市場の予見可能性を高めた=米最高裁の「ノー」
第398回
トランプ米大統領は自分の権威を示そうと、今後も「武器としての関税」を何かと脅しに使おうとするだろう。しかし「国際緊急経済権限法(IEEPA)は大統領に関税を課す権限を与えていない」という2月20日の最高裁判断は最終的なものであり、これまで関税を武器として自在に使ってきたトランプ米大統領の対外貿易政策は、大きな制約要因を抱えた。これは世界貿易と今後のマーケットにとって朗報だ。
むろん、日本を含めて米国と貿易している国にとって、「IEEPAで支払った関税はいつ、どういう形で戻ってくるのか」や、相互関税実施以前の関税(大部分は一桁)にプラスされる10%の一律関税(通商法122条準拠、150日間)が15%に引き上げられる危険性は残る。しかしその他の関税付与の可能性のある法律も、IEEPAほどには使い勝手は良くない。融通性は格段に落ちる。
また関税付与の権限を憲法で与えられた議会が、新たな法律を作ってトランプ米大統領が自在に使える関連法を通過させる可能性も薄い。11月の中間選挙で共和党が大勝ちする可能性は低い。むしろ下院では民主党の勝利が予想されている。そもそもIEEPAを使ったトランプ米大統領の関税利用の貿易政策については、与党の共和党の中にも反対論を持つ人が少なからずいる。かつ強力な監視役としてマーケットが存在する。
新たなトランプ関税騒動が、マーケットを大きく揺さぶる可能性は低くなった。むろん今後も日本の市場を揺さぶりかねない問題は多い。「中国の出方」はその一つだし、日米市場が共に抱える問題としては、矢継ぎ早に新製品を出す人口知能(AI)開発新興のアンソロピックを震源地とする「SaaSの死」と、その次に市場インパクトが大きいかもしれない「ECの死」(後述)は関心の的だ。
甘かった読み
日本もそうだが、世界のメディアはトランプ氏の一挙手一投足を詳しく報じるのが好きだ。今後も彼は世界のマスコミをにぎわすだろう。しかしそれは、相互関税を初めて発表してその後何度かの「TACO(トランプ氏はいつも腰砕け)」を繰り返した時のハレーションには遠く及ばないだろう。なぜなら彼は一番重要な「根拠法」を今回の最高裁判断によって「ノー(使用不可)」と宣告されたからだ。
多くの関税追加に使いうる法律があるのに、なぜIEEPAをトランプ米大統領が自らの「関税賦課」の法的根拠としたのか。それは使いやすかったからだろう。この法律は「米国の国家安全保障、外交政策、経済に対する異例かつ重大な脅威に直面した際、大統領が国家非常事態を宣言し、外国の資産凍結や貿易取引の規制・禁止など、経済的制裁を包括的に発動できる」と定めている。
この法律にはどこにも「関税」の文字がない。ないが故に、逆に「経済的制裁に関税が含まれる」としてこの法律を援用すれば、期限も条件(調査など)もなしに関税を「相手国に対する経済制裁」として自由に使えると考えた。融通性は抜群だ。他の通商法にある税率の上限も、調査の義務づけもない。
過去においてこの法律が発動されたのはニカラグア、リビア、イラク、ロシア、中国などの明らかに米国に敵対した国だった。同盟国にまで範囲を広げたのはトランプ米大統領の逸脱行為だ。「自分が任命した判事が多数を占める最高裁で最後は勝てる」とトランプ氏は読んだ。しかし保守派の判事ほど、条文を忠実に判断すると言うのを忘れていた。というか侮った。
2月24日に一般教書演説を行った際には、最高裁判事の面々を前に怒ることはせず、「不幸な判断だった」と言葉を選んだ。判断が出た直後に怒りまくっていたのとは対象的だ。加えて、「最高裁判断にもかかわらず、各国は米国との合意を守る姿勢を示している」と内心ほっとしている気持ち示した。自分でも「まずい状況」と思っているのだろう。米国国民のなんと65%がトランプ氏の関税を使った貿易政策に賛成していないとの調査結果もある。
多分今後のトランプ米政権が関税面で出来る事は、「様々な関連法規を総動員して、相互関税が有効との前提で各国と合意した関税率に戻し(国庫収入確保)、各国に合意事項の履行を求める」(米通商代表部(USTR)のグリア代表の25日の発言)というものだろう。それだったらトランプ関税政策の大枠は変わらない。その間に米政府は相互関税実施期間に集めた1200億ドルもの資金に関わる訴訟・返還作業に追われることになる。
手を縛られたトランプ氏
実は、関税収入(減税などに充てる予定)を失いたくないトランプ氏は、IEEPA敗訴の事態を念頭に次に使える法律をいくつか想定していた。現行の各国への「10%一律関税」の根拠法となっているのが1974年通商法122条(国際的な国際収支の不均衡への対応)だ。しかしこの法律が想定しているのは、「最大150日間、15%まで」の追加関税。10%を発表した後に一日もたたずに「15%」とSNSに書き込んだが、株式市場が荒れた。それを見て「15%」とSNSに書き込んだ事を忘れたふりをして「10%」に落ち着かせた。ベッセント財務長官などに警告されたのだろう。
