし私の現時点での見方は、当面ドルは各国通貨、特に円に対して強い動きになる、と見る。今よりかなりの円安もありうる。多分それはトランプ米政権の最後の2年間に入っても、しばらく続く可能性があると考える。米国の政策スタンス、産業投資や投資資金の動きからの判断だ。

日米両国政府は、7月末の数日間にわたって円買い介入を実施した。ドルに加えてユーロを売るという複層的な介入だったし、珍しくアメリカも「日本の円安阻止努力への協力」を表明した。しかしアメリカは「ドル安」を志向しているわけではないし、その後を見ても円が自力で各国通貨に対して価値を戻す動きは見られない。マーケットの基本的な圧力はドル買いだ。

お大尽はわがまま

最近はあまり指摘されなくなったが、ディーリング時代を含めて為替との付き合いが長い筆者がもっとも重要な「為替変動ファクター」と考えているのは「米国政府の意図」だ。以前少し書いたが、重要なのでもう一度書く。為替相場が変動を開始したのは1973年2月。変動相場制が始まった。まだ半世紀ちょっとしか経過していない。

その間の為替相場を決定的に方向付けたものとして、筆者は1985年9月のプラザ合意と1987年2月のルーブル合意を挙げたい。前者はドル高是正を狙い、後者はドル安を是正する試みだった。それらは会合が開かれたホテルや宮殿の名前をとって「合意」とされているが、実際には米国政府の意図・意向をくんで日本など先進国の財務大臣・中銀総裁が協調行動として合意したもの。

なぜ各国が米国政府の意図に従って為替を一方向に一定期間でも動かそうとしたかと言えば、米国の存在が実に圧倒的に大きかったからだ。それは今にも共通する現実ではあるが、日本を含めて先進国は「対米輸出」「米国との良好な関係」に依存せざるを得ない状況だった。

米国の世界GDPに占める割合が当時より大きく低下した今でも、あまり変わらない。米国は依然として経済的には世界各国にとっての大切なお客様(商品・サービスを買ってくれるという意味で)であり、かつ世界最大の軍事大国だ。言ってみれば「逆らえないお大尽」(ドナルド・トランプ氏?)だ。

米政府の意思、それに他の先進国も加わった「集合的な政府の意思」には、マーケットは抵抗できない。政府は政策の発動(資金の流れを変える)が出来る。特に世界最強の米国が「政府の意思」を明確に示すと、それに逆らえる市場関係者はほぼいない。今でもかなりそうだ。

政府は「政策をいじる」ことが出来る。財政を拡大したり、緊縮したり。政策金利を上げたり下げたり。各国の財政・金融政策が一方向の意図をもって動かされると、マーケットはそれを前提に動かざるを得ない。市場関係者の多くは「政府の意図」に同調する。なぜならそれが利益につながるからだ。法律(税制など)や政策を動かされたら、マーケット関係者には打つ手がない。

むろん、マーケットも政府にやられっぱなしではない。「債券自警団」とかよく言われるが、それ(自警団)は、政府の財政や金融政策の規律が緩みインフレや借金過多の懸念が高まった時に、国債を売却して(長期金利を上昇させて)政府に警告を発する投資家集団を指す。実際にトランプ氏の関税政策の混乱の際やトラス・ショックの頃に活躍した。為替自警団もある。しかしそれは政府の政策が常軌を逸してひどいときで、かなり希有なケースだ。

お大尽の関税政策

では今の米国の為替政策はどうか。トランプ米大統領は第二期の最初は「ドルは高すぎる」と盛んに述べていた。しかし今はその発言を封じていて、ドルの為替相場に関しては何も言わない。ベッセント米財務長官もそうだ。つまり今はトランプ米政権としてドルに対して明確なスタンスを表明していないことになる。

その理由は、債券と同様にトランプ米政権第二期のある時期にドル安が、「自警団」として機能し、トランプ米政権に警告を発した時期もあり、そのケースでは一時トリプル安(債券安=金利高、ドル安、米株安 2025年4月)になった。それは一大事だったので、その後トランプ氏は声高にドル安推奨を言えなくなった。トランプ米政権の政策(関税、外交など)は全体的に見れば米国への(諸外国の)信認を失わせるものだから、確かに追い打ちは良くない。

