インフレは当面粘着、マーケットは二極化=“イラン後”を展望
第402回
イランと米国のにらみ合い(半戦争状態)も、いつかは終わる。両国とも再び大規模な戦争を開始できる国内情勢にはないし、「ホルムズ海峡を開けて欲しい」という世界からの切実な声(外交圧力)は強まっている。大きな方向は「何らかの妥協」だと思う。
両国の国内情勢を見ると、イランは米国のホルムズ海峡逆封鎖で石油貯蔵タンク(大部分はカーグ島にある)が「満杯に接近している」(ベッセント米財務長官)状態で、石油生産停止(縮減)時期が迫る。石油生産施設はいったん停止したら再開に時間がかかるし、設備にも負担だ。国民生活も厳しい。米国(トランプ米大統領)が直面している諸課題(国民に不人気な高い燃料価格、中間選挙接近を控えた支持率低下など)は、既に取り上げてきた。
情勢は日々動いているが、今は「イラン後」を考える時期だろう。戦争(相互攻撃)が再拡大はしないものの、「軍事的緊張関係が続く」という曖昧状態の継続も可能性として強い。それも米国・イスラエルの大規模なイラン攻撃(ミサイル打ち合い、空爆)は終了したという認識から、「イラン後」と定義しよう。
日米、世界にとって「イラン後」の最大の問題は、「粘着性を高めるインフレ」だと思う。日本などアジア諸国、それに世界が中東に依存する石油、天然ガス、ナフサ、肥料、ヘリウムなどの現地生産システムは、かなりの打撃を被っている。化石燃料の製品の裾野は広い。それ故に、ホルムズ海峡の開放後も「戦争終了(下火)→物価の足早な低下」にはならないと考える。
資材の値上がりの中で、米国を含めて「需要減退」が進む。中国などはその代表例だ。言ってみれば「スタグフレーション」(景気後退下のインフレ)の状況が生まれつつあると考えられる。既に米国は、スタグフレーション状態との見方をする専門家もいる。
「スタグフレーション」という単語が持つ響きは悪いが、「物価の上昇もそれほど激しくなく、長期金利も上げ幅も小さい」という現状で、一部企業にとっては比較的良い経営環境も生じている。製品の値上げが容易になっているからだ。そこから、現状、そして今後も続く環境はマーケット的には「一部の銘柄の株価には好都合」との見方も出来る。景気にあまり関係なく、AI(人工知能)関連では強い需要が今後も見込める。今回はその辺を考えてみたい。
インフレが粘着質に
多分“イラン戦争”後の世界経済の最大の課題は、「粘着するインフレ」だ。今回の戦争によって打撃を受けた中東地域の生産施設については、多くの名前が挙がっている。イランの資源生産関連施設は大きな打撃を受けたが、イランの対米・対イスラエル反撃行為(ミサイル、ドローンを使用)の中で、近接アラブ諸国でも数多くの被害が生じた。
具体的にいくつか挙げると、サウジアラビアのラスタヌラ製油所、アラブ首長国連邦(UAE)のルワイス工業都市、バーレーンの国営貯蔵タンク、カタールのガス関連施設(ラスラファン)、クウェートのエネルギーインフラなど。これらは戦略資産でもあるので、各国が被害発生の都度詳らかにしているわけではない。そもそも調査ができていないケースもある。再生資材がいつどのように入手できるかも分からない。全てが明らかになるのは、ホルムズ海峡が開放されて、地域の安定が回復し、出稼ぎ労働者が戻ってからだ。
工場・施設の再建作業が始まっても、生産水準回復には少なくとも数カ月、長いものでは年単位の時間がかかる。例えば国営カタールエナジーのCEOは同国で被害を受けたLNG生産施設に関して、「修理に3〜5年が必要」と述べている。被害は、同国の液化天然ガス(LNG)輸出能力の17%に相当すると指摘。
貯蔵がきく原油などはまだ良い。日本など先進国は備蓄を持っている。しかし貯蔵に多大なコストがかかる天然ガス(マイナス162度で液化して貯蔵・運搬)は長期間の備蓄はそもそも難しい。ホルムズ海峡湾内のカタールはそのLNG、および石油化学製品の世界的生産・輸出拠点だ。ナフサ(粗製ガソリン)について言うと世界でも最も重要な供給源の一つだ。
日本政府はナフサに関しては「4カ月分の見通しが立った」と言っているが、一言でナフサと言っても様々な派生製品(プラスチック、繊維、ゴム、化学薬品など)があって、入手可能性はそれぞれに違う。製品によっては思わぬ目詰まりが生じ、物価全体を押し上げる可能性がある。
暫く望めない利下げ
石油製品はエネルギーと言うだけでなく、我々の数多くの日用品の原材料となっている。特に今後の世界の物価を考える上では、大量の、優れた農産物を作り出すのに欠かせない肥料(特に窒素肥料)の視点が重要だ。石油製品の下流に存在するからだ。つまり世界の肥料は中東依存度が高い。
