金融そもそも講座

債券自警団に再び存在感→金利は上昇トライも

第403回 メインビジュアル

前回のメインテーマだった「粘着性を高めるインフレ」が、その後世界的な「インフレ上昇予想(期待)」を生み、それが金利上昇を招いて世界経済やマーケットに大きなインパクトを与えようとしている。金融市場に久しぶりに登場してきたのは「債券自警団」(Bond vigilantes)で、この単語は海外市場の市況記事にも何度か登場するようになってきた。しかも東京であったりニューヨークであったりと場所を問わなくなった。

むろん大きな背景は、イラン(ホルムズ海峡)を中心とする中東の緊張状態継続と原油高で、その数カ月にわたる“持続”が大きい。米国では「1バレル125ドル」がアラーム水準として意識されていて、いまだに米原油先物のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)はそのレベルに達していない。しかし相場全般が常にそうであるように、「一定レベルの価格の一定期間の持続」は、ジワリと経済活動全体に浸透し、その影響は拡大する。

別の要因は、各国政府の緩い財政政策。日本がその代表だ。「高いガソリン価格への消費者の忌避感」を察知して、政府はガソリン価格抑制で希少な財政資金を使っている。その結果財政支出は膨らみ、国民の「財政の先行き(持続性)」に対する懸念は高まっている。市場も同様だ。日本は「ガソリン価格の170円超え」を阻止するため、毎月1000億〜2000億円の国家資金を使っているとみられる。国際的な石油価格が上がれば、その規模は膨らむ。「国による支援」はその他の部門(電気、ガスなど)でもあり、日本の国家財政支出は膨張。それらは大部分が「国家財政の赤字拡大」と市場で認識される。

米国債、日本国債など国家債務(国債)を投資対象としている投資家にとってはアラーミングだ。組み入れ資産(債券ポジション)の値下がりを意味する。それを予知すれば、投資家は「債券売り」(金利は上昇)を浴びせて「自警団」として行動し、損失回避を図ろうとする。それは時に、国とその経済にとって危険な金利の上昇をもたらす。

「債券自警団」の出現は、株式市場には要警戒だ。トランプ米政権が次々と関税措置を打ち出した昨年も、それは出現した。株価は大荒れだった。高い金利は株価にとって大きな競争相手の出現を意味する。実際に、5月の下旬から世界の株式相場は「気にせざるを得ない続落局面」も見られる。やや警戒して市場を見るべき時だろう。

6ドル台の米ガソリン価格

インフレは確かに高まっている。筆者は5月中旬に一週間ほど米国の西海岸(ロサンゼルスとその近郊)にいて、肌身で世界最大の経済大国のインフレ高進を見た。中でも驚いたのは米国人の足である車を駆動するガソリン。「ガロン4ドルを超えると米国人は怒る」と知っていたが、カリフォルニアでガロン6ドルを超えるスタンドの価格表示が普通だった。今でも記憶に残っているガソリン価格表示は6.69ドルだった。それが見た中で一番高かった。びっくりした。

物価高は、最近の米国の発表指標に顕著に示されている。2026年4月の物価指標は、消費者物価指数(CPI)で前年同月比3.8%の上昇。これにはマーケットも驚いた。FOMC(米連邦公開市場委員会)の物価目標は「+2%」だから非常に高い。この数字が発表になった頃から、米国の長期金利には上昇圧力がかかっている。卸売物価指数(PPI)の最終需要向けが前年比2.4%上昇となっていて、事前の市場予想を上回って約3年ぶりの高水準を記録。

米金利は既にかなり高い。5月の中旬には、指標の30年債の利回りが一時5.19%を超えた。これは約19年ぶりの高さ。日本でもよく報じられる指標10年債の利回りは、4.687%にまで上昇。2025年の1月以来だ。同10年債利回りは今年一時4.0%を下回る水準まで落ちていたから、最近の上昇には驚く。

この急激な金利上昇をもたらした張本人を米国では、「Bond vigilantes」という。「vigilantes」とはもともとは「警戒している」という意味のスペイン語から。今の米国では「自警団」の意味で使われる。政府の財政赤字や金融政策が放漫になりインフレ懸念が高まった際、国債などの債券を売り浴びせることで金利を急上昇させる一団の投資家グループを指す。

「Bond vigilantes」を最初に使い始めたのは、米国の著名エコノミストであるエドワード・ヤルデニ(Edward Yardeni)氏。1983年のことだ。政策当局が財政や金融の運営で規律を緩めると、債券市場では国債が大量に売られ、金利が上昇。この現象を通じて市場が強制的に政府や中央銀行に財政規律の引き締めを迫る。それはまるで自発的に治安維持にあたる集団としての「自警団」のようだとして使った。