トランプ米政権として強く「ドル高を推奨」することも難しい。ウォール街の安定のためにはドルが基調として弱くない方が良い。資本を呼び込める。しかしトランプ米政権は鉄鋼、造船、半導体など「米国に産業と職を戻す」という政策を推進している。そのためには米国の産業界の対外競争力を回復するドル安が好ましい面もある。多分トランプ第二期政権の最初の一連の大統領発言はそこを意識したのだろう。

しかしトランプ米政権が関税協定の結果として各国に対米投資を約束させる今のやり方は、実質的には「ドル高政策」だ。なぜなら、関税を低く抑える代わりに、各国に巨額の対米投資を強いているからだ。日本が政府ベースで約束した総額は5500億ドルに達する。韓国は3500億ドル、EUは6000億ドル。中東諸国の中には、1兆~2兆ドルの対米投資を約束したところもある。筆者が以前計算したら、その合計は5兆ドルを超えていた。

そのドルがどうやって調達されるかと言えば、米銀を絡めた融資とかいろいろな方式があるが、それでもかなりの部分は自国通貨を売ってのドル調達になってくる。つまりトランプ米政権の残る期間には、基調的に各国(企業)がドル調達を着実に進める必要がある。それがあと2年半は続くトランプ米政権との“約束”となっているからだ。多分中間選挙の結果でもこの動きは変わらないだろう。なぜなら中間選挙が終わっても残る2年はトランプ氏が大統領だからだ。“お大尽”との約束は破れない。

つまり国家間の資金の流れは「米国に集まる」という形がしばらく続く。これは様々な形でドル需要を生むだろうし、多分各国企業の様々な追加投資、関連投資がドルに向かう可能性が高い。加えて投資資金だ。韓国からも、日本からも新産業、新興企業が次々に生まれ、IPOが活発な米国に資金を置きたい投資家は多い。その投資から生まれる利金が日本や韓国に戻ってくることはほとんどない。それ故の円安、ウォン安だ。過去の円高の背景となった貿易収支の黒字も大幅な減少だ。

日本にない円高誘導策

対して日本政府のスタンスに、円高誘導ファクターはあるのか。今のところない。日本の当局はしばしば「一段の円安は回避したい」と言う。円安が今の国民の最大関心事である「物価」を押し上げるからだ。かつ「円安に無策」という批判は回避したい。
しかし政策として高市政権が推し進めているのは、「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」にある通り積極財政、国内投資へのてこ入れ、そして経済財政運営の抜本的な転換だ。さらに「従来の緊縮志向から脱却」「成長分野への大規模な官民投資」「GDP拡大の好循環の創出」と続く。

「積極財政」については「責任ある」という単語を頭に置いているが、「行き過ぎた緊縮志向の見直し」「未来への投資最優先」が優先で、何よりもプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標を掲げていない。「債務残高対GDP比の安定的な低下」に目標を変更した。そこから匂ってくるのは、マーケットが期待する財政規律の維持ではなく、「ある程度の悪化を飲み込んだ上での積極財政」と映る。

思い出すのは、2022年9月に英国で起きたトラス・ショックだ。財源の裏付けがないままに、大規模な減税方針を打ち出してマーケットは大混乱。トラス元首相はサッチャー並みの長期政権を目指したものの、短期退陣に追い込まれた。それを知っているので、高市首相は財政政策に「責任ある」を文言として付け加えた。

しかし実際にやっていることは、ガソリン価格引き下げの為の財政支出、食料品の消費税率を2年間限定で1%に引き下げなど。財源はあやふや。日本の財政赤字を膨らませる危険性が高い。これは円や日本国債に対するマーケットの信認を失わせるものだ。円を円高に反転させるためには、財政支出の抑制と規制緩和による経済の活性化が有効だが、政権のかじ取りはその反対方向を向いている。

結局今のところ、米国政府が各国に迫っている対米投資政策、民間の対米投資の流れ(ドル高)に加えて、日本政府も間接的な円安容認姿勢をとっているようなものだ。担当者の警告とは裏腹に。米国経済の急失速や米市場の混乱などどんでん返しのシナリオはあり得るが、今のところ円に対するドルの強さは持続するように見える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。