北半球の多くは今「植え付けの季節」を迎えているが、季節的にも今の肥料不足や価格高騰は、世界の農産物生産に大きな打撃となる。FAOなどは既に警告を発していて、食料品価格の高騰で世界では3000万人が貧困層に陥るとの見方もある。
つまり“イラン戦争”が終わっても、その後暫くは「世界的に各所で生産のボトルネックが生じ、食料品も含めて物価が上昇する」ということだ。その「しばらく」がどのくらいかかるかは製品によっても国によっても違う。中東で働く人々(出稼ぎ労働者)が戻り、生産が再開され、陸路・海路などでロジスティクスが回復してからの話だ。
思い出せば、イラン戦争が始まる前は「雇用に不安のある米国は、あと何回利下げが出来るか」という議論をしていた。トランプ大統領が利下げを強く主張する立場を取っていることもあって、「利下げ」が世界のほとんどの中央銀行(日銀を除く)にとってアジェンダだった。しかし環境は一変した。
前回の原稿で筆者は、ベッセント米財務長官の「状況が明確になるのを彼等(金融当局)が待ちたいというのであれば、私はそれを理解する」との言葉を紹介した。ベッセントが「待つ」と言っている対象は利下げだ。しかし彼の発言後の情勢は、「(イラン戦争後は)利下げは多分暫くない」というのが実情だ。4月末のFOMC(米連邦公開市場委員会)では、政策金利の据え置きに反対者が4人も出て、うち3人はFOMC声明の緩和バイアスへの反対だった(一人は利下げを主張)。
米国ばかりでなく、世界でも日本でもインフレ率は上昇気配だ。イラン戦争による物資不足はあちこちで加速している。世界的にジワリと金利も上昇基調にあり、長期金利はそれを反映した動きとなっている。日本はその典型だが、日銀は4月の金融政策決定会合で3人の反対者(引き上げ賛成)を出しながらも政策金利を据え置いた。次回の6月15、16日の会合では1.00%への金利の引き上げが見込まれている。
マーケットは二極化
しかし注目すべきは、イラン戦争の最中もそうであるように、マーケットの先行き見通しについて依然かなり強気の人が多いことだ。そもそも一般物価の動向とあまり関係ない、またはインフレに耐性があるか、またはそれ(軽度のインフレ)を優位とするセクターと、耐性がなく脆弱性を晒すセクターとに分かれている。株価はそれによって乖離(かいり)しているのだ。今後も「マーケットの二極化の深化」が予想され、強い方を見れば強気となる。
最近の東京市場も、日経225だけを見ても、さらに東証株価指数(TOPIX)を見ても自分の興味がある特定銘柄の現在地を推測できないことがしばしばだ。自分の口座サイトを開いてやっと、「こうなっているのか」と理解することも多い。今年の春は、AI関連、半導体関連か、それとも別セクターかが個々の銘柄の立ち位置を大きく左右した。
セクターごとの成長・収益予想は、“イラン戦争後”も格差拡大の可能性が大きい。例えば、AIや半導体部門はそもそも成長余力が大きいとみられており、多少のスタグフレーションでは成長期待は大きく低下しそうもない。4月の最終週には、ChatGPTを製品として持つ米オープンAIの業績に対する不安も出て、AIやデータセンター向けの半導体を作る業界への見直しが入ったりもしている。
しかしそれも成長スピード見直しの範疇(はんちゅう)で、セクター自体の将来像を大きく揺るがすものではない。実際にそれぞれの銘柄は一時的に数%下がっても、これまでと同様、その後は回復力を取り戻すとの見方が強い。
一方で、スタグフレーションや引き続きの雇用不安の中で、今後収益環境(高いエネルギー価格)が厳しい状況に置かれるセクターもあるだろう。素材加工、小売、航空、化学、素材加工、住宅、外食など。しかし一方で、AIや半導体に加えて、エネルギー、LNG、鉱山、防衛、石油サービス、原子力などのセクターには資金が集まりやすい環境が出来ると言える。
重要なのは、「先を読む」ことが仕事のマーケットにおいて、個々の銘柄や投信が環境をどのくらい織り込んでいるのかだ。「二極化の中で不利」とされたセクターの企業でも、それを織り込んで既に下がっていれば、その後は下方硬直性を強め、資金の循環サイクルや業況の変化の中で上げに転じる可能性がある。それは投資家一人一人の判断による。
重要な点はイラン戦争後に予想されるインフレ率の世界的上昇と持続は、長期金利をジワリと上げるものではあるが、経済活動に急ブレーキをかけるようなものにはならないと見られる点だ。その意味では、資金が集まる米国を中心に世界的な株高は持続する可能性が強いと考える。