もちろん「自警団」も投資家集団だから、「利益を上げること」が一つの目的で、安くなった債券(国債)を買い戻せば利益が出る。しかしそれは同時に、政策当局に財政規律を迫る事になる。金利が上がれば住宅ローンの金利も上昇するし、国債の利払いも増える。自警団の格好のターゲットとされたのは2022年のトラス英元首相だ。財源の裏付けがない大規模減税などの財政拡大策を打ち出したことから、市場は同政権への信認を失った。「債券自警団」が出動し、国債暴落とポンド安を引き起こした。今でも記憶に新しい金融危機だ。政権は倒れた。

顕著な“自警団”活動

日本での「自警団」の活躍はここに来て顕著だ。日本の指標10年債の利回りは2月前後には2%をやや上回る程度だった。それからずっと上がってきて、5月下旬には2.8%前後を付けた。さすがにメディアも政治家も気がつくところとなり、高市首相に対する「放漫財政」との懸念・批判につながった。ガソリン高などを政府の補助金で支援していたら、いくら国家予算が使われるのかという心配だ。

「国家による国民生活支援」は米国でもその他の国でも、最近はかなり一般化している。「物価危機が起きると、政府が支援に乗り出す」という構図。政権は国民の選挙で選ばれるから、国民が望めば支援の手を差し伸べたくなる。しかしそれにはお金(政府資金)がかかる。財政赤字を一段と膨らませれば、債券を持つ投資家達(国内、海外の)は不安になって当該政府に警告したくなる。そういう展開だ。

彼らは非常にパワフルだ。そもそも「TACO」現象を作り出したのは債券自警団だと言える。「TACO」は「Trump Always Chickens Out」の略で、意味は「トランプ米大統領はいつも尻込みする」の略。英有力紙の記者が使い始め、それが普及した。トランプ氏は何に「尻込みする(おじけづく)」のかと言えば、実は「債券自警団」なのだ。

トランプ氏が強硬な関税政策を表明する。すると債券自警団が怒って米国債を売り、そして金利が上がる。多くのケースでは株価も下がるから、実業家であるトランプ米大統領は「ゴメンナサイ」と言って措置を撤回(延期)するという展開。誰(議会、メディアなど)よりも、トランプ米大統領を抑止する力が強い(笑)。

高市首相も債券自警団を恐れる。日本ではイラン危機発生後も、ガソリン価格が世界のレベルからは異常に低く維持されている。政府が価格抑制策をとっているからだ。しかし財政を痛めずにそれをするのは難しい。「財政の悪化」のリスクを犯しながら政策を遂行していることになる。高市氏が掲げるスローガン「責任ある積極財政」の内の、「(高市首相は)“責任”を忘れているのではないのか」とマーケットが反乱を起こす可能性がある。高市首相はそれを恐れる。

神出鬼没

「債券自警団」は出現も消滅も素早い。政治家に警告を発すると、政治家(トランプ米大統領や高市首相など)は「マーケットの反乱」を恐れて政策を修正する。債券の売り買いの中で政府の政策を変えさせるのが自警団の狙いだから、政府サイドの対応措置が出ると「分かりました……」と自警団をすぐに解散する(ように見える)。

それは「債券利回りの低下」となる。自警団も利益を追求する集団であることは間違いないので、政府が政策を是正するか、是正を約束すれば(高官発言など)、今度は直ちに債券の買いに立場を変える(ケースが多い)。5月の下旬にもそのような現象が出現し、それまで急上昇していた債券利回りが大きく下げ、株価もそれまでの続落から急反発に向かう局面が見られた。

債券自警団は神出鬼没だ。今後は米国や日本だけではなく、世界各国で出現するだろう。第一に、世界各国で財政事情はひっ迫している。国債の保持者にとっては「不安な時期」だ。各国政府は格差拡大、低所得者の生活困難に対処して各種の財政措置を講じている。それが各国で財政状況の悪化を招いている。

第二に、FRB(米連邦準備理事会)や日銀が特にそうだが、世界のかなりの中銀は「利上げスタンスの強化」に舵(かじ)を切らざるを得ない状況だ。日銀の次の金融政策決定会合(6月15・16日に開催予定)では、政策金利の引き上げ(0.75→1.00%)がほぼ確実視される。G7会議出席後の記者会見(2026年5月)で、植田総裁は長期金利が非常に速いペースで上昇していると指摘している。筆者はこれを市場への警告とは見ない。おそらく金融政策の対処が必要との認識を示したと考える。

米国でも徐々に「今後の利上げ」を予見せざるを得ない状況だ。既に先のFOMCでは「インフレ率が2%を上回って推移するなら、利上げやむなし」という意見が出たと議事録で示されている。米金融当局の内部もそうなのだ。つまりつい最近まで予想された「ウォーシュ次期FRB議長の最初の金利操作は利下げ」ではなく、「利上げ」との見方が一般的になりつつある。

政策金利が世界的に上げ局面に入ったということは、それだけ債券市場でも「インフレ懸念」が高まっていることを意味する。そこで政府が不用意な措置を取ろうとすれば、債券自警団の出現回数は増えると予想される。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。