重要なのは、彼がこの法律を根拠に税率を引き上げるにしても5%が限度だということ。ブラジル、中国に対して「50%」もの税率で脅したようなことは出来ない。税率が決められていないIEEPAだから出来た技だ。トランプ氏が今後使える法律には、通商法122条の他に「鉄鋼・アルミ」「自動車・同部品」など部門別関税に使われた通商拡大法232条(安全保障)や1930年関税法338条(差別的貿易への対応)、通商法201条(セーフガード)などがある。しかしIEEPAほどの条件が煩雑で融通性はなく、制定が古かったりして使うと訴訟の嵐になるとの見方もある。
筆者はこうした観点から、今後は「武器としての関税」の使用でトランプ氏は手を縛られると見る。「米国のマーケットは巨大」「各国は今まで米国市場を食い物にしてきたのだから、その分を返還すべし」というトランプ氏の思いは変わらない。しかし関税を使って各国との貿易で優位に立とうとする意図は、大いに挫かれた。
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話はトランプ氏の一般教書演説に戻るが、一般的にこの大統領の年初の演説は「今後一年の政権の政策運営の方向を示す」とされる。しかし聞いていて思ったのは「今後の政策の行方」には殆ど触れずに「第一期の政権」と「二期目トランプ米政権の一年目」の誤謬(ごびゅう)に満ちた自慢に終始していた。バイデン米政権に対する悪口は、彼の名前をわざわざ使った分だけで4回に及んだ。それ以外で何に時間を費やしたかと言えば、特に政策に関係ない人々(直近でカナダにサヨナラ勝ちした米男子アイスホッケーチームの面々)を議会に呼んできて、「アメリカは素晴らしい」と宣伝しただけだ。
ニューヨーク・タイムズ紙は、「最高裁は政権から独立した」と評した。議会も恐らく下院は秋の中間選挙で「独立」する。マーケットは現職の大統領だから残る三年間はトランプ氏の政策に目を凝らさねばならないが、徐々に「トランプ離れ」する時期かもしれない。
個々の企業、セクターに目を
では静かにマーケットが時間をかけて「トランプ離れ」するとして、今後は何がテーマとなるか。日本のマーケットの観点から言うと、一番大きいのは、前回も取り上げた「高市早苗政権のマーケットとの向き合い方」だろう。
トランプ氏の一般教書演説の直後の25日昼に伝わった日銀の2人の新審議委員人事案で、株価が急騰する一方で、日本の長期金利も大きく上がる現象が見られた。2人が過去の発言から明らかに「高市色」と見られたからだ。高市首相の「責任ある積極財政」の真意をマーケットはまだ図りかね、神経質になっている。特に消費税(食品がらみ、2年間の限定)の扱い。
日本の外食業界団体である「日本フードサービス協会(JF)」は、今までの沈黙から「2年間限定で食料品の消費税をゼロ(免税)にする案」に対し反対を表明した。高市首相の設置した「国民会議」に参加する非与党は、消費税反対の「みらい」だけ。多分国民会議の議論は「給付付き税額控除を急ぐ」との方向になると思われる。「消費税引き下げ議論」が封印されれば、市場の動揺はかなり収まる。筆者は、「消費税引き下げは政権のポーズ」と見るが、マーケットはそこまで確信が持てないようだ。
日本の市場にとっては、政治的に対立関係を深めた中国との関係には注意が必要だ。中国は2月24日に20の日本の企業と団体を名指しして、軍民両用品の輸出を禁止した。事実上の「対日禁輸」だ。台湾有事に関する高市発言の撤回を求めて観光客規制などをしてきたが、ちっとも効き目がない。むしろ高市首相は選挙に打って出て大勝した。
中国はトランプを制御できたのと同じように日本も「今のうちに制御」と思っているのだろう。しかし資本・技術で依然日本に頼るところのある中国は慎重にならざるを得ない。措置を選びながら対日攻勢に出ている。多分うまくいかない。その間に中国経済の苦境は深刻化する。我慢比べだ。
矢継ぎ早に新製品を出すアンソロピックを震源地とする「SaaSの死」と、その次に市場インパクトが大きいかもしれない「ECの死」も今の市場の関心の的だ。しかし「電気自動車(EV)が内燃機関の車にとって代わる」に等しい性急さを筆者は見る。実際にマーケットはソフトウエア株に関して「落としては上げる」を繰り返している。多分これが続く。米半導体大手エヌビディアのトップは、「マーケットは懸念しすぎ」と述べている。賛成だ。
「ECの死」は米アマゾンを代表とするECに対して、ウォルマートやホーム・デポが提供するAIエージェントを使ったサービスで主に工事管理業界などからビジネスを奪い、売上高を伸ばしている状況を指す。実際最近のマーケットではこれら企業の株価が急騰する場面もあった。今後注目だ。
しかしこの2つは、大枠で言うと「市場から資金が逃げる」という類いの話ではなく、「市場のセクター間での資金移動、マーケット内資金移動」という意味合いが大きい。その点は念頭に置く必要がある。AI時代には、企業セクター間での資金移動が激しくなる。AIが経済の形を変えるからだ。セグメント化の中で、各セクターにプラスとマイナスの影響をAI関連技術は及ぼす。株式指標(ダウ工業株30種平均とかS&P500種株価指数、ナスダック総合株価指数)は相変わらずメディアの注目の的だから見るとして、投資家は個々の銘柄が置かれている環境変化に目を凝らすべきだろう。